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人はなぜ、スポーツに物語を見るのか。

いろいろなイベントが盛り上がる夏ですね。

スポーツや音楽フェス、コミケなど、さまざまな催しが続く季節です。
みんなが楽しそうにしている一方で、同じ熱量にはなれないと感じる人もいるでしょう。

今回はそんな「なぜ自分は盛り上がれないのか」を、スポーツを軸に分解してみたいと思います。

※「何も思わなかった」を考える感想文シリーズのスポーツ編です。

ワールドカップでは、日本中が盛り上がりました。

勝った。負けた。次へ進んだ。
テレビでもSNSでも、たくさんの人が一喜一憂していました。

その様子を見ながら、僕はときどき不思議になります。

試合そのものは面白い。
すばらしい技術を見れば、素直にすごいと思います。
最後まで結果が分からない勝負には、緊張もします。

それでも、「日本代表だから」という理由だけで、片方を熱狂的に応援する感覚には、なかなか入っていけません。

相手側の選手にも、そこへたどり着くまでの人生があります。
同じように練習し、悩み、失敗し、何かを背負って試合に立っています。

そう考えると、片方の勝利だけを喜ぶよりも、良い試合を見せてもらったこと自体に感謝したくなります。

自分には協調性がないのだろうか。
感情が薄いのだろうか。

周囲の熱狂についていけない人の中には、そんなふうに考える人もいるかもしれません。

けれど、これは感情がないという話ではありません。
どこに感情を置くかが違うだけです。

そして、この違いを考えているうちに、スポーツ観戦とフィクションには、よく似た仕組みがあることに気づきました。


決勝戦だけを見ても、人は感動できる

普段はサッカーを見ない人でも、ワールドカップだけは見ることがあります。

選手の所属クラブも知らない。
代表に選ばれるまでの経緯も知らない。
過去の試合も、ほとんど見ていない。

それでも、試合前の紹介で、

「大きなけがを乗り越え、三年ぶりにこの舞台へ戻ってきました」

と聞けば、その選手を応援したくなります。

「今回が最後の大会になるかもしれません」

と紹介されれば、その一試合が急に特別なものに見えてきます。

考えてみれば、これは長いドラマシリーズのダイジェストだけを見て、最終回を楽しむようなものです。

これまでの経緯を短く説明してもらい、登場人物の立場を理解し、最後の勝負を見る。

本来なら何年もかけて積み上げられた時間が、数十秒の紹介に圧縮されています。

それでも人は感動できます。


映画も同じです。

上映が始まる前まで、その主人公のことを私たちは知りません。
けれど二時間後には、主人公が追い詰められる姿を見て、「頑張れ」と思っています。

一緒に過ごした時間は、ほんの二時間です。

それでも、物語として必要な情報が与えられれば、人は他人の人生に感情移入できます。

スポーツの決勝戦も、かなり近い構造を持っています。


実況は、現実を物語へ編集している

スポーツ中継は、試合をそのまま映しているように見えます。

けれど実際には、かなり強く編集されています。

誰の経歴を紹介するのか。
どの過去映像を流すのか。
どの失敗を振り返り、どの成功を強調するのか。
どの場面を何度もリプレイするのか。

その選択によって、視聴者が感情移入する相手は変わります。


ネイチャードキュメンタリーを考えると分かりやすいです。

何日も獲物を捕まえられていない肉食動物がいる。
子どもを待たせたまま、必死に狩りを続けている。

そんな説明から始まれば、視聴者は肉食動物を応援します。

ようやく獲物に近づいた。
今度こそ成功してほしい。

そう思いながら画面を見るでしょう。

ところが、逃げる側に小さな子どもがいると先に紹介されたらどうでしょう。

今度は、どうか逃げ切ってほしいと思います。

映像は同じです。

変わったのは、最初に与えられた前提と、どちらを主人公として見せられたかだけです。


スポーツ中継も似ています。

相手チームの情報も紹介されます。
けれど、感情移入しやすい形で両者が同じだけ描かれるとは限りません。

片方のけがからの復帰は詳しく語られる。
片方の家族の話は映像付きで紹介される。
もう片方は、強力なライバルとして簡潔に説明される。

こうして、現実の試合が、一つの物語として整理されていきます。

視聴者は自分で応援する側を選んだように感じます。

けれど、その前にはすでに、感情を向けやすくするための道が敷かれています。


長く見てきた人には、別の物語が見えている

実況が選手の経歴を短くまとめるとき、長年その競技を見てきた人は、少し違う感想を持つことがあります。

