結びのある弥生土器 広島県立歴史民俗資料館&橿考研企画展の紹介
「結びで土偶を読む」で、祭具に結ぶような表現、文様などについてみてきたが、ここで弥生土器の例を取り上げたい。合わせて、2026年6月14日まで開催の橿原考古学研究所付属博物館(橿考研)の企画展も少し紹介。
1.広島県三次にあった紐の巻かれた弥生土器

広島県立歴史民俗資料館
(みよし風土記の丘ミュージアム)
初めて訪れた博物館だが、その展示内容に正直驚いた。この地域にも、近畿周辺と見劣りしない資料がある。最も注目したのは弥生時代の壺形土器。なんとくびれ部に紐状のものが巻かれていた。

突帯文の類いではあろうが、この立体感と刻み目はリアルな組紐を意識したのではなかろうか。まさに紐か縄を首元に巻いているように見える。
「結びで土偶を読む④」で紹介した、コスチェンキの手首に捕縛表現のある女性像と同じようなものに思えた。これは、植物の成長に関わる精霊の逃亡を防ぐために手を結ぶ表現にしたのであった。

「THE ART OF THE ICE AG」Eの
「Female sculpture at Kostienki 1」より
少しうれしくなって学芸員さんにお尋ねした。めずらしい文様の土器には違いないようで、さらに、横たえた状態で出土したようで子供用の甕棺墓として使われたかもしれないという見立てであった。すぼまった口縁部を結んで被葬者を守ろうとしているのだろうか。弥生土器は、縄文土器とは違って、飾りがシンプルなものや細い線でうっすらと線刻されたものが多い。土器の文様には結び、結縛の意味があるのだが、この立体的にリアルな縄のような形を施したのは、信仰としての結びを強く意識する人たちがいたからであろう。
コスチェンキの女性像は穀霊に関係しそうだが、この壺形土器の場合は、子供用の甕棺として使われたものならば、早くして亡くなった子の魂をつなぎとめようとするものだったかもしれない。
同じ展示ケースに装飾がなかなか凝っている祭器用の土器があった。

脚部に鹿の文様

よく見るとかなり細かい装飾がなされている。口縁部を19の文様で区切っているのは、何か意味があるのだろうか。
なお、立体的な紐ではないが、組紐文様が描かれた土器が韓国と日本にある。

中央:大阪府河南町神山遺跡
右:福岡市吉武樋渡遺跡
次はそのほかの展示品の紹介

邪視文という人の顔のような文様がある銅鐸で最初に発見されたもの。銅剣も近くにあったというのが興味深い。

露出をあげると眼などの紋様がなんとなくわかる。

吉備のお隣だけあって見事な文様。これも結びの表現かと思われる。
あと野外の古墳公園も整備されて気持ちよく散策、見学できる。

そこに7世紀頃の切石造りの横穴式石室が移築復元されている。近畿ではよく見かけるがこのあたりではめずらしいもの。この地にもそれなりの人物が活躍していたのだろう。
2.橿原考古学研究所付属博物館企画展「葬る 弥生人は墓に何を託したか?」の紹介 2026.6/14まで
先日訪れた橿考研の企画展で、紐の表現と思える土器があった。けっこう興味深い展示内容だったので合わせて紹介していきたい。
くびれの周囲を薄い粘土紐が張り付いている。これは紐を結んだ表現ではなかろうか。広島だけでなく山口にもあったようだ。


少し丸みが弱いので鍔のようでもあるが紐を表したものと考えたい。
三次とはお隣の県であり、関係する集団の工人がいたのだろうか。胴部に描かれた木葉文は銅鐸にも描かれている。
次にそのほかの展示を紹介
この会場の最初の展示がテーマ通りの埋葬された人骨。

「結びで土偶を読む⑩」の菊理姫の記事でふれたが、こういった深く膝を曲げた状態は、体を縛って埋葬されていることをぼちぼち説明されてもいいのではないかと思う。
楯築墳丘墓の資料展示が見ごたえあり。私は「古墳」と呼ぶべきと思うが。

土偶とは少し印象が異なり、体部の文様が銅鐸の様に思える。
弧帯文石の展示もあった。現地では、墳丘上にある神社の保管庫の小さな窓から覗き見るだけだったので、複製だが、くまなく文様を見れたのがうれしい。



この文様も結び、結縛の表現と考えられている。描かれた顔が精霊なのか被葬者なのか、それとも別の存在なのかわからないが、よそにいかずここにとどまってもらうための祭器としての石造物だ。丸いところから覗く形が何なのか謎だ。
弥生の王(多分)の副葬品がすごい。




銅製ではなく鉄! 近畿にはこのようなものはないのでは。

他に列島に入って来たころの貴重な銅鏡など。弥生時代の比較では九州方面のレベルの高さを痛感するが、とにかく古代信仰を考えるいい企画かと。下の案内をご確認ください。
コスチェンキの捕縛された女性像については以下をどうぞ。
参考文献
門田誠一『海から見た日本の古代』吉川弘文館2020
