『LILIUM』を長調基準記法で読む/『エルフェンリート』聖歌の姿をした悲劇の主題歌
アニメ『エルフェンリート』のオープニング主題歌『LILIUM』は、古い教会音楽のように聞こえる。
ラテン語による宗教的な言葉、祈りを思わせる旋律、独唱と合唱、オルガンや鐘の音色。さらに、グスタフ・クリムトの絵画を思わせる映像が重なることで、一般的なアニメ主題歌とは大きく異なる印象を作っている。
しかし、和音を調べると、この曲は、特定の教会旋法だけで説明できる曲でも、グレゴリオ聖歌そのものでもない。嬰ヘ短調を中心として、属和音、七の和音、減和音、半音階的な低音進行を用いた調性音楽である。
それでも聖歌のように響く。
そして、その清らかな表面の下には、解決しきらない七の響きや、調の外から入り込む音、足元を揺らすような半音進行が置かれている。
『LILIUM』は、清らかな音楽と残酷な物語を対立させるだけの曲ではない。悲劇のなかに残された祈りと救済への願いを、聖歌の姿で表した主題歌なのである。
本稿で扱う二つの版
本稿の中心となるのは、テレビアニメのオープニングで使われたTV版である。
TV版は20小節からなり、基本構造は、A → A′ → B → A′ と整理できる。前半の二つの歌唱句、キリエ部分、聖母賛歌による終結句という構成である。小節数と構造については、公開された研究論文の採譜も参照した。(エゼキエル・フェリオールによるLILIUM研究)
これとは別に、本稿では、フルサイズ版として流通している長尺の女声歌唱版にも触れる。ここではTV版との経過和音の違いと、追加された歌唱部分、器楽間奏、再現部分を中心に扱う。
『LILIUM』は『エルフェンリート』の主題歌
『エルフェンリート』は、岡本倫による漫画を原作とする作品である。特殊な能力を持つ少女ルーシーと、彼女を取り巻く人々の関係を通して、迫害・孤独・愛情・暴力・罪・赦しを描いている。
アニメ版は神戸守が監督し、音楽を小西香葉・近藤由紀夫が担当した。作品そのものが、SF・サスペンス・バイオレンス・ラブコメ・エロスなど、異なる要素を併せ持つものとして紹介されている。
『LILIUM』は、2004年に小西香葉・近藤由紀夫によって作詞・作曲・編曲された。既成曲を主題歌として転用したものではなく、『エルフェンリート』のために作られた音楽である。
ラテン語の歌詞、宗教画を思わせる映像、裸体、血、百合、祈る人物像が組み合わされ、聖性と残酷さが同じ画面のなかに置かれる。
音楽だけが美しいのではない。美しい音楽が悲劇の入口に置かれていることに、この主題歌の意味がある。
【長調基準記法】による準備
『LILIUM』の中心は嬰ヘ短調である。【長調基準記法】では、短調の楽曲についても、調号を共有する平行長調を基準とする。したがって、この曲ではイ長調を基準とする。
嬰ヘ短調の主和音はVIm、属和音はIIIまたはIII7となる。平行長調の中心は I である。
この曲では、VIm=悲劇と祈りの中心、IIIまたはIII7=VImへ引き戻す力、I =平行長調側に現れる光、という三つの位置が重要になる。
TV版の小節別和音進行
次の一覧は、TV版を20小節として整理し、【長調基準記法】へ置き換えたものである。
小節 拍子 和音進行 歌詞位置
m01 4/4 III /♯V → VIm (Os)
m02 3/4 III /♯V → VIm (meditabitur)
m03 4/4 IVMaj7 → V7 /IV (sapientiam)
m04 4/4 IIIm7 → VI7 (lingua)
m05 4/4 IIm → VII /♯II (loquetur)
m06 4/4 VIm /III → III (iudicium)
m07 4/4 III /♯V → VIm (Beatus)
m08 3/4 III /♯V → VIm (tentationem)
m09 4/4 IVMaj7 → V7 /IV (Quoniam)
m10 4/4 IIIm7 → VI7 (probatus)
m11 4/4 IIm → VII /♯II → IIIsus4 → III7 (冠の句)
m12 4/4 VIm → VI7 → IIm7 → V7 (キリエ冒頭)
m13 4/4 I Maj7 → IVMaj7 → ♯IVdim → VIm /III (神の火の句)
m14 5/4 III (持続)(憐れみの句)
m15 4/4 III /♯V → VIm (聖なるものの句)
m16 3/4 III /♯V → VIm (静けさの句)
m17 4/4 IVMaj7 → V7 /IV (慈しみの句)
m18 4/4 IIIm7 → VI7 (美しさの句)
m19 4/4 IIm → VII /♯II → VIm /III → III (純潔の百合の句)
m20 4/4 VIm → IIm /VI → VIm (フェルマータ終止)
