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吉田健䞀、あるいは文孊の楜み方(1)(2009)

吉田健䞀、あるいは文孊の楜み方
Saven Satow
Sep. 16, 2009

「『楜しむ』ずいうのは、倢䞭になるこずず䞖の䞭ずのバランスである。そうした圢で、『偉い人』ず『おかしい人』が共存できる。それがたた、人間の楜しいずころ」。」
森毅『楜しむのが䜕より』

1 文孊に就いお
 先づ廻り道をするこずから始める。

 ヘレニズムの思想家゚ピクロスはデモクリトスの理論を受継ぎながらもその決定論や懐疑䞻矩を批刀しお人生の目的を幞犏であるず考ぞ快楜が最高善で苊痛が最も悪しきものであるず説ひおゐる。゚ピクロスは快楜を埌から䞍快をもたらすので刹那的だ぀たり官胜的だ぀たりするのではなくお苊痛や䞍安のない氞続的に続くものでさうした心の安静を「アタラクシア」ず呌んで賢者の心境であるず説明しおゐる。アタラクシアに達するのを劚げるのが欲望そしお迷信や死に察する恐怖である。生存に盎接的には関係のない富や名誉ずい぀た䟿宜的欲望を捚おお生きお行く為に必芁な自然的欲望を最小限満たす節制ずそれを取捚遞択する思慮を身に付けなければならず、又死は肉䜓を圢成する原子の離散であり魂もそれずずもに消ぞお行くので死を恐れる必芁はない。ロオマ最高の詩人であるクむントゥス・ホラティりス・フラックスぱピクロスに匷く圱響を受けた䞀人でペオロッパの叀兞䞻矩文孊が最もその手本ずしおゐお近代前倜のペオロッパの文孊を支配しおゐる。

 嘗おは「吉田茂の長男」ず芋られるこずが倚か぀たけれども最近では「麻生倪郎の䌯父」ず玹介した方が通りのいいのは残念だが吉田健䞀䞀九䞀二─䞃䞃は文孊にこの゚ピクロスの快楜を芋出しおゐる。淀川長治にず぀おの映画のやうに吉田健䞀には文孊に察する屈折した感情はないので文孊を信じお肯定的に語぀おゐお文孊ぞの愛に溢れた䜜品こそが文孊であり、文孊は生きる喜びから発せられおゐるべきで人生に苊みがあるのは圓り前であ぀お苊痛を瀌讃する浪挫䞻矩や生き難さを確認するだけの自然䞻矩は文孊を文孊でないものにしおゐる。又文孊は蚀葉であり孊問ではないので䜜品に媒介物なしに向はない倧孊の文孊科の文孊は論倖であ぀おT・S・゚リオットの亜流を生み出しおゐる有様である。

 柳瀬盎玀のやうに出来なくおも、十八䞖玀の颚刺の黄金時代であるず同時に批評の黄金時代の䜜家の曞き方に倣぀お文䜓を暡写しおみる時、他者である為にその䜜家の文䜓を真䌌るず暗黙の内に行はれおゐるこずを明瀺化できるので吉田健䞀を読む堎合にもさうしおみるのも理解するには倧切なこずである。尀もコンピュりタで文王を分析すればすむずいふ意芋もあらうが諞般の事情によりそれは埌の機䌚にする。吉田健䞀は『ペオロッパの䞖玀末』䞀九䞃〇に斌おかうした文孊芳を歎史的に論じおゐる。十八䞖玀のペオロッパは「倧䜓二千幎ばかりの歎史で最もペオロッパがペオロッパだ぀た」時期であり「理性」が尊重されお優雅ず瀌節が重んじられおゐたが十九䞖玀は「ペオロッパがペオロッパでなくなるこずにその面目を賭けた」悪しき時代で膚匵ず䞍均衡が支配しお文孊に斌おは䞍自然な苊痛瀌讃の浪挫䞻矩が隆盛を迎ぞる。䜵し䞖玀末かういふ砎壊に察する分別ある反省が始たり、ペオロッパそのものであるポオル・ノァレリむを始めずする䜜家達による「認識する時代」ぞずペオロッパは入り明晰な批評県を通じお健康な粟神を回埩しおゐる。「我々がペオロッパの䞖玀末に芚ぞる郷愁は再び戻぀お来たペオロッパずいふものの懐かしさである」。

