51歳、母に植え付けられた“幸せの公式”を手放してインドに行くまで
女の幸せ=一流。母にそう言われて育った私。でも、50代を迎えた今、その価値観はすっかり変わりました。今回は『育ちから価値観が変わるまで』を振り返りたいと思います。
私は、大阪で生まれ育った一般家庭(サラリーマンの父、パート勤務の母)の次女。毒親に育ったのかな~と思いつつ・・自分の価値観の棚卸しnote。
■ 価値観の原点
「一流大学・一流企業・一流の人との結婚こそ女の幸せ」それは母の価値観の押し付けでした。要領よく進学高校に進むも、勉強もせず2浪(途中半年家出w)。要領の良い私は、就職推薦がもらえる短大を狙い、安い時期に旅行が行けるという理由で金融業界「山一證券」へ入社。
■ 現実とのギャップ
創業100年の山一証券。一流と呼ばれる会社で母親は喜んだ。しか〜し入社2年、TVのニュースで自分の会社の倒産を知った私。あの日のニュース映像の衝撃は、今でも忘れられません。自分の会社の名前がテレビに流れた瞬間、足元が崩れるような感覚でした。
「高身長・高学歴・高収入」の元夫と結婚。当時は“条件”こそ幸せだと思っていました。でも、それだけでは心は満たされなかった。
「幸せの公式」が崩れていく感覚。
■ 50代を迎えての心境
10年の結婚生活、10年の別居、子育ても終わり、第2の人生を考えたとき、ふと湧いてきた「私の未来はどうなるんだろう?」という思い。
■ インド・アガスティアの旅(2024/5)
「未来を知る旅」に出た自分を今でも不思議に思うけれど、それは「これからは自分の人生を本気で生きたい」という気持ちの表れだったのかと。ふとしたご縁から導かれた旅。この旅で何を体験したのか、そしてどんな未来を告げられたのか…それはまた、別途詳しく書いていこうと思います。
■ 価値観の再定義
女の幸せ=「一流」ではなく、これからの私にとっての幸せは「自分で選び、自分で生きること」どう?今幸せ?って問いかけながら生きてる感じ。
これからも『幸せの再定義』をテーマに書いていきたいと思います。
あなたにとっての幸せの公式は、どんなものですか?
さ〜何からお話しようかな?
あ!次回早々に脱線記事ですが、先にHOTな話題「沖縄ジャングリア、オープン初日に行ってきた話」を致しますね。。
※タイトル写真は、2024年行ったインドデリーの写真
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