「そっか、あの時も」第4話 上場企業の総務(前編)
また、意識が遠くなっていく。
いったい、私はどうなっているのだろう。
1996年、大学生のとき、
英会話スクールで英会話講師。
1999年、新卒で就職し、
テレビ局で編成マン。
2004年、テレビ局を退社し、
同じ英会話スクールで、英会話講師2回目。
人生やり直し?
ただの走馬灯?
思い返すと。
そういえば。
あの人に、ちゃんと言えてなかったな。
2015年。
次に入社したのは、
高層ビル関連の大型機械メーカー。
上場企業の総務部が所属先だった。
入社して2日目。
いくつもの書類を見せられた。
東京証券取引所に提出する、『決算短信』
財務情報をまとめた、『有価証券報告書』
議決権を持つ株主に送る、『株主総会招集通知』
建設業許可の更新時に提出する、『建設業許可更新申請書』
公共工事を請け負う建設会社が受ける、『経審(経営事項審査)』
知らない言葉ばかりだった。
「これは、有価証券報告書、いわゆる有報です」
ゆうほー。
UFO?
Unidentified Flying Object?
仕事内容が頭に入ってこなかった。
『有価証券報告書』は80ページほど。
もちろん、未確認飛行物体とは何の関係もない。
でも。
書類の内容は未確認なものばかりだった。
書類に書いてある内容、
全然わからない。
「~であります」、
そんな日本語使ったことがない。
そして翌日、入社3日目。
頭が痛くなり、有給休暇を申請した。
1日休んで、
気持ちを切り替えることにした。
休んだその日、
入社面接での会話を思い出していた。
面接官は仕事内容を説明したあと、聞いてきた。
「この仕事、英語使わないよ。」
「英会話の先生、日本語を正しく書けますか?」
英会話の先生に対するイメージ、
そのまま質問としてぶつけられた。
新卒でテレビ局に入社したとき、
英語は1度、捨てている。
英語を自ら捨てた恐怖は大きかったが、
それ以上に、知らないことを知る楽しさがあった。
「この仕事、きっと知らないことばかりです。」
「でも、知らないなら、知ればいい。」
「知らないことを、知っていることに変えます。」
「必要な勉強をし、これから色々と身に付けていく。」
「それってすごく楽しそうです。」
そう、面接で自分が言ったこと、
知らないなら、知ればいい。
それでも、最初は、
知らないことが多すぎた。
デスクに並ぶ、UFO(有報)。
その書類の山が現実を語る。
『経審』を作成するために、
集める書類が100ページを超える。
『建設業許可更新申請書』は、
グループ子会社の分まで担当する。
書類を作ることより、
必要なものを集める方が大変だった。
経理から決算数値をもらう。
各部署に資料をお願いする。
建退協や中退共の証明書をそろえる。
納税証明書その1、その3の3を取得する。
足りなければ、また取りに行く。
ようやく完成する。
そして、提出。
作成することより、
提出のほうが複雑だったかもしれない。
決算短信は、東京証券取引所の『TDnet』
有価証券報告書は、金融庁の『EDINET』
建設業関係の書類は、近畿地方整備局の『窓口』
書類ごとに、提出先も提出方法も違う。
TDnetもEDINETも、
使い方を覚えるだけで一苦労だった。
この仕事では、
「たぶん」
「おそらく」
「だいたい」
が通用しない。
決算数値が、
正しいのか、間違っているのか。
必要書類が、
揃っているのか、足りないのか。
どちらかだった。
漢字、ひらがな、数字。
間違えれば、企業の信用問題にかかわる。
書類作成は怖かった。
でも。
提出ボタンを押す瞬間は、
もっと怖かった。
「あ、それ、ちゃんとインターネットで調べましたよ」
かつて自信満々に言っていた自分。
よくこんな仕事ができたなと思う。
ほんとに。
