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神様はお見通し?!

先日、『致知』2026年5月号
特集記事を踏まえて、こちらを
書きました。

『致知』の特集内に書かれていた
言葉ではありませんでしたが、
「教うるは学ぶの半ばなり」
という警句について触れ、
それをタイトルに付けています。

そのわずか2日後、友人の写真展に
お邪魔するために外苑前に赴く用が
あったので、少しだけ足を延ばして
前から行きたかった青山熊野神社
訪れました。

お詣りして、いざ帰ろうかという
そのとき、ふと見遣った先には
「教うるは学ぶの半ばなり」
文字が躍っていたのです。
(冒頭の写真です;ガラスケースが
反射して見づらい点ご容赦下さい。)

ただの偶然と片付ければそれまで
ですが、ついそこに「意味」を
見出したくなる
のが人間のさが
きっとこの神社に「お呼ばれ」して
いたに違いない、そう解釈して
ごきげんで帰って参りました。

さて、先に触れた『致知』の特集
記事は、元刑務官第42代横浜
刑務所長
亀井史巠ふみひろさんが、
「体験的教育論 我が矯正人生」
というタイトルで、犯罪者更生に
従事して来た中でとりわけ心に
残っている「S」の逸話を中心に
取り上げて書かれています。

その実践の話の前に、亀井さん
ご自身の生まれ育ちについても
語っておられる中で、敬愛する
父親が人生の指針としていたと
いう出雲教の祝詞
が出てきました。

三勤
一、 信義を以て人に交わり広く隣人をいつくしむ事
(誠実な心で人と接し、周りの人々を思いやること)
二、 事にあたりて和を思い謙譲を旨とする事
(何事も和を重んじ、謙虚な気持ちで取り組むこと)
三、 常に神明の照覧をかしこみて陰徳を積む事
(常に神様が見ていることを忘れず、人知れず良い行いをすること)

実のところ、「出雲教」と聞いて、
神道と何が違うのか、何も知らない
お恥ずかしい状況だったため、
慌てて調べみました。

ごくかいつまんで説明すると、
神道にも色々な流派があり、
出雲系伊勢系に大きく分かれ、
出雲系は大国主大神おおくにぬしのおおかみを祀り、
伊勢系は国家神道で天照大御神あまてらすおおみかみ
祀るという違いがあります。

出雲教は、出雲系神道の伝統を
堅持する民間宗教
であり、
代表的な教えが先の「三勤」
「三戒」を加えた「三勤三戒」
だとのこと。

折角なので「三戒」も紹介して
おくことにしましょう。

三戒
一、 酒はみだりに飲まぬ事
二、 殺生を楽しまぬ事
三、 いたずらに金品を消費せぬ事

三勤も三戒も、ごく当たり前の
ことを説いている
わけですが、
これくらい簡素化して伝えない限り、
古代社会で実効性を担保することは
難しかったのではないか
と推測する
ところです。

個人的には、この「三勤」の三で、
「常に神様は見ている」
つまりは全てお見通しだよ!との
言葉を読んだときに、青山熊野神社
での「お呼ばれ?」体験
を再度思い
返すことになり、より一層「神様に
見られている」感を強くしました。

元々「陰徳を積む」ことを
心掛けてはおりますが、
これを機により一層「陰徳」を積み、
いつ神様に見られても恥じることなど
何もない境地
に至りたいものです。


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ahiraga 己に磨きをかけるための投資に回させていただき、よりよい記事を創作し続けるべく精進致します。