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マシニズム(機械主義)とギター

気がつけばもう梅雨も明けましたね。
こう暑いと何にもやる気がおきないので、私なんぞは夜な夜な映画ばっかり見ています。

さて今回は、1910~30年頃に流行した「機械主義(マシニズム)」という音楽美学について、徒然と書いてみようと思います。

音楽におけるマシニズムとは、工場の機械が立てる金属音、蒸気機関車、サイレン、ベルやピストンなどの機械が生み出す、規則的で無機質かつダイナミックな運動音に美を見いだすことです。

機械というと現代人はコンピューター制御のピコピコ…というテクノ的な音を想像しがちですが、マシニズムはそうではありません。
もっとこう、無数のパーツでできた巨大な金属機械がエンジンで駆動するような音、プシュー!ドスンドスン!ガキンガキン!というイメージですね。

マシニズムを体現した代表的な音楽作品としてよく紹介されるのが、アレクサンドル・モソロフというソビエトの作曲家が書いた、その名も「鉄工場」。
短いし、マシニズムの雰囲気が良く出ているので、興味のある方はぜひ聴いてみてくださいね~。


工場で金属がぶつかり合う音が聴こえてくるようですね!

マシニズム的な美学を持った、より有名な作曲家として、かのセルゲイ・プロコフィエフが挙げられます。
「鉄工場」ほど露骨な描写音楽は少ないのですが、プロコフィエフの作品はどれもメカニカルなカッコ良さに満ち溢れていますよね(特にピアノ作品!)。

こうしたマシニズム音楽を含むソビエト前衛芸術は、1930年以降、ソビエト当局によって弾圧の対象となり、残念ながら消滅していく運命にありました。

しかし、機械のダイナミックな動きにカッコ良さを感じるというのは、もっと普遍的なことのように思いますし、その美学は現代にも脈々と引き継がれています。

たとえば、「シン・ゴジラ」や「エヴァンゲリオン」等を制作したことで知られる庵野秀明監督の作品には、マシニズム的美学が詰め込まれています。

アニメに登場するロボットって、基本的に主人公がレバーを操作するだけで動きますよね。
しかし、庵野監督のアニメで描かれるロボットは、決してそういう風には動きません。
庵野作品におけるロボットが動くためには、それを動かすための膨大な数の補助マシーンと、さらにその一つ一つのマシーンを操作する無数のクルーの働きが必要なのです。
この無数のモノ・ヒトがパーツとして組合わさっていき、1つの機構としてダイナミックに動作するというマシニズム的なカッコ良さが、庵野作品では非常に上手く描かれています。
(ちなみに、その時に流れる音楽もマシニズム的です)

ところで。

我らがクラシックギターはマシニズムとは相性があまりよくありません。
クラシックギターは、ダイナミックよりはデリケート、機械的よりも情感的、巨大な機構よりもミクロコスモスを描くのに向いている楽器です。

しかし、唯一の例外があって、機械音の一種である「時計音」をモチーフにしたギター作品はなぜか多いのです!
機械音とはいえ、繊細な音だからでしょうか。

すぐ思い付くところでは、クレンジャンスの「最後の日の夜明け」、ジョアン・タワーの「クロックス」、ニキータ・コシュキンの「時計のある小品」などですね。

機械音のなかでも時計音ならクラシックギターに適用可能というのはとても興味深い事実ではないでしょうか。
たまには情感的な曲だけではなく、こうした機械的な作品を演奏してみるのもアリかもしれませんね!

皆さんは機械的な音楽、好きですか?
世界には色々な美がありますね。

それでは、また!


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