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統合失調症回想録:『神につかれた男の話』11

精神疾患である統合失調症を経験した私の回想録『神につかれた男の話』です。
今回掲載するものは、スマホでも読みやすいように文章を整えた改訂版です。
記事は順番に読めるよう、マガジンにまとめておきます。全13回になります。
もし続きが気になった方は、固定記事にあるKindle版を読んでいただけたら嬉しいです。
この物語が、誰かの心に小さな何かを残せたなら幸いです。

【前回の話】

神につかれた男の話

2部 日はまた昇る
(6)神の采配        [3524字]

朝、目が覚めた。

男はすっきりとした心持ちで、昨日の出来事についてあれこれ考えていた。

すると、ふと「応援」という言葉が心に浮かんだ。

その言葉が妙に気になり、男は辞書で調べてみた。

応援とは、他人を手助けすること。

では、応援の反対は何だろう。

男がインターネットで検索すると、応援には対義語がないと出てきた。

そのことが、男の興味を引いた。

応援の対義語がないというのは、本当だろうか。

さらに調べると、妨害や野次といった言葉が出てきた。

しかし男には、どれもしっくりこなかった。

ますます「応援」という言葉が、男の心を捉えて離さなくなった。

目覚まし時計が鳴った。

いつものように妻と一緒に朝食の支度をしながら、男は妻に尋ねた。

「さっきから、応援の反対の言葉がないか考えていたんだけど、何か思い浮かばないかな。今のところ妨害が近いと思うんだけど、何だかピンとこなくて。他には野次とかもある。たとえばスポーツを観て応援したり、野次を飛ばしたりするよね」

