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「そっか、あの時も」第4話 上場企業の総務(後編)

この仕事、
ただでさえ、めんどくさい書類ばかり。

そして。
そこには、めんどくさい人もいた。

2019年の7月。
東京から、その人が大阪にやってきた。

直属の上司ではない。

社外監査役 
上重監査役

非常勤の監査役ではなく、
本社に常勤し、監査役室を持つ社外監査役。

長年、大手上場企業の法務や経営企画を担当し、
会社法や金融商品取引法に精通した方だった。

『決算短信』
『有価証券報告書』
『株主総会招集通知』

私が作った書類を、
「そこまで見る?」
と思うくらい、細かく確認した。

何かあると、監査役室に呼ばれる。
そのたびに、同じ部署の人たちに言っていた。

「説教部屋、行ってきます。」

そして、説教の時間が始まる。

どうしてその情報を、そこに書いたのか。
なぜ、あの情報を書かなかったのか。

この日、
指摘された書類は『株主総会招集通知』。

作成は終わっていて、
1週間後には校了し、株主に発送する。

  「ここに書いた来期の目標、」
  「6年前に書かれていた内容と同じだね。」

「はい、そこは何年かごとに、」
「少しずつ言葉を変え、書いてます。」

  「来期の目標、本当にそれでいいの?」
  「社長が株主総会でそのまま読み上げることになるよ。」

  「あなたは、来期の目標を社長に確認したの?」

「私が社長に?」
「普通、そんなことしませんよ。」

  「あなたが書いたら社長はそのまま読むでしょう。」
  「だから、あなたは自分の文章に責任を持ちなさい。」

業務以外で、気楽に話せる社長ではあった。
ただ、こんなことを社長に確認したことなんてなかった。

というか、そんなことを私がするの?
直属の上司や担当役員をすっ飛ばして?

  「あなたが社長と直接話しても、いいと思うよ。」
  「あなたの書く書類は、社長の言葉なんだから。」
  「まあ、部長と役員には、私から話しとくから。」

上重監査役は、
私を困らせたいわけではない。

本当は、分かっていましたよ。
何をしようとしていたのか。

私が動けば、直属の上司が動く。
上司が動けば、担当役員も動く。

私が間違えないように。
会社が正しい方向を向くように。

そして。
いつも私を見てくれていた。

説教部屋に呼ばれる回数。
その数と同じぐらい、飲みに誘ってくれた。

飲みの席では陽気な人だった。

そこでも私は、
ちゃんと言葉にしたことがなかった。

その後、私は会社を辞めた。

監査役が退任されたとき、
私はもうそこにはいなかった。

最後に会うこともできなかった。



――そして今。



目を開けると、
「説教部屋」のドアがあった。

まだ、書類の確認をされる前。
細かいことを言われる前。

私は部屋に入った。

「上重さん」
 
  「はい」

「いつも、ありがとうございます」

少しだけ、驚いた顔をされた。

それだけだった。
それでよかった。

そして。

言わなかったことがある。

「大阪には単身赴任で来られて。」
「監査役という立場上、気の許せる社員がいなくて。」
「何でも言うことを聞く、私のこと、本当は。」
「かわいい後輩って思ってるんじゃないですか?」

タイミングがあっても。
これだけは絶対に言わないでおこう。

その代わり、また、
明石で釣ってきたタコをおすそ分けしに行こう。

また、意識が遠くなっていく。

自分の黒歴史は、消えた。
支えてくれた人にも、ちゃんと言えた。

もう。


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