右脳で生きるー世界から「良い」と「悪い」が消えて行った七夕の夜
こんにちはReionです。
今年の七夕は、忘れられない一日になりました。エネルギーがとにかく強くて、ほとんど一日中眠って過ごしていました。。😴
眠いという感覚ではなく、起きていること自体が難しいほど。
その日に地球に降り注いでいた、大きな変革のエネルギーについて記録しておきたいと思います。
七夕を境に、世界の見え方が大きく変わった方も多いのではないでしょうか?
世界には「良い」も「悪い」も無かった
七夕の日、これまでの地球では当たり前だった「良いこと」「悪いこと」というエネルギーが、宇宙のどこかへと消えて行きました。
私たちは毎日、起きた出来事に意味を与えています。
「成功だった。」
「失敗だった。」
「幸せだった。」
「不幸だった。」
それは出来事そのものではなく、私たちが出来事の表面に貼っているラベルに過ぎません。
ラベルを剥がしてみると、
そこにはただ現象があります。
雨が降る。
風が吹く。
花が咲く。
葉が落ちる。
自然は、そのどれにも「良い」「悪い」という意味を与えません。
ただ、循環の中でその瞬間に必要なことが起きているだけです。人間の人生も同じ仕組みの中にあります。
苦しかった出来事も、
失敗だと思っていた経験も、
失ったものも、
あなたという人生の流れの中で
ただ起きただけ。
サイクルの一部だっただけ。
私たちは、現実ではなく自分で貼り付けたラベルに苦しんできましたのです。出来事そのものが私たちを苦しめているのではありません。
「あれは失敗だった。」
「人生が終わった。」
「あの人に嫌われた。」
一枚一枚丁寧に貼り付けたラベルを剥がしてみると、人生はただ「ここにある」ものに変わって行きます。
左脳的思考とセットだったこのラベリングが七夕を境に無効化して行きます。この流れを感じてみてくださいね🎋

意味づけを手放すことは、右脳で生きるということ。
起こった出来事に物語をつけるのは左脳の仕事です。
「意味づけを手放す」ということは、右脳で生きるということでもあります。
左脳はとても優秀です。
過去の経験を分析し、未来を予測し、安全に生きるための判断をしてくれます。
危険を避け、失敗を減らし、社会を築いてきたのは左脳のおかげです。
でも、左脳が扱えるのは、あくまで過去のデータです。
つまり、過去の延長線上にある未来しか予測できないのです。
だから、新しい現実へ向かおうとすると、左脳は必ずブレーキをかけます。
「そんなことは無理だ。」
「前例がない。」
「危険だからやめよう。」
その声は私たちを守ろうとしてくれているのですが、同時に、まだ見たことのない未来へ進むことも止めてしまいます。
だから、新しい人生へ進むためには、一度左脳の意味づけを静かに横へ置く必要があります。
私たちは、本当に人生を操縦しているのか?
人生が流れの中に身を置くものだとしたら。
私たちは、本当に自分の人生の操縦士なのでしょうか。
子どもがおもちゃの車で遊んでいる姿を想像してください。
子どもはハンドルを握り、「ブーン」と言いながら、自分で運転しているつもりになっています。
でも、本当は後ろから親が優しく車を押しています。
子どもは、自分が進む方向を決めていると思っています。
子供にとってその体験は、とてもリアルです。

私たちは、自分が人生をコントロールしていると思っています。
だから、不安になり、迷い、必死に未来を操縦しようとします。
でも、本当は人生にはもっと大きな流れがあり、その流れの中をただ生きているだけなのです。
映画のように、人生にはすでに用意された物語がある。
もちろん、それは「何も選べない」という意味ではありません。
人生の大きな流れは存在していて、その中で「どのステージを生きるか」は私たちが選ぶことができます。
同じ考え方を繰り返し、
同じ恐れを選び続ければ、
人生は同じ場所を巡り続けます。
私はこれを「ループ」と呼んでいます。
ゲームでひとつのステージをプレイし続けれるようなものです。
でも、「もうこの学びは終わった」と決め、新しいステージを選べばその世界に移行することができます。
但し、今のステージで得たものは置いていかなければなりません。舞台のセットが全く異なるからです。
私は、その変化を「パラレルが変わる」という言葉で表現しています。
パラレルを選んだら、
あとはそのステージの物語の流れに
身を任せるだけです。

パラレルワールドへの移動方法はこちらに記事にしていますので、ピンと来た方はご覧になってください。
雨が降る日を待つ木のように。
春を急がない花のように。
人生という大きな流れを信頼して身を任せて行きましょう。
そしてもし、この記事を読んでくださったあなたが今、苦しい出来事の真ん中にいるのだとしたら、その出来事は「悪いこと」ではなく、あなたという人生のひとつの季節です。
春だけでは木は育ちません。
雨の日があるからこそ、根は深く張ります。
人生もきっと、それと同じなのだと思います。
今日も最後まで読んでいただきありがとうございました。またこの場所でお会いできることを楽しみにしています🌿