 かういふ十八䞖玀芳をダアコブ・ブルクハルトのルネッサンス芳ず同じぢやないかずしおや぀たりず指摘しおも『犿山頑倪集』の名蚀である「バカが図々しいのず切り離せないこずは䜜家でなくずも知っおいる」ず吉田健䞀から蚀はれるだけなのでフリむドリヒ・ニむチェのギリシャ悲劇芳ず䌌おゐるず考ぞればすむこずでそれならそれにに越したこずはない。又十八䞖玀は啓蒙の時代であるので啓蒙批刀をするこずが二十䞖玀の思想界の流行でそれに䟿乗するずいふのも『ペオロッパの䞖玀末』の「埌蚘」を読むず控ぞた方がいいず解る。

 ペオロッパは或る意味で我々が最も知らない䞖界の郚分で我々は先づ誀解するこずでこれに接し、誀解が習熟に取り違ぞられお既に久しいこずに気付いた時にはそれたでペオロッパを我々が誀解したり習熟した積りでゐたりしおゐた原因である䞖界でペオロッパが衚向きに占めおゐた䜍眮、そこでペオロッパに割り振られた圹が厳密にはペオロッパでないアメリカず゜聯のものにな぀おゐた。その方に気を取られ勝ちにな぀たずいふこずで、これは流行の心理に埓ぞばさうなる他ないこずである。そしお我々がアメリカや゜聯に察しおしおゐいるこずも我々が嘗おペオロッパの堎合に詊みお䜕の成果も収めなか぀たのず同じこずで、それならばもずに戻぀およオロッパを知るこずから始めるのが䞀局必芁になり、それもあ぀おこの本を曞くのに予期しおゐなか぀た勉匷をするこずにな぀た。

 吉田健䞀の「文孊」は叀兞䞻矩を指しおゐるのは明らかで「文孊litérature; literature」ずいふ抂念が十九䞖玀以降に成立しおゐお寧ろ「文lettresletter」ずすべきだずいふ修正意芋もされさうだが『文孊が文孊でなくなる時』䞀九䞃二に斌お「文」ず「文孊」の違ひに就お蚀及しおゐお「文」ず「文孊」の䜿ひ分けが近代の問題ず関連しおゐるこずに蚀及しおゐるのでこれ䜍の䜜家になるず承知しおゐるのが圓然であ぀お批刀するだけ銬鹿を芋るこずになる。「䞖玀末」に就お語る為に先づ十八䞖玀を考ぞなければならないずいふのが吉田健䞀の認識であるのでペオロッパの䞖玀末の「文孊」ぞの系譜を遡行する必芁から十八䞖玀に向ふ以䞊、「文孊」を䜿぀おゐるのだらうず解る。吉田健䞀の議論にはさういふ所があ぀お䞖玀末ペオロッパによ぀お再構成された文孊の芋方を基盀ずしおゐる為に同時代に斌お普及しおゐる抂念を甚おゐる。

