見出し画像

自分がINFJだと分かって思ったこと「これからは自分のために生きてやる。」

今回は16Personalities性格診断テストINFJ(提唱者)と出た人に向けて書いています(私自身、INFJでした)。もしかしたらINFP(仲介者)など他の近しいタイプの人にも共感してもらえるかもしれません。(違う人間なので同じINFJの人でも共感できないかもしれないということもお伝えしておきます)

皆さんは、自分がINFJの性格を持っていると分かってどんなことを思いましたか。

私はINFJ(提唱者)のページに書いてあることに大いに頷き、時には生きづらかった自分の人生を思い出しながら、最終的には主に次のようなことを思いました。

①なんでも人と比べて自分のできないところを見つめることは無意味だ

②これからは自分のために生きてやる

この記事では後者の方を重点的に書いていきます。でもまずは前者から。


①なんでも人と比べて自分のできないところを見つめることは無意味だ


これは私が幼少期から親に他の子と比べられることで評価されてきたからかもしれませんが、基本的に私の自己評価基準はいつも「周りと比べて自分はどうか」という視点でできています。「周り」とは、所属する「クラス」「部活の同期」「サークルの同期」「会社の同期」など。場面ごとに細かく視点を移すと、例えば「飲み会の参加者」「講義の出席者」なども。

あと、人に影響されやすい性格もあってか「周り」に属するたった一人と関わる度にも「この人はこういうことができる。私もできなくてはダメかもしれない」「この人はこうやって成功している。これができない私はこういう性格だからかもしれない。変えなくては」などと考えてしまいます。

それどころか、上記のようなことを考えているということを認識する間も無く、無意識に「この子のようになるには、まずは自分のこういうところを捨てて、この子のここを取り入れて…」「この子もやったように、私も○月からはこれに手をつけよう」とあっという間に策を立ててしまいます。一見それは向上心と計画性のある素晴らしい性格に見えるかもしれませんが、自分の問題点は、土台(自分自身)を全く意識しないまま進んでしまうところにあるように思います。そのため、人のいいところを取り入れたいがために無意識に捨ててしまった(無視してしまった)自分の性質・体質が後になって「よくもないがしろにしてくれたな」と姿を表して自分を襲うのです。結果、仕事で無理をして抑うつ状態になったり、自分で自分のことがわからなくなってしまったり…。

しかし16Personalities性格診断テストで診断結果が出てからは、そのように人と比べることは本当に無意味だと思うようになりました。4つのアルファベットが表すそれぞれの事項は、その項目に対して「どれだけ能力があるか」ではなく「振り子がどちらに振れているか」であり、人ができて自分にできないことがあっても、その逆があるとわかったからです。さらに16タイプの中でも、人口の10%以上が該当するタイプもあれば、INFJのように人口の1%にも満たないタイプもいることがわかり、そうだとすれば世の中は大体多くの人が適応できるように作られているので、自分のようなタイプは生きづらいと感じたら、周りに流されずオリジナルのやり方を追求すれば良いと気づいたからです。

それどころか、人口の1%にも満たない性質を持っているとしたら、その個性は世の中を生き抜く上で武器にし得るから守ったほうがいいと思いました。私は自分の密かに持つ信念や美意識(それは時に生きづらさと表裏一体となる)などを捨てたくないというのが本音だったので、そう思った時はとても安心して生きていけると思いました。




②これからは自分のために生きてやる


”人助けを人生の目標とし”と語られるINFJとは思えない発言かもしれませんが、「これからは自分のために生きてやる」とは本当に思ったことです。そして結論から申し上げると、「自分のために生きるということは結果的に周りを助けることにもなる」というのがこれから意識していきたい私の考えです。診断結果の文章にも”提唱者型の人達にとって本当に最も重要なのは、自分自身を大切にすることです。”とあるので、少し大きく捉えたかもしれませんが決して矛盾はしていないと思っています。

ではなぜ「これからは自分のために生きてやる」と思ったかというと、周りのためにヘトヘトになるまで動いてしまうのは、自分が偉いからではなくただの性質だと分かったからです。緊急度の高低に関わらず救うべき事象をわざわざ拾い上げてしまうのはどうやら自分の意思ではなく性質のためのようだと気づいたのです。

私は就活生の時、社会的課題に焦点を当てて「世の中の困っている人を助ける事業をやっているか」「世の中の困っている人を助ける自分になれるか」という視点が根底にありました。それは心から実現したいことでもある一方、この考えはどんな大人からも素晴らしいと思われるだろう・一緒に働きたいと思ってくれるだろう、などと少々たかをくくってもいました。

なぜ困っている人を助けたいと思ったか。その起源も自分の中ではっきりありました。それまでの人生で自分の身の回りで起こった困った出来事が、私に使命感を与えたのです。当時は、困った出来事を目の当たりにする→将来社会貢献活動をするという流れは人生の流れとして当たり前だと思っていましたが、よくよく考えると、そういう流れにならない人もたくさんいます。現に私と同じ出来事を目の当たりにした周りの人間は、今となっては好きなように生きています。しかしそんな単純なことに気づかず、出来事に圧倒されてしまった刺激に弱い私は、その刺激から生まれた感情と信念を自分の意思と信じて疑わず、それを元に自分が将来従事することまで決めていたのです。その感情や信念は決して嘘だったわけではありませんでしたが、今思うと、どうして人のことはそんなに気にかけて、自分自身のことはほとんど考えなかったのだろうと思います。