妻は少し間を置いて答えた。

「無関心じゃない? 私はスポーツとか無関心だし、なんとなくそう思った」

その言葉を聞いた瞬間、男は閃いた。

それだ。

ただ、愛の反対は無関心という言葉もあった。

一つの言葉には、いくつもの意味が込められているのだ。

そういえば、妻は自分が本を書くことを応援してくれたことはない。

その時、男の脳裏にまた閃きが走った。

自分の世界が広がっていくような感覚があった。

応援の対義語は、無視とも言えるのではないか。

自分には、この言葉の方がふさわしく思える。

言葉には無数の意味がある。

その中から選び取った言葉が、自分の世界を塗り替えていく。

妻は、自分が本を書くことをあまり快く思っていない。

けれど、かえってその姿勢が、この本の完成度を上げているとも言える。

まるで遥か高みから、この本を仕上げることを応援しているようにさえ思えた。

朝食を終え、仕事の準備をした。

通勤中、周りの景色に変わりはなかった。

しかし仕事が始まると、男は違和感を覚えた。

今日はやけに客が少ない。

少し考えられないくらいだ。

だが、悪くない。

穏やかに時間が流れている。

ふとATMに目をやると、苛立ちを隠さない老婆が立っていた。

男は声をかけようか迷った。

しかし、何か神からの問いかけかもしれないと思い直した。

直感に従い、男はその老婆に声をかけた。

「どうかされましたか」

老婆は苛立ちを隠さずに言った。

「振り込みを頼んだのに、ほったらかしにされているの。どうなっているの、この銀行」

男はロビーの案内係に連携しようとした。

しかし案内係は、他の客の応対をしていた。

なぜか男は、この老婆の問題の解決を自分に任されたような気がした。

そこで、案内を引き受けることにした。

「私でよければご案内いたしますよ」

男は穏やかに語りかけた。

老婆はぶっきらぼうに返した。

「あなたに出来るの?」

その言葉に、男の中に苛立ちが芽生えた。

なぜ自分は苛立ったのだろう。

何か大切な瞬間が訪れた気がする。

考えろ。

男は気を引き締めた。

そして冷静に答えた。

「他の者に代わりましょうか」

老婆は少し落ち着きを取り戻したようだった。

「まあいいわ。あなたやって」

男は老婆の話を聞きながら、丁寧に振り込みの案内をした。

すると男は気づいた。

よく聞けば、この老婆は別に理不尽なことを言っているわけではない。

ただ、自分の気持ちを蔑ろにされたと感じて怒っていただけなのだ。

これまでの経験から、男は自分の苛立ちが相手の無意識に伝わっているように感じていた。

しかし老婆の無意識は、それを承知のうえで、何か問題を投げかけているようにも思えた。

男は老婆の言い分を心で受け止めながら、ATMの操作を案内した。

操作案内が終わる頃には、老婆の顔は穏やかになっていた。

老婆は一言、男に言った。

「ありがとう」

その言葉を聞いて、男は何か大きな仕事を成し遂げたような達成感を覚えた。

男もまた、老婆に感謝した。

苛立ちのような不愉快な感情は、理性に何か問題を投げかけているのかもしれない。

理性が感情の声に耳を傾けることで、意識と無意識の和解が始まる。

そして思いやりを示すことが、お互いの理解につながり、心の自由を広げていく。

男は、世界が少し自分に優しくなったような気がした。

次の休みに、男は友人と会った。

その友人とは高校時代からの付き合いだった。

友人もまた、男と同じように世界を旅したことがあった。

十年前、その友人は「日本に嫌気がさした」と言い残し、ベトナムで働いていた。

しかし仕事はうまくいかず、日本に帰ってきていた。

今は、自分の進路について考えあぐねているようだった。

友人は、自分を取り巻く社会に不満を募らせていた。

喫茶店でコーヒーを飲みながら、友人は社会問題について話し始めた。

「今、日本でインフレが進んでいるけど、最低賃金は上げた方がいいと思う。ただ、上げすぎたら中小企業が困るし、潰れるところも出てくるかもしれない。そうなると、この先、大きい企業に集約されていくのかもしれない。でも、それもどうかと思う。最近、考えれば考えるほど、どちらに肩入れしたらいいのか分からなくなるよ」

男は、思いつくままに話してみた。

「結局、どこでバランスを取るかの問題だと思う。ただ俺は、中小企業は保護した方がいいと思っている。企業が減っていったら、社会は衰退していくだけじゃないかな。何より、新しい発想が生まれにくくなる。今ある大企業だって、もとは中小企業から始まったわけだし、数が多い方が、それだけ新しいものが生まれる確率も上がると思う。その中から個性の強い企業が生まれて、大企業へ育っていくこともあるかもしれない」

そう話しながら、男は若い頃に抱いた疑問を思い出していた。

なぜ言語は一つにならず、複数あり続けたのだろう。

世界が一つになると、何か危機が迫った時に、そのまま滅んでしまう可能性がある。

いろいろな言語や国家があることで、世界に危機が訪れた時、強烈な個性を持つ存在がその危機から救うこともあるかもしれない。

だから神は、言語を複数に分けたのだろう。

人間という種を、破滅から救うために。

男はコーヒーを飲みながら、そんなことを考えていた。

また二人は、人間社会の問題は富の分配にあるとして、富の分配について話し合った。

男は言った。

「たとえば、天秤があるとするでしょう。シーソーのような大きな力加減は良くないと思う。もっと支点に寄せて、細かくバランスを保っていく方向がいいように感じる。たとえば恐竜は、力に振れすぎたから、そのバランスを保つために、知性を持つ人間が生まれたわけで。でも、力に振れすぎた恐竜は滅んだよね。現在の人間は、富という力に振れすぎているから、反対の……あれ? 何の話をしているんだろう。何が言いたいのか、よく分からなくなってきたよ」

友人は少し興奮した様子で言った。

「俺も、何を言っているのかよく分からない」

二人は笑い合った。

後になって、男は思った。

もし神がいるのなら、恐竜が滅んだことも神の采配と言えるのかもしれない。

あるいは、神が目覚めたのがその時だったのか。

いずれにしても、自分は神から幸せを賜った。

ならば、自分はこの幸せを再分配しなければならない。

そのためには、常に弱い者の味方をしなければならない。

もし強い者が弱くなれば、今度はそちらに味方する。

そのようにバランスを取っていかなければ、幸せの再分配はうまく行われないのだろう。

友人は、さらに話を続けた。

「日本の左派は、外国人の参政権をほぼ認めている。その割に、海外では日本人差別がある。コンプライアンスと言いながら、外国人の犯罪には優しい日本。高齢者による社会保障の増大や政治の支配。夢は見ていないけど、高齢化、少子化の日本には絶望しかない。日本が好きだから、嫌になってくるよ」

男は少し考えてから答えた。

「外国人と一括りにしているけど、外国人にも良い人や悪い人がいるのは、俺よりお前の方が知っているはずだよ。これは高齢者も一緒だと思う。人ではなく集団で見ると、嫌なものに見えてくるし、見えるものも見えなくなってくる。もっと人を見るようにした方がいいと思う」

友人は少し疲れた様子で言った。

「今日はありがとう。そろそろ帰ろうか」

そう言い残して、友人は帰っていった。

男は爽快感に包まれていた。

自分は、もっと人と話さなければならない。

人と話すことで、気づきを得た。

そして、過去に出会った言葉に助けられながら、新たな言葉が自分の中に生まれた。

まるで自分は、言葉を引き継ぐランナーのようだ。

この日から、街を歩いていても、仕事をしていても、男が神の意識を感じることは少しずつなくなっていった。