 「叀兞䞻矩(Classicism)」の「叀兞」は”classic”の蚳語でそれはラテン語の” classicus”に由来しおゐおロオマ人の最䞊階玚を意味するので単に叀いものを指す蚳ではなくお最高のもののこずでもある。叀兞䞻矩は十䞃䞖玀から十八䞖玀の間にペオロッパで確立されおホラティりスを始めずする叀代ギリシャずロオマの芞術の䜜颚を参照しお矎孊䞊の芏範及び法則の確固ずした䜓系を䜜り䞊げやうずする運動で理性を尊重しお簡玠や調和、均敎、嚁厳、瀌節、真実らしさ等を重芖しお先行するマニ゚リスムやバロックに芋られる感情の衚出、䞍自然な技巧や装食を排陀する。又その埌の浪挫䞻矩は普遍的理性や衚珟圢匏の芏則性を重んじたこの叀兞䞻矩に察しお反発しおその反察のものばかりを遞び挙げ句の果おに苊痛や病気を瀌産するに至぀おゐる。

 十䞃䞖玀のフランスの詩人ニコラ・ボワロオは叀兞䞻矩の理論を『詩法』䞀六䞃四に集倧成しおゐお調和に満ちた均敎や論理の明確性、蚀語衚珟の正確性、詩のスタむルの遵守ずい぀た矎孊䞊の原則が重芁であるず蚀぀おゐる。叀兞䞻矩の諞々の芏則は叀くから続いお来た慣習や制床だけではなくお新たに手が加ぞられたものも倚くある。アリストテレス解釈から生たれた「䞉単䞀の芏則(rÚgle des trois unités)」ずいふものがあ぀おボワロオが『詊法』に斌お䞀぀の堎所で䞀日の内に䞀぀の行為だけが完結されるこずず芏定しおゐるが実際には『詩孊』の䞻匵ずは違぀おゐる。䜵しこれによ぀お劇的事件を或特定の時間ず空間に圧瞮するこずが出来るので個人ず集団の運呜が盞関的に決定される危機の䞀日に凝瞮しお衚せられる。かうした危機の劇を䜜成するのに『詩孊』に斌お論じられおゐた「゚むコス真実らしさ」ず「アナンカむオン必然性」から導き出された「真実らしさla vraisemblance」ず「適切la bienséance」が重芁な尺床ずな぀お倩倉地異による解決ずい぀た恣意的な劇の展開や芳客を驚かせるこずだけが目的であるやうな瀟䌚性を欠いた節床のない残酷な挔出が斥けられお劇の匷床が増す。

 叀兞䞻矩は長期間に及んでゐるので十䞃䞖玀ず十八䞖玀では様子が盞圓異぀おゐお狭矩では十䞃䞖玀だけを叀兞䞻矩ず芋なすがミシェル・フりコオが『蚀葉ず物』に斌お分節蚀語による䞖界の衚象ずいふ芳点から十䞃䞖玀ず十八䞖玀を「叀兞䞻矩時代」ず䞀括りで呌んでゐお、フランス革呜前倜たでペオロッパ瀟䌚は連続しおゐるずするのが寧ろ自然である。十䞃䞖玀に衚珟の芏則が圢成されお十八䞖玀にそれを元に様々なゞャンルが掻発化しおゐる。䟋ぞばフランスの十䞃䞖玀の叀兞䞻矩は挔劇の時代ず呌んでもよくお今日でも広く知られおゐるピ゚゚ル・コルネむナやモリ゚゚ルやゞャン・ラシむヌの戯曲ず比べお十八䞖玀は文孊史䞊に觊れられるだけのも少なくなくお䞀般的な知名床を持぀おゐるのはカロン・ド・ボオマルシェの『セビリアの理髪垫』䞀䞃䞃五や『フィガロの結婚』䞀䞃八四䜍だらう。䜵しその十八䞖玀に十䞃䞖玀埌半から盛䞊぀お来た散文にシャルル・ルむ・ド・モンテスキュりやノォルテ゚ルやドニ・ディドロ等による傑䜜が生たれおゐお、その圌らは英囜瀟䌚を暡範ずしおゐお英囜ではゞョン・ドラむデンがフランスの圱響の䞋で叀兞䞻矩の基瀎を䜜り十八䞖玀に入るずホメ゚ロスの飜蚳家であるアレキサンダア・ポオプが『批評論』(侀侃侀侀)や『人間論』(䞀䞃䞉䞉─䞉四)等で英囜独自の叀兞䞻矩を確立しおゐる。確固ずした芏則が成立しおゐおそれを送り手も受け手も共有しお十八䞖玀叀兞䞻矩の自由で倚様な文孊が可胜にな぀おゐる。吉田健䞀はりィリアム・シェむクスピアを愛読しおゐお挔劇にも関心があ぀たけれども『文孊の楜み』䞀九六䞃所収の「読める本」で「文孊ずいふのは、芁するに、本のこずである」ず公蚀しおゐる通り本を読むずいふ行為に文孊の楜みがあるので詩や散文を䞭心に文孊を考ぞおゐる。

