初回授業で学生との距離が一気に縮まる「出席の取り方」――フランス語授業とLGBTQをめぐる小さな話
「語学教育のヒント」その4では、大学の語学授業における席の決め方についてお話ししました。学生主体にせよ教師主体にせよ、席を決めることによって、学生に常に見られていると同時に見守られているという意識を持ってもらい、授業に能動的に参加してもらうことを目的としています。
この記事では、学生とのより良い関係を構築するために、私が初回授業で実践している出席の取り方についてお話ししたいと思います。
出席の取り方について
私の授業では座席を決めるため、2回目の授業からは座席表で出欠を確認し、口頭での出席確認は行いません。しかし、初回授業でだけは、一人ひとりの名前を呼んで出席を取ります。それは、教室を間違えている学生がいないかを確認するためでもありますが、一人ひとりと目を合わせて言葉を交わすことで、学生との関係性を構築する目的もあります。
フランス語の授業なので、出席もフランス語で取るようにしています。以前は日本語で、男性には「くん」、女性には「さん」をつけて呼んでいましたが、最近は、ジェンダー平等意識の高まりやLGBTQへの配慮から、大学でも敬称は男女を区別せず「さん」で統一するよう求められることが増えてきました。ところがフランス語には、日本語の「さん」のように男女共通で使える敬称がありません。
敬称とLGBTQについて
ここから、敬称についてと、LGBTQをめぐる話を少し。
フランス語には、男性には英語のMr.にあたる「Monsieur(ムッシュー)」、女性にはMrs.にあたる「Madame(マダム)」とMissにあたる「Mademoiselle(マドゥモワゼル)」の3種類の敬称があります。英語では、女性は未婚・既婚にかかわらず「Ms.」を使うことが一般的ですが、フランス語にはMs.に相当する言葉はなく、現在はMadameがその役割を担っています。2012年、フランス政府がすべての公式文書や行政手続きから "Mademoiselle" を廃止し、女性の敬称を "Madame" に統一しました。これにより、大学のような教育機関でも公式な場では "Madame" が使われるようになっています。もっとも、年配の教授などは、まだMademoiselleを使っているようですが。
イギリスやアメリカでは、性的に中立な敬称である「Mx(ミックス)」が普及しつつありますが、フランスではまだ一般的ではありません。
では、LGBTQの方はどうすればいいのかという疑問が生まれるかもしれません。そこで、私は最初に次のような説明をします。
「フランス語にはMonsieurかMadameしかありません。近年、世界的に男女の区別が明確な言葉をなくしていこうという大きな流れがありますが、フランス語やドイツ語、イタリア語などのヨーロッパ言語は、身分・職業を表す言葉にそれぞれ男性形と女性形があります。これをすべて統一するのは、かなり難しいでしょう。
では、LGBTQの方はどうしているかというと、自分が呼ばれたい敬称を提示し、周囲はその敬称で呼びます。つまり、性別を曖昧にするのではなく、言葉を選ぶことによって自分の生き方を表すことができるわけです。ですから、これからMonsieurかMadameをつけて出席を取りますが、もし異なる方で呼んでほしい場合は、その場でも授業の後でもいいので、遠慮なく申し出てください」と。
実は10年ほど前、私が担当したクラスに、まさにこのケースにあたる学生がいました。名簿には男性の名前がありましたが、服装などから女性として生活しているように見えたので、Mademoiselleで呼んだところ(当時はまだMademoiselleを使っていました)、ニッコリと微笑んで返事をしてくれました。授業の最後に書いてもらったミニッツペーパーには、「言葉で自分の立場を示すことができるフランス語は良いと思います。これからの授業が楽しみになりました」と書かれていました。ほどなくして、大学より氏名変更の通知がありました。その学生はその後フランス語をさらに勉強し、LGBTQの問題を専門としてフランスに留学したと聞きました。
もちろん、LGBTQには男女のどちらかに分けられないケースもあり、ここで論じるには奥が深すぎる問題かもしれません。私自身、経験としては一つのケースしか知らないので、ぜひ、学校現場におけるさまざまなケースについて、皆様のお話を伺えればと思います。
手の挙げ方と返事の仕方について
次に、手の挙げ方についてです。これもフランス式のやり方を説明し、授業に取り入れています。
フランスやドイツなどでは、発言したいとき、腕を少し曲げた状態で人差し指だけを立てて合図します。日本のように五本の指を揃えてまっすぐ手を挙げると、ナチスの敬礼を想起させてしまうためです。この話は知らない学生も多く、「そうなんですか」と少し驚いたような反応が返ってくることもあります。こうした小さな文化の違いに触れられるのも、語学の授業の面白いところだと思っています。
返事は「Oui(ウイ/はい)」でもいいのですが、フランスで一般的な「Présent(プレゾン/出席しています)」と答えてもらいます。最初に全員で、このPrésentの発音練習をします。実はこの単語、フランス語特有の「r」が入っていて難しいのですが、みんな私の真似をして上手に発音してくれます。「最後の子音は発音しない」というルールにさらっと触れておくと、その後の学習の伏線にもなります。
変化した学生との距離感
そしていよいよ一人ずつ、Monsieur ○○、Madame ○○と呼んで、手を挙げながら、もとい、指を上げながらPrésentと返事をしてもらいます。その際、必ず一人ひとりとアイコンタクトをするようにしています。学生たちは最初は少し恥ずかしそうですが、そのうち慣れてきて、元気に返事をしてくれるようになります。出席を取るだけで、敬称やLGBTQの話、文化の違い、発音練習まで盛りだくさんですが、どのクラスでも学生たちは興味を持って聞き、参加してくれます。
出席確認が終わると、いよいよ初回の授業内容に入ります。初回は「アラカルト」など、外来語として日本語になっている言葉を読みながら、フランス語の発音の基礎を学習します。この内容についても、改めて詳しく書きたいと思います。
授業の最後には、ミニッツペーパーに自己紹介や授業の感想を書いてもらい、教壇まで提出しに来てもらって解散です。以前は会釈程度で黙って用紙を渡す学生が多かったのですが、フランス語で出席を取るようになってからは、多くの学生が私の目を見て、習ったばかりの挨拶「Au revoir, Madame.(さようなら、先生)」や「Merci.(ありがとうございます)」と言ってくれるようになりました。出席を取った時に目を合わせていたことで、学生との距離が縮まる時間が格段に短くなったと実感しています。
おわりに
息子が小学校に入学した際、担任の先生が初日から全員の顔と名前を覚えていて驚いたことがあります。対面する前から覚えていらっしゃる小中高の先生方には頭が下がります。一方、大学の大人数の授業では、先生に名前と顔を認識される機会は少ないかもしれません。私自身も多くの学生を教えているため、すべてを完璧に覚えるのは難しいのが正直なところです。
それでも、初回に目を合わせて出席を取り、その後も座席を指定することで、少しずつ顔と名前が結びついていきます。そうした積み重ねが、授業の中での関係性を作っていくのだと感じています。
また、敬称やLGBTQ、挙手の仕方の話を通して、学生が新しい言語や文化に少しでも興味を持ってくれればと期待しています。
もうすぐ新年度。今年はどんな学生と出会えるか、今から楽しみです。
次回はいよいよ、課題の出し方についてお話しします。
この記事のポイント
・初回の出席確認は「関係づくりの時間」
・敬称の説明からLGBTQとことばの問題へ
・出席確認でフランス文化の紹介とフランス語の導入を
・アイコンタクトが授業の空気を変える
