2025年12月26日 深夜1時半
この師走にかけて、あれは人生の分岐点だったのかもしれないと感じる平凡な日々を重ねている。
毎日をこなしていくので精一杯な状況にしないと、無駄なことや今考えなくても良いことを考え込んでしまい、自分で自分の脳みそを死に追いやっている気がしていて2025年12月26日まで来てしまった。
というのは、今夏くらいからずっと今年中にやっつけておきたい"やりたいことリスト"の中の一つ、文章を書く、という行為。ようやく手をつけてみました。このタイミングで。
2021年の年末(クリスマス)から、KINYA NIGHTを自分仕切りでやらせてもらっている。きっかけはほとんど覚えていないんですが。
おかげさまで欽也さんは毎年岐阜に来てくれているし、3年目の2023年からは五味さんも仲間入りし、4年目の2024年は辻くんも仲間入り、そして5年目の2025年は亀さん経由で飯田くんから「出たい」とのことで初めて参加していただく。
自分が5年前に想像していたような、年末恒例弾き語りイベントとは到底思えない出演者とその規模になっており、そしていまだにそれを自分が仕切っているという実感はない。
数年前岐阜に住んでいた頃、ブッキングをやってみないかと言われ、右も左もわからないまま地元の話しやすいバンドマンに連絡し、どうにかギリギリでイベントをやり切った鮮明な記憶。(その時出演してくれたバンドには感謝してもしきれない)
多分20〜21歳くらい。舐め腐っていたFランクソ大学生の身分であの空間をオーガナイズして、初めて責任感というものを覚えたのかもしれない。
あれからDJも覚えて、平日夜、仲間たちと酒を飲んで音楽を流し、日々を紡いでいた。DJイベントも組んで客が0の日も、アンツの仲間と日々こなしていた。
もちろん面倒でやりたくないイベントもあったし、選曲すらやりたくなくて、全力でやれない日々もあったし、それも今思えば舐め腐っていたな、音楽を。と思う。
それでも細々ではあるが辞めずに続けられた、かろうじて。そこにいる人間とその人間らしさが好きだったからかな、多分。
それらの日々の延長線上に今があると思ってやっている。
柳ヶ瀬antsスタッフ(アルバイト)は卒業しているが、好意で籍を残してくれているし、たまに手伝ったりして、いい距離感で関わらせてもらえていることに感謝しています。
「差延(さえん)」~différance~ というイベント名。
樋口恭介の"構造素子"というSF小説を今年読んだ。読み切るのに時間がかかってしまったが非常に読み応えのある、現代哲学的サイエンスフィクション。個人的には今年の一冊だなと思えるほど強く印象に残っている。
樋口恭介さんは岐阜県羽島市出身で、なんと辻くんの地元の先輩?後輩?とのこと。そこ繋がってるんかい。
そんな樋口恭介作品の構造素子の作中に出てきた「差延」という言葉。
差延 (さえん、différance) とは、哲学者ジャック・デリダによって考案された「語でも概念でもない」とされる造語。
およそ何者かとして同定されうるものや、自己同一性が成り立つためには、必ずそれ自身との完全な一致からのズレや違い・逸脱などの、常に既にそれに先立っている他者との関係が必要である。このことを示すために、差延という方法が導入された。
私が何かを何かとして認識した時点で、その何かはもうすでに過去のものであって、現在あるその何かは過去から見た未来の何かである。つまりそこにある何かは常に時間が経っている事象で常にそこには差異や遅延が発生する。
という、自分でも何を言っているのかよく分からないがそんな感じで解釈している。哲学はすべてなんとなくだし、分からないことに趣がある。(完全に個人の見解です)
何を言いたいかというと、唯一人間に与えられた"知"という財産を存分に利用しないと人生は本当につまらないものだということです。そんな私からのメッセージ。
自分の主催するイベントにはvol.をつけないようにしている。日々、方向性や感性が変わり続けているのに同じイベント名で同じコンセプトで続ける自信がないから。だから毎回イベント名は変えるし、乗せる気持ちも違います。(あくまで私は、の話)
2025年12月27日から怒涛の3デイズ企画。遊びに来る予定の皆さま、師走の忙しい時期にこのイベントを選んでくださり、ありがとうございます。毎年恒例行事ではありますが、最大限楽しんでいただけるよう精進いたします。
岐阜という、陰なるローカルの良さや、音楽の存在意義を日々模索しながら、あくまでこれも途中経過であり1つの到達点としての私の2025年です。毎年アップデートし続けることがイベントをやる理由です。なので、いつも同じことをしているだけではいけないな、とも思っています。
今年は手売りチケットを作ってみました。無駄にこだわりました。デジタルでなんでも完結してしまうこの時代にこそ、存在価値をつくりたい。なぜ岐阜でやるのか、ローカルである必要があるのか、店頭で買う必要があるのか、考えてみてほしいなと思った次第です。まあそこは別に伝わらなくてもいいんですが。
自分にしかできないことをやるのがイベントをやる理由であり、自分がこの音楽の世界に身を置いている理由です。
Music Bar COLORS史上、おそらく最大人数を入れます。かなり窮屈に感じるかもしれませんがご理解、ご協力の程宜しくお願いいたします。



