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娘が描くハートには合格と不合格があるらしい

最近、娘が私の絵を描いてくれた。

「パパ!」

と言いながら見せてくれた絵である。

嬉しい。

かなり嬉しい。

父親としては素直に嬉しい。

だから私は言った。

「わー!嬉しい!ありがとう!」

それで終わった。

終わったのだが、その後もう一度絵を見た。



正直に言う。



あまり似ていない。



頭の形も違う。

顔のバランスも違う。

毎朝鏡を見るが、あんな輪郭の日は一度もなかった。

そもそも私は、どちらかと言うとデコよりアゴの方がとんがっている。



正直、

なぜそれが私なのか分からない。



でも娘は迷いなく言った。



「パパ!」



娘の中では完全にパパらしい。

私には分からない。



数日後。

今度は娘がハートを描き始めた。



❤️

❤️

❤️

❤️

❤️



大量である。

紙いっぱいである。

本当にいっぱいである。



ところが描いている途中で怒り始めた。



「うまくできない!」



そしてまた描く。



「これじょうず!」



さらに描く。



「ちがう!」



怒る。



また描く。



忙しい。

かなり忙しい。



私は隣で見ていた。

そして思った。



全部同じに見える。



本当に同じに見える。



もちろん微妙な違いはある。

大きさも違う。

形も少し違う。



いや、

よく見ると一つだけ心臓みたいなものもある。



でも心臓も英語ならハートである。



そう考えると、

やはり全部ハートだった。



ところが娘は違うらしい。



これは上手。



これは違う。



これはもう一回。



ちゃんと判定している。



私は昔から理屈っぽい。

だからこういう時、

つい考えてしまう。



どこが違うんだろう。



何が失敗なんだろう。



私から見れば全部ハートだ。



しかし娘は、

その微妙な違いを認識しているらしい。



どうやら私の知らない採点基準がある。



図面規格が欲しい。



しかし娘は説明しない。

というか、

たぶん説明できない。



でも本人には分かっている。



不思議である。



そこで少し思った。



パパの絵も同じだった。



私には似ていなかった。



頭の形も違う。

顔のバランスも違う。

どちらかと言うと私はデコよりもアゴの方がとんがっている。



でも娘は迷いなく言った。



「パパ!」



娘の中には、

私には見えていない”パパらしさ”があるらしい。



ハートも同じだ。



私には全部同じに見える。



でも娘には違いがある。



つまり娘の頭の中には、

完成形があるのだと思う。



私には見えない。

でも娘には見えている。



だから納得できない。



だから描き直す。



だからもう一回やる。



娘は今、

ハート相手にそれをやっている。



ちなみに私は今でも、

どれが成功でどれが失敗なのか分からない。



パパの絵も、

どこが私だったのか分からない。



しかし娘には見えている。



きっと3歳児の頭の中には、

私にはまだ見えていない世界がある。



最近は育児というより、

その世界を少しずつ見せてもらっている気がする。



もしかすると子どもの成長というのは、上手に描けるようになることではなく、自分の中の完成形が少しずつはっきりしていくことなのかもしれない。



そして親は、その完成形を知らないまま見守るしかないのかもしれない。

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