ルイの神話的起源譚《満点の呪い》第3話「昇る太陽の記憶」(光が名を呼ぶとき)The Memory of the Rising Sun — When Light Called His Name
Where the first light touched a forgotten soul.
(最初の光が、忘れられた魂に触れた場所。)
高石は、職員室の自分の机に向かっている。時計の針は18時を指していた。生徒はもう帰宅しており、他の教職員の姿もまばらだ。集中出来てよい。彼は、自分のしている事の記録をノートに取り始めた。忘れてはいけないからだ。まずは。
瑠衣の発言を「威圧的」「反抗的」と記録し、
クラスの混乱を「瑠衣が原因」と書くことと、
山田らのいじめを「トラブルの当事者」として瑠衣にも責任を負わせる事。
「女子が怖がっている」「教師に暴言を吐いた」などの虚偽申告を作る事も大切だ。
それにはもう少し厳密に追い込んだ方がいいな。高石の考えはまとまり始めた。“問題児”というラベルを貼るための布石が必要だ。まずはこういう問題行動があったという記録を作ったうえで、証拠を集めておく必要がある。些細なことでも「指導した」「注意した」と記録しておこう。それから、
瑠衣が反論した場合「反省が見られない」と記録して来たし、
瑠衣が沈黙すると「無視した」と記録出来るな。
いじめを訴えると「被害妄想」「トラブルメーカー」と記録も出来る。
完璧だ。袋のネズミとはこのことよ。高石はにやりと笑った。
後は保護者を呼び出せばいいだろう。保護者の名簿を見る。赤城祐介。一度も保護者会にも来ない男だ。PTAとの関わりも薄くて理想的だ。後から、連帯して、ぎゃあぎゃあ抜かされるのが一番堪えるから、こういう孤立した親っていうのが一番、生徒の排除のためには最適だ。
次にすべきことはこうだ。出来るだけ被害者顔しよう。そして奴の父親に訴えるんだ。
「お子さんは情緒が不安定です!!」
「家庭での指導に問題があるのでは?」
「医療機関の受診をおすすめします。」
父親が厳格で冷たいというのは、大方予想はついている事だ、ここで学校と父親の利害が一致する。父親は奴を折檻し、奴は折れるだろう。
→つまり、家庭の問題にされると、瑠衣は反論できない。これが子供の限界ってやつなんだよ。瑠衣。おまえがいかに小賢しくあろうが、大人の知恵に、敵うわけが無かろうが。
そうなったらさらに面白くなるな。そこから俺がやるべきは、こんな道筋だ。
別室指導(実質的な隔離)を行い、
保健室登校の強制をして周りと瑠衣を引き離す。
校長による出席停止(最大30日)も出来るな。
「安全確保のための登校禁止」措置が最終的に発動する。
まずはそうなるためには、
「クラスの安全のため」と理由をつけよう。
「女子が怖がっている」「男子が萎縮している」と虚偽の声を集めねば。
校長に「出席停止」を進言することも大変重要だし、
瑠衣が登校しようとした場合「今日は来ないで」と門前で止めなくては。
忙しくなる。まずは教師全員を会議室に集めてから、全体会議を開こう。
その為の資料をプリントアウトして、と。俺はこういう残業だったら、大好きだから何時間でも出来るんだ。
そして、その手口は見事に、今日、多段階ヒットした。綺麗にコンボが決まった。例えるなら俺の大好きなカプコンの格闘ゲーム、ヴァンパイアシリーズみてぇに、全ての攻撃が、攻撃判定が、多段階に連鎖するチェーンヒットコンボみてえだ。俺はあのゲームのハメ技が大好きだ。画面の隅っこで、攻撃を受けるがままに、ボコボコにされていくキャラの、ライフゲージがあっという間に赤くなっていくときの、興奮と言ったらねえ。
勝ってるってことは気持ちがいいんだ。俺は勝ちたい。全てにおいて勝ち組でいたい。ガキが相手で卑怯だとか言う奴もいるかもしれねえが、勝ちは勝ちだ。
ゲームは単なる気晴らしに過ぎねぇが、あいつのおやじのキレっぷりと言ったら芸術的だったな。生きて学校来るかな、瑠衣が翌日どうなっているのか最高に見ものだ。面白くてどうしようもねえ。ああ、俺のおやじが、あんな親じゃなくて本当に良かったぜ。
親ガチャに失敗した子供っていうのは最高に惨めだな、瑠衣。俺は知っているぜ、お前がケロイドを隠しているのをな。ありゃ普通の火傷じゃねえ。焼き鏝みてえに熱した、金属製の何かを押し付けられてそうなっているのだ。むろんいつものように、見て見ぬふりをしてやるから、お前は助からねえな。瑠衣。俺は愉快でたまらねえ。
瑠衣は暴力を振るっていない。 問題行動もしていない。 ただ、気に入らねえことはこれだ。
美しすぎる外見。不自然だろうが。こんな芋畑の中で、泥をこねた、人形、例えば埴輪とか兵馬俑みてえな面の生徒の群れの中でよ、まるでケルトの妖精みてぇな顔しやがって。こんなんじゃ溶け込めねえ。周りと格差があり過ぎるっていうのは秩序の維持に、非常に悪い。
圧倒的な学力もいらねえ。大体子どもなんか出荷待ちの芋なんだよ。ベルトコンベアで運ばれて、値踏みされて、規格ごとに選別されて、次々に、社会に出荷されていくもんだ。それがどうだ。奴ときたら特大の異物なんだからな。完全に排除が必要だろうが。
クラスの嫉妬も止まらねえ。こっちがまとめるのにどれほど苦労してきたか。全ててめえの存在のせいなんだよ、いるだけで有害なんだお前は。いるだけで場の磁力が狂うんだよ!瑠衣!!