そこはかなり省略されている。
本当はそんな単純な話ではない。
その時期には、別の事情もあった。

初めて見る人にとっては、分かりやすく感動できる紹介です。

けれど、長く見てきた人には、その要約からこぼれ落ちた時間が見えています。

たとえば、下部カテゴリーにいた頃から見ていた選手が、代表として大舞台に立つ。

その瞬間に感じるものは、「苦労してここまで来た選手です」という数十秒の説明とはまったく違います。

その選手が苦しんでいた時期や、少しずつ成長していく姿を、自分自身の記憶として持っているからです。

だから同じ試合でも、初見の人と長年のファンでは、受け取っている重みが違います。

どちらが正しいという話ではありません。

初見の人は、編集された情報から短時間で物語を受け取ります。
長年見てきた人は、自分の記憶を重ね、その場面の外側まで補います。

同じ映像を見ながら、別の物語を見ているのです。


物語は、受け手の経験によって完成する

「何年ぶりの復帰です」

この言葉だけを聞いたとき、受け手の人生経験によって、想像の深さは変わります。

長い療養を経験した人。
仕事を離れ、戻る場所を失いかけた人。
何度も失敗し、それでもやり直した人。

そういう経験がある人は、「復帰」という二文字の中に、長い時間を想像できます。

簡単には戻れなかっただろう。
途中で諦めたくなった日もあっただろう。
元の状態には戻れない不安もあっただろう。

実況はそこまで説明していません。

それでも受け手は、自分の経験で空白を埋めます。

つまり物語は、作り手がすべてを用意して完成させるものではありません。

受け手が自分の人生を重ねたとき、初めて完成します。

これは小説でも、映画でも、ドキュメンタリーでも同じです。

そしてスポーツも同じです。

私たちは、選手の人生をすべて知ることはできません。
他人の人生を完全に追体験することもできません。

だから必要な部分だけが編集されます。

受け手は、その断片を自分の経験で補いながら、一つの物語として理解します。

現実を見ているつもりでも、認知の中では物語を作っているのです。

だから、人によって見えている物語が違えば、心の動き方も変わってきます。


熱狂できない人は、何も感じていないのか

ここまで考えると、スポーツに熱狂できない人の見え方も変わります。

感情がないわけではありません。

実況が作った主人公に、そのまま感情を預けられないだけかもしれません。

「日本代表だから応援する」という枠組みよりも、両方の選手の背景が気になる。

勝った側の喜びと同時に、負けた側の悔しさも見えてしまう。

相手にも努力や生活があると思うと、片方の敗北そのものを喜べない。

それでも、良い試合には心が動きます。

限界まで力を出した選手を見れば、すごいと思います。
最後まで分からない展開には、緊張します。
勝者だけでなく、敗者にも拍手を送りたくなります。

これはスポーツを理解できていないのではありません。

物語の主人公を一人に決めず、複数の視点を同時に見ているだけです。

情報が増えるほど、単純な勝者と敗者の構図から離れていくことがあります。

一方だけを応援する物語よりも、全員がそれぞれの事情を抱えて立っている現実の方が見えてくるからです。

熱狂できる人が単純なのでもありません。
熱狂できない人が冷たいのでもありません。

見ている物語が違います。


スポーツがフィクションなのではない

スポーツは現実です。

結果は決められていません。
選手の努力も、勝利も敗北も、実際に起きたことです。

その意味では、フィクションとは明確に違います。

けれど、受け手がそれを理解する仕組みは、フィクションとよく似ています。

膨大な現実から必要な情報が選ばれ、過去が要約され、受け手は自分の経験で空白を埋める。

その瞬間、現実は一つの物語として体験されます。

だから、決勝戦だけ見ても感動できます。

長いドラマシリーズのダイジェストを見て、最終回で泣けるのと同じです。

私たちは、現実そのものに感動しているだけではありません。

現実から選び取られた情報を、自分の中で再構成し、その物語に心を動かされています。

そう考えると、スポーツに熱狂できない自分を、無理に責める必要はありません。

物語を受け取っていないわけではない。
誰か一人を主人公にする見方を選んでいないだけです。


人は同じ出来事を見ながら、それぞれ違う物語を作っています。

だから、同じ試合を見ても、心が動く理由は一人ひとり違います。

その違いは、感情の豊かさではなく、
どんな物語を見ているかの違いなのかもしれません。


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