心は、海のように広くあれるだろうか
「蒼海濶白雲閑(そうかいひろく はくうんしずかなり)」
広々とした海と、ゆったりと浮かぶ白雲。
執着から離れた、自由でおおらかな心の境地を表す禅語です。
この言葉を書きながら、私は自分の日々を振り返っていました。
毎日、心を整えようと思っています。
書道も、そのために続けています。
けれど、仕事のこと、家庭のこと、将来のこと。
気づけば、あれこれ考えています。
余裕がなくなると、頭に気が上がり、視野はどんどん狭くなってしまいます。
「もっと落ち着こう。」
「もっと広い心でいよう。」
そう思えば思うほど、かえって肩に力が入り、呼吸まで浅くなってしまいます。
そんな自分を見るたびに、まだまだ未熟だなと思います。
考えてみると、迷いや悩みは、何かに心がとらわれているということなのかもしれません。
物への執着は、比較的手放しやすいように思います。
けれど、生き方へのこだわりは簡単ではありません。
より良く生きたい。
もっと成長したい。
こうありたい。
その思いは、私にとって目標であり、生きがいでもあります。
だからこそ、ときに理想と現実の間で苦しくなることがあります。
それでも最近、一つ思うことがあります。
人生は、思い通りにならないことの方が多い。
年齢を重ねれば、できないことも少しずつ増えていくでしょう。
それでも、心まで狭くなる必要はないのではないか・・・と。
むしろ、年齢を重ねるほどに、心は海のように広く、雲のように自由でありたい。
だからこそ、この言葉に惹かれるのでしょう。
書とは、上手な字を書くためだけのものではありません。
今の自分を映し、そして、ありたい自分を静かに思い出させてくれるものでもあります。
今日もまた、海と雲を思い浮かべながら筆を執りました。
「老いていったとしても、いやむしろ老いていくほどに、心は広く自由でありたい。」
その広さに少しでも近づけるよう、一日一日、自分の心を整えていきたいと思います。
蒼海濶白雲閑
— 梁世◉りょうせい◎書道・易経・仏教・老荘・西洋哲学 (@carecatBuddhism) July 29, 2026
そうかいひろく はくうんしずかなり
(禅語)
広い海と、静かな白雲のように。
毎日心を整えているつもりでも、仕事や家庭、将来のことを考えると、気づけば心は狭くなってしまいます。
老いていくほどに、心だけは海のように広く、雲のように自由でありたい。#書道 #禅語 #生き方… pic.twitter.com/eUPYEBg9yV
