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内定もらったら小4の時の担任から連絡きた


この3枚は、僕が内定をもらった頃、小学4年生のときの担任と交わしたLINEだ。

先生は僕が学校へ行けなくなった頃の担任で、小学校を卒業してからも関係は続いている。今は母がやっている溶岩浴の店に通ってくれていて、僕の就職活動が終わったことも母から聞いたらしい。

3月30日の昼、先生から「就職活動、無事終了したと聞きました」と連絡が来た。内容は内定のお祝いと、残り一年の大学生活を楽しんでねというもので、最後には就活おつかれ会をしようと書いてあった。

僕は翌日の21時に返信し、先生のおかげでギリギリ小学校を卒業できたと思っていることを伝えた。それから、内定をもらってやっと普通の人間になれた気がすると書き、仕事が落ち着いたら飲みに行きたいとも送った。

「普通の人間になれた」と書いた直後に飲みに誘っているので、あらためて読むと話の変わり方がかなり急だ。自分で送った文章なのに、変な返信だと思う。

先生から返事が来たのは、さらに次の日の朝7時49分だった。

「ちゃんと学校行ったからといって、普通の人間っていうわけではないと、わたしは思ってるよ」

僕の優しさや明るさが周りを引きつけ、ちゃんと進んでこられたのだから自信を持ってね、と書かれていて、周りに感謝できるところも褒めてくれた。

自分の優しさや明るさを記事の中で説明するのは恥ずかしいが、LINEの画像に全部残っているので、今さら一部を伏せても仕方がない。

僕は「普通の人間」という言葉を考えて選んだ記憶がなく、内定をもらったときに本当にそう感じたから、そのまま先生に送った。

今読むと、なかなか嫌な言い方でもある。内定をもらった人が普通で、まだ決まっていない人は違うと言っているように読める。そんな意味はなかった。先生には僕が何を言いたいのか伝わるだろうと思って、直さずに送った。

そもそも普通の人間って何なんだろうと、先生へ送ったあとで考えたが、今もうまく説明できない。

小学4年生から中学3年生まで、僕はほとんど学校へ行っていない。学校に通っている同級生を見ると、自分とは違う人たちに見えた。

朝に起きて、着替えて、学校で一日を過ごし、次の日も同じように行く。みんながその生活を毎週続けている間、僕は家にいた。同じ小学生なのに、やっていることが全然違った。

久しぶりに学校へ行けば同級生が声をかけてくれて、僕も嫌ではなかったし、むしろ優しくしてくれていたと思う。声をかけてもらうたび、普段は学校に来ないレアキャラとして見られている気もして、どう振る舞えばいいのか分からなかった。

学校へ行っている人が普通で、行っていない自分は違うと考えていたが、「普通じゃない」と面と向かって言われた記憶はなく、自分でそう決めていた。

小学校は卒業できたし、中学校もほとんど通えないまま卒業証書はもらった。

高校は全日制へ進み、入学して最初の一学期は欠席もほとんどなく通えていた。高校から僕を知った人には、小中学校でずっと不登校だったとは見えなかったと思う。

そのまま三年間通えたら話は早かったのだが、休む日はまた増えた。高校2年生のときには、先生から「このままじゃ卒業させてあげられない」と言われた。出席日数を気にしながら学校へ行き、かなりギリギリで卒業した。

大学にも入り、現在は4年生で、就職活動も終わった。

小学校、中学校、高校、大学と進んできた順番は同級生と同じで、留年もしておらず、年齢で比べても周りと同じ時期に就職する。

書類に並ぶ経歴は同級生と変わらないのに、僕は自分を「元不登校」、周りを「普通に学校へ行ってきた人」と分けていた。周りからそう扱われた記憶はなく、僕の考え方の癖だった。

内定をもらった会社は、僕が働きたいと思った会社だった。

就職活動では大学生としてエントリーし、面接を受けた。不登校の経験を話さない面接もあった。ほかの就活生と同じように志望動機を考えて、自分の経験を話して、結果を待った。

そこで採用したいと言ってもらえた。かなりうれしかったし、同じくらい安心した。

小学生の頃は来週学校へ行けるかどうかも分からず、大学を卒業して会社員になる自分なんて考えていなかったし、そこまで先のことを考える余裕もなかった。

大学4年生まで来て就職先も決まったことは、僕にとってかなり大きな出来事だった。内定をもらった日の僕には、「普通の人間になれた」以外の言い方が浮かばなかった。

先生の返信を読んでうれしかったが、小4から何年も持っていた「学校へ行ける人が普通」という考えは、そのあとも残った。

学校へ行けなかった時間は実際に長い。その間、同級生と比べて恥ずかしくなったことも何度もある。内定をもらって人並みになれたと安心したのも事実で、先生の言葉に合わせて書き換える気はない。

先生が褒めたのは、出席や進路ではなかった。僕の優しさや明るさ、周りを気にかけるところ、感謝できるところだった。

僕が自分を評価するときに考えるのは、学校へ行けた、高校を卒業した、大学に入った、内定をもらった、ということばかりだった。優しいとか明るいとか、自分に対して使った覚えはなかったのに、先生の記憶に残っていたのは、僕の出席日数ではなく性格の方だった。

自分が普通かどうかは今も分からない。そもそも何を基準に決めるのかも分からないのに、まだ気にしている。

まずは大学を無事に卒業できるかが気になるし、入社したら仕事を覚える速さを同期と比べると思う。同期より遅かったら、また「自分は普通じゃない」と考え始める自信がある。嫌な自信である。

内定がうれしかったことも、「普通の人間になれた」と打ったことも、あの時点の僕の本音だった。先生の返事と並べて、そのまま残しておく。

また周りと比べて面倒なことを考え始めたら、黄色い絵文字が何個も付いたあのLINEを、最初から読み直す。

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