そして実際に働いてみると問題がたくさんありました。今思えば組織に期待しすぎたり、抽象的な概念を追いかけすぎて勝手に失望するなどといった社会人としての未熟さもありました。また、世の中を良くしたいと思って動き出したのに、いざやってみると組織のために奔走する小間使いになっていた、というのはこれを見てくださっている方の中にもよくあることなのではないでしょうか(大きな組織だと入りたての頃はそれが当たり前なのかもしれませんが)。志は高くありながらも、基本的に救いたい対象は「目に見えるもの全て」になってしまっているからです。また、自分を無意識に押し殺し、性格を変えて過ごしたり、嫌なことを断れなかったり、人に気遣いすぎたりして、自分で勝手にボロボロになっていきました。

ボロボロになって仕事を手放したのと、自分がINFJだとわかったのはほぼ同時期でした。その時こう思いました。「自らを差し置いて世の中の課題を解決するために奔走することはそんなに偉いことだろうか

これは決して、今現在社会課題の解決に向かって一生懸命になっている人に対して言いたい言葉ではありません(そういう方が時にげっそりしているのを見ると、心配になるというのは正直なところですが)。過去の自分自身に向けて言いたいことです。

「世の中の課題を解決するために奔走する」行動が自らを幸せにすることに直結する人もいると思います。でも私の場合は、複雑な性格や、自己肯定感の低さ、自分の社会人としての未熟さなど様々なことが障害となって、「自分が幸せになる」レベルに到達する前に疲弊してしまいました。


”人助けを人生の目標とし”と語られるINFJですが、結局は自分が幸せになりたいという人類の普遍的な欲望は持っていると思います。自分が幸せになりたいからこそ、人助けをするのだと思います。少なくとも、私はそうみたいです。だからこそ、自分の幸せが確保されなければ、当然生きていけません。INFJの自分が言うのはとても変ですが、せっかく自分以外の人間も幸せになってほしいと願い行動するタイプの人間が、ヘタって動けなくなったり、自らいなくなってしまったり、また変に暴走してしまうのは、世の中にとって損でしかないではありませんか。だから合理的に考えて、INFJの性格を持つ人はまずは自分のために生きて、幸せになった方が、自分にとっても社会にとってもいいと思うのです

そうするためには、まずは自分が何をエネルギーとして幸せに生きていけるのかを考える必要があると思います。人が生きるためのエネルギーとなるのは、3大欲求を満たすことの他に、「自分が好きなことをする」もあると思います。私が就活をしていた頃は、私にとって3大欲求を満たす以外でエネルギーとなる行動は「世の中の困っている人のために奔走すること」だと思い込んでいましたが、どうやらそれは盛大な勘違いだったようで、まずは「自分が好きなことは何だろう」と考え、好きなことを見つける・その好きなことをする時間を確保する、ということが自分を再び生かすためのスタートでした。


私の場合、「好きなことは何」と問われると、大きな声で言えないながらも自分の中ではっきりしていました。表現活動です。音楽、絵、写真、文章を自分で作り出すこと。同じINFJでも自分を幸せにしながら生きていく方法は何通りもあると思うので、ここからはあくまで私の方法だと思って読んでいただきたいのですが、私は限りある自分の人生の時間をなるべく好きなことに使いたいと思ったので、絵を描いていられるイラストレーターという職業を目指すことにしました(厳密には自己表現のためアーティストという立ち位置を目指したいです。この辺の話は今回は具体的にはしません)。幼い頃から表現活動など個性的なことは親が好まなかったので、押さえつけられていた衝動を解放する・自分の心の穴を埋めるという意味でもイラストレーターを目指すために絵を練習するという行動自体が自分を助けているように思います。

就活をしていた時は考えられなかった職業です。イラストレーターという職業では直接的に「世の中の困っている人を助ける」ことはできません。でも、まずは自分を助けることができます。自分が助かったら、初めて他の人を助けることができます。私はそれを目指したいです。

もちろん、イラストレーターなど簡単になれるものではないとわかっています。今目指し続けられているのは、まだ「イラストレーターになれない」とわかったわけではないからです。人から「そんなの無理だよ」と言われるのではなく、自分で挫折をしない限り、目標に向かって淡々と歩みを進めるのみです。ただこの挑戦が続くのは、金銭的に健全な状況を保てる範囲内ではあるので、時間に限りはあります。もしその時が来てしまったら、また別の道を考えますが、その時にも「絶対に自分のために生きる」をモットーに道を選ぶつもりです。

以上、長くなりましたが、私がINFJとわかって思ったことでした。

長い文章におつきあいいただき、ありがとうございました。

2026.1.12追記
少しでも「生きづらくないINFJになりたい」「本当の自分の人生を歩みたい」と思う人へ。
この記事を書いてから5年経った今、過去数年を振り返って「このスタンスでいたら人生が変わった」と思ったことを書いています。
良かったらこちらもご覧いただけると幸いです🌿

2023.6追記

INFJの秘密基地を作りました。
よかったらのぞいてみてください🌿

また、今回の内容をより掘り下げた「INFJの私は本当に人のために何かしたいのか?本当の望みは?」という内容の記事も書いています。


いいなと思ったら応援しよう!

とうら よかったらサポートお願いします。いただいたサポートは、次の文章を書くエネルギーに使わせていただきます。