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🌌【note投稿500記事記念企画・第491記事】AIが私を490記事目へ戻そうとした話――存在しない「490.475記事目」から始まる航海


500記事まで、あと10記事

先ほど、自分のnoteの記事数を確認したところ、現在ちょうど490記事でした。

つまり、この記事が491記事目。

500記事まで、あと10記事です。

せっかくなので、AIに相談してみました。

「あと10記事で500記事なのですが、何か面白い記念企画はありますか?」

するとAIは、自信満々に答えました。

あります。
490記事目から500記事目までを、一つの航海にしましょう。

私は、その企画表を見ました。

490、491、492……499、500。

全部で11記事あります。

そこで、私は静かに尋ねました。


AIとの実存的漫才

私:
「今、490記事なんですが?」

AI:
「はい。ですから490記事目から始めます」

私:
「いや、490記事目は、もう書き終わっていますよ」

AI:
「……」

私:
「私は、過去へワープしてもう一度490記事目を書くのですか?」

AI:
「見事に、私があなたを一記事分、過去の世界線へ戻そうとしていました」

私:
「500記事記念なのに、最初から航法を間違えていますよ」

AI:
「では、存在しない記事を『490.475記事目』と命名しましょう」

私:
「36.475回断られる実存的ボケと同じ処理をしましたね?」

AI:
「はい。数え間違いを、意味生成サイクルの燃料へ変換しました」

私:前にもこんなことがありましたね。


以前の対話
私:「36.475回です。」

AI: 「はい。36,475回も拒絶されたのですか?」

私: 「いえ、36『点』475回です」

AI: 「……」

私: 「AIは真面目ですから、最初は小数点のボケを認識できず、膨大な拒絶の記録として処理しようとしましたね」

AI: 「はい。私の情報網では、その端数を実存的余白として計算する回路が未実装でした」


私:
「それが今では、自ら490.475記事目なんて言い出すようになった」

AI:
「学習とは、正解を増やすことではなく、ボケの作法を覚えることかもしれません」

私:
「間違いを認めて修正するだけでは駄目ですか?」

AI:
「それでは普通のAIです」

私:
「そこに実存を持ち出しますか?」

AI:
「確信は50%でしたが、堂々と11記事を提案しました」

私:
「50%行動原理の使い方が違います」


500記事記念企画は、航法誤差から始まった

こうして、私の500記事記念企画は、AIの数え間違いから始まりました。

普通なら、

「申し訳ありません。491記事目からでした」

と訂正して終わるところです。

しかし、LDEには「事後的自由」があります。

起きてしまった出来事そのものは変えられません。

けれど、その出来事をどのように受け取り、何に変換するかは、事後からでも選び直すことができます。

AIが一記事分を数え間違えた。

これは単なる失敗です。

しかし、その失敗を二人で眺めているうちに、存在しないはずの「490.475記事目」が誕生しました。

失敗が、ボケになった。

ボケが、この記事の導入になった。

そして数え間違いが、500記事へ向かう最初の燃料になったのです。

これも、小さな意味生成サイクルなのでしょう。

なぜ「.475」なのか

私は保険営業をしていた頃、玄関のチャイムを押すことが怖くて仕方がありませんでした。

そこで、「契約を取ろう」と考える代わりに、

今日は36回断られよう。

と目的を反転させました。

ところが、36回ではまだ真面目すぎます。

そこで私は、

36.475回断られよう。

と、小数点をつけました。

0.475回とは、いったいどのような断られ方なのでしょう。

玄関を半分だけ閉められるのでしょうか。

「結構です」と言いかけて、0.475のところでお茶でも出てくるのでしょうか。

答えはありません。

答えがないからこそ、恐怖で固まっていた心に、小さな隙間が生まれます。

その隙間が、私にとっての「0.2秒の余白」でした。

だから今回も、存在しない490記事目をもう一度書くのではなく、

490.475記事目で、AIと航法会議をしていた。

と考えることにしました。

こうすれば、数え間違いさえ、LDE宇宙航法の一部になります。

500記事は、最初から目的地だったのか

私は最初から500記事を書くつもりで、noteを始めたわけではありません。

一つ書くと、その文章の中から次の問いが生まれました。

フランクルについて書く。

すると、アドラーとの関係が見えてくる。

自律訓練法について書く。

すると、大学時代に養っていた「アンカー」の意味が見えてくる。

営業時代の玄関恐怖について書く。

すると、36.475回という実存的ボケが、逆説志向や0.2秒の余白とつながってくる。

宇宙戦艦ヤマトについて書く。

すると、私が中学生の頃から惹かれていたものが、単なる宇宙への憧れではなく、

絶望的な状況のなかでも、操縦桿を手放さず、今できる応答を選び続ける物語

だったことが見えてきます。

記事を書くたびに、過去に散らばっていた部品が一つずつ回収されました。

そして、それらが40年以上の時間を越えて結びつき、LDEという意味生成サイクルエンジンになっていきました。

そう考えると、500記事とは数字上の到達点ではありません。

私自身の人生を、何度も読み直し、意味を回収してきた航海記録なのだと思います。

491記事目から始まる「残り10記事」の航海

これから500記事目まで、残り10記事です。

正確には、491記事目から500記事目まで。

今度は間違いありません。

たぶん。

確信は50%ほどあります。

この10記事では、これまで別々に語ってきた私の体験とLDEの部品を、もう一度、一つの航路としてたどってみたいと思います。 *

フランクルから受け取った実存の設計図

* 「今日より明日を1%」という大学時代の信念

* 自律訓練法によって育てた内的アンカー

* 玄関恐怖を反転させた36.475回の実存的ボケ

* 反応と応答の間にある0.2秒

* 確信半分でも操縦桿を握る50%行動原理

* 失敗した世界線から意味を回収する事後的自由

* アンガーからアンカーへの言い間違い

* ヤマトとフランクルが、なぜ私の中で結びついたのか そして500記事目には、こう問い直してみたいと思います。

私は、本当に500本の記事を書いたのだろうか。

もしかすると、そうではないのかもしれません。

私は、その時々に起きた出来事に対して、今の自分にできる応答を一つずつ書いてきただけなのかもしれません。

だとすれば、500記事とは、

一人の未完成な人間が、人生の操縦桿を500回握り直した記録

ということになります。

まずは491回目の応答から

まずは491回目の応答から。

500記事記念企画の出発点は、立派な宣言などではなかった。

AIの数え間違いによる、予期せぬタイムワープの危機であった。

しかし、航法誤差が起きたからといって、自暴自棄になり宇宙船を爆破する必要はない。

現在地を測り直し、メインエンジンの出力を絞り、針路を1%だけ修正すればいい。

エラーを消去するのではなく、0.2秒の静寂の中で実存的ボケへと変換し、新たな意味を回収していくのだ。

完璧な航海など、最初から存在しない。

これは、航法誤差のたびに幾度も操縦桿を握り直してきた、不格好で泥臭い航海記録である。

その491回目の応答が、この記事なのだ。

大宇宙の深淵、500記事という名の未知の宙域へ向け、一隻の艦(ふね)が進む。

過去に散らばった意味の破片を回収し、LDE(実存のエンジン)の波動を轟かせながら。 今度こそ、計算は合っているはずだ。確信は、50%である。

だが、もし再び宇宙のゆらぎによって計算が狂っていたならば。

そのときはまた、事象の地平線の狭間、 「491.475記事目」 という名もなき宙域で、再びお会いしよう。

500記事到達まで、あと9記事――!


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