遥拝(ようはい)とはなんぞや
8月15日に髙市総理大臣が武道館で行われた全国戦没者追悼式に出席し、駐車場で靖国神社に向かって参拝作法である遥拝としての「二拝二拍手一拝」を行い話題になっていますね。しかし、総理大臣は公務として追悼式に出席しているのですから、宗教行為は憲法上において出来ません。タクシードライバーが仕事中に酒飲んで運転しているのとおなじようなもんでしょう。ちなみに、田母神というウヨ人物は「靖国に行くのは公務だ!500人集めるのだ!」と、自衛隊にいた人が、こういう憲法違反な事を堂々とのたまっていいのかい!!
ところで、「遥拝」という言葉は現代社会では使うことは、ほとんど、ありませんね。この言葉と行動は戦中に軍隊も民間人も天皇に忠誠を誓うために多用されていました。ちなみに、植民地支配していた朝鮮の人たちにも強要していたのです。いわゆる、全体主義として戦争賛意、参加のために天皇に忠誠をさせらたのです。

さて、「遥拝」については昨日の一月万冊でも、本間さんが話題にしていました。
さきほど、書いたように「遥拝」というのは戦中に戦地で兵士も日本に向かってトップの写真のように天皇に忠誠を誓っていたのですが、作家の井伏鱒二も短編の作品の中で「遥拝隊長」という徴兵された主人公の元陸軍の岡崎悠一(33歳)という兵士が、太平洋戦争にマレーに従軍していた途中で車から川に転落し、頭部に負傷した結果、異常な言動を伴う発作の後遺障を持った事から、除隊となり、郷里の山村に帰還してから敗戦に至るまでの村内における騒動記録として井伏が創作したもので、戦中の農村の人々は岡崎が、遥拝の発作が起きても戦傷兵として丁重に扱っていましたが、敗戦後には精神病者として扱い、差別したのです。井伏鱒二の「黒い雨」の映画にも出されています。岡崎が発作を起こし「敵襲、敵襲」と叫びながら、村にバイクで訪ねてきた人物を竹槍で攻めるのです。つまり、バスやバイクの音で発作が起きるのです。

つまり、遥拝行為の一つとして、天皇への忠誠行為が敗戦後になっても続くという、井伏の反戦の意と天皇への批判とも受け取れるのです。