2 叀兞䞻矩ず浪挫䞻矩
 叀兞䞻矩時代の理想は「玳士(honnête home: gentleman)」であり芞術を䜜るにも楜むにも「よき趣味(bon gout: good taste)」を共有しおゐる必芁がある。文孊は察話の共同䜓であ぀おそれには最䜎限の共通芏範であるリテラシむが成り立぀おゐなければならず、劂䜕なる叀兞芞胜もこれたでに蓄積されお来た共通理解ずいふものがあ぀おそれを知らない初心者には敷居が高いけれども承知しおゐるずより拡がりを持぀お味ぞる。䜜者も読者も芏範を共有しおいおその共通理解を感受するのが文孊の楜みであるずいふのが吉田健䞀の考ぞで『東西文孊論』䞀九五八所収の「日本で文孊が占める䜍眮」に斌おマルセル・プルりストの文章が日本では難解で読み難いずされおゐるがこれはあれを螏ぞおゐるのだなずいふやうな文孊の芏範さぞ身に付いおゐれば読み易く「あの味は䞀床芚えおしたふず病み付きに」にな぀お「果おしなく拡が぀おゐる文孊の䞖界」の「瞮図」でありその䜜品を読むこずがそれを味ぞるず蚀぀おゐお、この吉田健䞀は淀川長治がビリむ・ワむルダア監督の『サンセット倧通り』を語る口調に䌌おゐる。

 そのスワン゜ンが『サンセット倧通り』であんな圹をやった。ビリヌ・ワむルダヌは本圓にシュトロハむムをこの映画に䜿い、グロリア・スワン゜ンをこの映画に䜿った。どうしおこの映画に二人を出したか、残酷な話ですなあ、しかも、デミルず䌚わした。それだけじゃなくお、もっず面癜いこずをした。圓時、最も新人の、若手のりィリアム・ホヌルデンを䜿っお、ホヌルデンにトヌキヌの挔技、「ハり・アヌ・ナヌ」「アむ・ゲット・ナヌ」「ゲッタりェむ」。もうさっぱりした圹。「オヌ・マむ・スりィヌト」、そんな感じでペラペラしゃべる挔技を぀けずいお、方やスワン゜ンにはできるだけサむレントの  スワン゜ン時代、サむレント時代、ちょうど『フヌリッシュ・ワむノズ』時代のデザむンで、「アむ・ラむク・ナヌ」「アむ・ヘむト・ナヌ」「オヌ、マむ・ハズバンド」みたいにオヌバヌな挔技をさせおみた。
淀川長治「リアリズムの巚匠 ゚リッヒ・フォン・シュトロハむム」

 あれがどうしおもキヌトンを、ワンカットでも出したいので、あの『サンセット倧通り』のグロリア・スワン゜ンが、あのりィリアム・ホヌルデンずタンゎ・ダンス螊るずころで、こちらの隅でポヌカヌをしおいる。H・B・ワヌナヌずバスタヌ・キヌトンずもう䞀人、アンナ・Q・ニヌルスン。その䞭にただ黙っお、黙っお、キヌトンがトランプやっおいるずこだけ撮ったでも、「キヌトンさん、キヌトンさん、がくの映画に出お䞋さい。ありがずう」、なんおいっおいるビリヌ・ワむルダヌのそういう感じが分かりたした。いかにキヌトンを愛しおいるか。
淀川長治「スラップスティックの王様 バスタヌ・キヌトンに぀いお」

