さよならだけが人生だ
東京の学生時代の友人が仕事のついでだと言って訪ねてきたので、久しぶりに痛飲して旧交を温めた。不安だらけの青年時代をともに過ごした間柄は、年月が経っても変わらないのだと、改めて思う。
次会う約束もせずに、さようならと言ってタクシーに乗り込んで独りになると、「さよならだけが人生だ」と思わず口をついて出てきた。
ハナニアラシノタトヘモアルゾ
「サヨナラ」ダケガ人生ダ
于武陵の詩「勧酒」を、井伏鱒二が翻訳したものだ。
井伏鱒二が林芙美子とともに講演のため尾道に行き、因島に寄った帰りのこと、港で船を見送る人との別れを惜しんだ林が「人生は左様ならだけね」と言ったのが、この訳詞の元なのだと「因島半歳記」のなかで井伏が語っている。
もっとも、井伏自身はその時の大仰なセリフが照れくさくて嫌だと思ったそうなので、いつのまにか訳者のなかで言葉が熟成していったようだ。
タクシーの中で、独りごちてみて、林芙美子の言葉も、井伏鱒二の訳詩も、その言わんとすることが、腑に落ちるような気がする。人生の無常感に浸るのでもなく、人生を突き放すのでもない、どこか柔らかな諦めのような感覚と言えばよいだろうか。
「さようなら」は美しいあきらめの表現だと言ったのは、飛行家チャールズ・リンドバーグの妻、アン・モロウ・リンドバーグだ。
夫婦が冒険飛行のなか、機体の故障から千島列島に不時着した時のこと、葦原から救出された夫妻は東京で熱烈な歓迎を受け、そのあと船で日本を離れる。そのとき日本人が口々に放っていた「さようなら」という言葉が、アンの心をとらえた。
アンのエッセイを少女時代に読んで衝撃を受けた須賀敦子さんが、そのくだりを紹介している。
さようなら、とこの国の人々が別れにさいして口にのぼせる言葉は、もともと「そうならねばならぬのなら」という意味だとそのとき私は教えられた。「そうならねばならぬのなら」。なんという美しいあきらめの表現だろう。
「さようなら」が柔らかさや温かさを感じさせるのは、「そうならねばならぬのなら」と、等しく運命を引き受ける、互いの想いが交わり合うからなのだと思う。
声だけは昔と変わらない旧友の姿を思い、さよならともう一度呟いた。
