[異邦人] 人はなにで生きるのか
異邦人を読んだ感想
カミュの異邦人を読んだ。
読んだ後で自分の生に対する価値観が大きく揺さぶられた。
トルストイの懺悔という著作では人は有限であるから、無限のものが必要であるという考えに深く共感していたが、本著作はそれとは反対に人は有限である。だがその有限が生そのものであるという問いは確かにそうかもしれないと感じた。
一番気になったこと
一番気になったことは有限の中で一切のよりどころなくして人は生きていくことができるのかということだ。
トルストイは人類愛によって人は生きていると言っていたが、異邦人の主人公であるムルソーはそういった抽象的なものに本質的な意味を見出していない。
自分が実際に感じられる・触れられるものが生でありその外部に意味づけをしていない。
であるならば、自分は何を教えとして生きていけばいいのだろうか。
神がいるならばその教えに従えばよい。
また自分にとっての真理があるならばそれに従えばよい。
自分で人生の意味を作り出してそれに従えばよい。
しかし、ムルソーは自分が感じられるものの外側に本質的な意味をもっていない。
考えたこと
私はこのムルソーの生き方に対して絶望を感じた。
私自身、人が何を支えとして生きているのかを知りたいし、また私自身もそれをもちたいと思っている。
しかし、ムルソーは生そのもの以上に意味づけをしない。
支えとなるものがないなら倫理とか善とかそういったものはどうすればよいのだろうか。
カミュがほかの著書でそれについて述べているか調べる必要がありそうだ。