 淀川長治は映画を壊しおゐるずゞャンリュック・ゎダアルを嫌぀おいたがそれは映画を映画たらしめおゐる芏範を砎壊しおゐるずいふこずでゎダアルの映画を芋おこれこそが映画だず勘違ひしお芏範を知らない儘に䜜品を撮る監督が出お来お仕舞ひ映画が自分を芋倱うこずになるのを危惧しおゐるからである。実際、霟霬のある䌚話の堎面をテンポのよいカットバックを甚おゐる映画を芋せられるずゞョッキに霜が付いおいる䜍に冷えたギネスを出されたやうな感じがしお芏範から孊びなおした方がよいず蚀ひたくなる。それはさうず日本の自然䞻矩文孊は文孊の䞖界から孀立した個々の䜜品しかなくおそれを読んでもその䜜家のこずは解぀おもこの広倧な文孊の䞖界に入る為の地図や道暙の圹割も果しおゐなくお文孊の党䜓像に斌おその䜜品がだういふ䜍眮にあるのか芋倱぀た迷子だず結局は知る。

 䜜品に出お来る蚀葉にしおからさうである。「私のやうなものでもどうかしお生きおゐたい、」ずいふのは、匕甚は正確でないかも知れないが、藀村の䜕ずかずいふ䜜品にある蚀葉であ぀お、藀村の文孊に就お䜕か教ぞおくれるこずはあ぀おも、ただそれだけである。
 䜵し䟋ぞば、「ゲルマントの方」の曞き出しLe pépiement matinal des oiseauxがどうかしおFrançoiseずいふ蚀葉は、極めお自然にアナトオル・フランスのJe vais vous dire ce que me rappelle  ずいふあの䜕ずかずいふ本の曞き出しず同じフランス文孊の、或はフランス文孊に限らない文孊ずいふものの䌝統の䞊に立぀おゐるこずを感じさせお、同じ聯想の䜜甚によ぀おノァレリむのentre la coupe et les lÚvres  だずか、comme de mesurer deux longueursだずかいふ蚀葉がそれぞれの背景にな぀おゐる䜜品を競぀お雑然ず頭に浮かんで来る。
 勿論、これはフランス文孊の堎合だけのこずではない。ゞむドが䜜品の題詞に䜿぀おゐるQuid nunc si fuscus Amyntas?ずいふロオマの詩人の句は、ゞむドの䜜品から切り離す必芁がないのである。だからこそ比范文孊が比范文孊ではなくお文孊の垞道なのであ぀お、゚リオットに「荒地」のやうに、他所の囜語で曞かれた名句を目茶苊茶に自分の詩の䞭に入れる方法も、さういふ点で認めおやらなければならない。
吉田健䞀「日本で文孊が占めおゐる䜍眮」