そんなお前を限界まで俺は支配したい。俺を尊敬しねぇてめえに土下座させたい。すみませんでしたと言わせたい。そのうえで俺は瑠衣、お前の頭を踏みつける真似をしたい。そうじゃなきゃいけねえ。完全勝利しねえと、気持ちよくねぇ。
高石の支配欲は度を越していた。その異常性は、周りの教師にも伝わったが、教師は、高石を恐れていたし、彼の異常性が自分たちに及ぶ可能性を出来るだけ排除しておきたかった。同僚として、何事もなく仕事が出来さえすれば良いのだった。触らぬ神に祟りなしであった。その態度が、瑠衣をどれだけ救わなかったことだろうか。
もちろん瑠衣の家庭には、その日、地獄の嵐が吹き荒れた。
「なんでてめぇ、普通に出来ねぇんだよ…。」
祐介の怒りが膨れ上がってくる。空気がびりびりと、震えている。
祐介の手にはスタンガンが握られていた。
「こいつなら跡がつかねぇからな。最高電圧ってやつを、試させてもらうぜ。」
瑠衣は、街に飛び出した。もう限界だった。
あの場所にいたら殺されてしまう!!
お金はない。守ってくれる人間は誰もいない。
瑠衣は走った。 夜の街は、どこまでも冷たかった。
足の裏が痛い。呼吸が荒い。
それでも止まれば終わると分かっていた。
背後で、父の怒声がまだ響いている気がした。
電流の焼けるような音が耳の奥に残っている。
「……助けて」 声にならない声が喉の奥で震えた。
だが、助けてくれる人間は誰もいない。
どこへ行けばいいのか分からなかった。
瑠衣はそれでも走った。 息が焼けるように痛い。
胸の奥で、何かがちぎれそうだった。
夜の街は、冷たく、広く、
どこまでも他人の世界だった。
街灯の光が、金髪を白く照らす。
碧い瞳は涙で滲んで、世界が揺れて見えた。
――もう、どこにも行く場所なんてない。
そう思った瞬間だった。
そのときだった。 風の切れ目のように、
澄んだピアノの音が夜気を震わせた。

その音が自分を呼んでいた。
振り向くと駅前にストリートピアノが置いてある。
今まで聴いたことのない美しい音色だった。
思わず心を奪われた。心臓を貫くような、
ガラス細工の光を纏った繊細な音は、瑠衣の
今まで触れられたことのない心の奥底に届いていた。
そこで、巧みな演奏をしている一人の子供の、
その小さな背中は、自分より年下か。
年齢は不明だがその腕前は
まるで大人顔負けだ。彼は小さな指を懸命に動かして、
『エリーゼのために』を弾きこなしている。
それを聴いているだけで逃げてきた恐怖も、
父の怒声も、 電流の焼ける音も、
すべてが遠ざかっていく。
ただ、美しい音だけがあった。
碧い瞳が、弾き手のピアノの少年を捉える。
瑠衣は、吸い寄せられるように歩き出した。
涙はもう乾いていた。
黒山の人だかりが、彼に拍手を送る。
そして、小さな缶に、次々と小銭が入れられていく。
音楽は金になるのか。
衝撃だった。
おずおずと瑠衣は少年に近づいた。
「俺に、そのピアノを教えてください。」
少年はニコリとほほ笑んだ。
「急には無理だよ。君、唱歌は歌えるかい?」
瑠衣はうなずく。
「じゃあ行くよ、僕のピアノに合わせて歌って。」
瑠衣は、良く通る声で、『朧月夜』を歌った。
母が唯一覚えていた日本の歌。
「菜の花畑に 入り日薄れ…」
そして、母が歌っていた、英語版の『きらきら星。』
「Twinkle, twinkle, little star, How I wonder what you are.」
変声期前の瑠衣が歌うその歌声は天使の歌声だ。
聴衆は涙するものまで現れた。
そして。
「坊や、これでおいしいものを食べなさい。」
そこに居合わせた老婦人が、瑠衣に千円札を渡した。
少年は喜んでこう言った。
「君、すごいよ。今、君は、自分の声で、
お金を稼いだんだよ!」瑠衣の心に灯がともる。
少年のピアノと、母の歌が自分を救ったのだ。
「君のピアノ伴奏のおかげだよ、俺は何もしてない。」
当惑する瑠衣だったが、少年は感動していた。
「ねえ!ねえ、君!僕は君の声、とっても好きだよ。
よかったら、僕と、友達になろうよ!
僕の名前は、野崎英次っていうんだ。君は?」
自分の名前がふと、遠い世界のものに
感じられた瑠衣はとっさに嘘をついた。
「…昇。(のぼる)」nobody.
誰でもない。俺は今、誰でもないんだ。
「昇君っていうんだね、じゃあ、今から、うちに来て。
これからみんなでご飯を食べるんだ。君もおいでよ。」

エイジ。俺はあの時、誰でもなかったが、初めて俺は、
俺というものになったんだ。
https://note.com/prime_lemur1632/n/nb3035166132a 第15話
この“名前”が、烙印の世界でどう響くのか── それは第15話「ルイ」で明らかになります。
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