 「傑䜜」は文孊の芏範ずな぀おゐたりそれを螏たぞおゐたりする䜜品で傑䜜は芏範的な䜜品を積極的に暡倣しおそれを公蚀しおゐるが日本の近代文孊にはさういふ䜜品が少ない。吉田健䞀の「文孊」はその芏範を指しおゐるのであ぀お芏範はそれを生存たらしめおゐる栞心であり、浪挫䞻矩は気儘な物蚀ひばかりしお文孊の芏範を無芖しただけでなく蔑にしやうずしおゐる。䟋ぞばゞャンゞャック・ル゜オは『フランス音楜に぀いおの曞簡』䞀䞃五䞉に斌お挔劇を「芋る者」ず「芋られる者」に分離しおした぀おゐるず糟匟しお始原的な共同䜓である村の広堎の䞭倮に柱を䞀本立おおその廻りを村人皆で螊る「祝祭」を理想ずしおゐる。䜵し叀兞䞻矩の挔劇は「芋る者」も「芋られる者」も芏範を共有しおゐおその䞊で楜しんでゐるのであ぀お決しお乖離はしおゐない。この共通理解があ぀お挔劇は成り立぀おゐお䜜者や圹者や芳客はそれを通じお察話しおゐるのでかういふ有機的な関係を知らうずもしないで挔劇を吊定するのは䜙に浅はかである。浪挫䞻矩ず蚀ぞば、その䜜品を読んでそこに散りばめられた文孊の固有名詞に興味を芚ぞお手にず぀た所で浪挫䞻矩的なアむロニむの口実の為に無意味だから遞ばれただけだず知぀お「果おしなく拡が぀おゐる文孊の䞖界」に蟿り着けるこずもなく䜜者の病的な悪意に嫌な気持ちになるやうな堎圓りの思ひ付きや思ひ蟌みを謎ず解釈しおベストセラア小説を持ち䞊げお、もしあの幎にさうでなか぀たならずいふ問ひで䞖界で最も論じられお来たのは䞀九四五幎八月の原爆投䞋であ぀おさういふ根本的な認識がそもそも抜けおゐるず䞻匵しない䜜家や批評家を目の圓りにするず䞀九四五幎の埌では二〇䞖玀埌半のもう䞀぀の䞖界を描く䜜品ではそれを考慮しないのは今の囜際情勢にも関心がないのかず蚀はれおも「しやうがない」だらうず思ぞお、䜜者にしおも誰もが䜕ずなく芚ぞおゐる察象をモチむフずした䞭途半端な䜜品こそが最も同時代的に受入れられるのは読者にず぀お小さ過ぎる察象は玠通りしお仕舞ひ倧き過ぎる察象は浞透しおゐお手に負ぞないからだずいふこずを承知しお吉田健䞀の「無孊であ぀おも構はないぢゃないかずいふこずはない」ずいふ『東西文孊論』所収の「文孊の実感」の件を思ひ出しおしたふず盎接関係ないこずたで付け加ぞたくなる。

 叀兞䞻矩は文孊を文孊ずする為の芏則や理論の䜓系を築き䞊げたが浪挫䞻矩はそれを窮屈に感じおそれを砎壊しやうずしたけれども吉田健䞀に蚀はせれば浪挫䞻矩は叀兞䞻矩の䞍自然な転倒でしかない。浪挫䞻矩の気玛れで無節操、悪意に満ちた䌁おは叀兞䞻矩による文孊の定型があ぀お初めお可胜なのであり、定型が出来おそれを厩すこずに新しさを瀺さうずずするのは本物があ぀おそれを倉圢した二次的な䜜業であ぀お寧ろそれだけ叀兞䞻矩が芏範ずしお完成床が高か぀たずいふこずになる。そもそも叀兞䞻矩ずいふ名称は浪挫䞻矩の察立抂念ずしお十九䞖玀にな぀お事埌的に考案されおゐお圓時の䜜家は自分達をさう呌んでゐた蚳ではない。又小説や詩ずい぀た「近代文孊」は叀兞䞻矩文孊に察眮されおゐお䞡者は察立しおゐるやうに把握されるが近代文孊は叀兞䞻矩ずいふ匷固で安定した芏範を前提ずしおゐるのであ぀お䞖玀末ペオロッパはそれを思ひ出しおゐる。

 ペオロッパの䞖玀末に就お考ぞる䞊で寧ろ重芁なのは詩が蚀葉であるずいふのが浪挫䞻矩が登堎した為に無芖されたこずであるずずもに、詩が蚀葉であるのは人間が詩を䜜り出しお以来のこずで、埓぀おそれを改めお認めるのは詩をそのもずの状態、぀たりは詩に戻すこずだったずいふこずである。
吉田健䞀『ペオロッパの䞖玀末』


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