TV版はm20のVImで終わる。IIIにとどまって未解決に終わるのではなく、最後には短調主和音へ帰着する。
ただし、その帰着は明るい救済ではない。曲の最初から響いていた悲劇の中心へ戻り、その場所を受け入れるような終わり方である。
m1〜2 祈りは短調主和音へ引き込まれる
歌い出しの進行は、III /♯V → VImである。低音だけを取り出すと、〔♯V〕→〔VI〕と半音上昇する。
〔♯V〕は嬰ヘ短調の導音であり、その半音上にある〔VI〕へ進もうとする。したがって、歌が始まった瞬間から、音楽はVImへ吸い込まれていく。
m1は4分の4拍子だが、m2では4分の3拍子になる。器楽的に整った小節を先に作るのではなく、歌詞と旋律の長さに伴奏側が従っている。
この拍子の揺れも、一定のリズムで進むポップスより、祈りや朗唱に近い印象を生んでいる。
m3〜6 半音の下降と上昇
m3からm4にかけて、IVMaj7 → V7 /IV → IIIm7 → VI7と進む。特に重要なのが、V7 /IV → IIIm7という部分である。上部の構成音の多くを保ちながら、低音は、〔IV〕→〔III〕と半音下降する。
和音全体が激しく変化するのではない。低音だけが静かに一段下がることで、光の差していた景色へ翳りが生じる。
これは、広義の【ユーミン進行】に見られる V7 /IV → IIIm7 と同じ構造である。ただし、『LILIUM』ではIIIm7からVImへ直接進まず、IIIm7 → VI7 → IImと続く。
VI7に含まれる調外音がIImへの進行を促し、半音下降によって生じた翳りを五度進行へ引き渡す。さらにm5からm6では、IIm → VII /♯II → VIm /III → IIIと進む。低音は、〔II〕→〔♯II〕→〔III〕と半音ずつ上昇する。
下降する低音と上昇する低音が、短い範囲で対照的に用いられている。音楽は一度沈み、それから細い階段を上るようにIIIへ向かう。
m7〜11 同じ祈りがより強く繰り返される
m7〜11では、m1〜6に近い進行が反復される。しかし、終わり方は、IIm → VII /♯II → IIIsus4 → III7へ変化する。
IIIsus4では、属和音の解決が一時的に引き延ばされる。続くIII7も、それ自体を終着点とせず、VImへの進行を要求する。
同じ和声が単純に繰り返されるのではない。最初の句で示された祈りが、二度目にはより切迫した形へ変化している。
m12〜14 憐れみの言葉で光が差す
キリエ部分では、それまでVImを中心としていた音楽が、平行長調側へ大きく開かれる。進行は、VIm → VI7 → IIm7 → V7 → I Maj7 → IVMaj7 → ♯IVdim → VIm /III → III となる。
中心となるのは、IIm7 → V7 → I Maj7 という明瞭な五度進行である。VImの悲劇に閉ざされていた音楽が、ここで基準長調の中心であるIへ到達する。
暗い礼拝堂へ、一度だけ外から光が差し込むような進行である。しかし、その光は長く続かない。
I Maj7からIVMaj7へ進んだあと、♯IVdimが現れる。減和音は安定した場所を持たず、次の和音へ進もうとする力を生む。
その結果、音楽は、♯IVdim → VIm /III → III と進み、再びVImへ向かう属和音へ戻される。
m14は4分の5拍子となり、IIIが長く保たれる。ここでは解決が引き延ばされ、次の歌唱句へ入るための大きな呼吸が作られている。
m15〜20 聖母賛歌と慈愛への帰着
m15からは、聖母賛歌に由来する言葉が歌われる。和声は冒頭の形へ戻り、III /♯V → VIm → III /♯V → VIm → IVMaj7 → V7 /IV → IIIm7 → VI7と進む。
しかし、これは単なる冒頭の繰り返しではない。最初の二つの句が、正しい者・試練・裁き・生命を語るのに対して、最後の句は、清らかさ・静けさ・慈しみ・百合という象徴へ移る。和声は同じ場所へ戻りながら、言葉の意味は裁きから慈愛へ変わっている。
m19では、IIm → VII /♯II → VIm /III → IIIという半音階的な進行が再現される。
そしてm20では、VIm → IIm /VI → VImと進み、VImがフェルマータによって長く保たれる。IIm /VIは、低音に〔VI〕を残したまま上部の和音だけを変化させる。したがって、最後のVImは突然現れるのではなく、〔VI〕という同じ低音の上で静かに回復される。
悲劇は解消されない。しかし、祈りは自分の帰るべき場所を見つける。
フルサイズ版では経過和音が異なる
フルサイズ版では、TV版の、IIm → VII /♯II → VIm /III → IIIに相当する部分が、IIm → ♯IIdim → VIm /III → IIIとなる箇所がある。
TV版のVII /♯IIと、フルサイズ版の♯IIdimは、低音が同じ位置にある。このため低音進行は、どちらも、〔II〕→〔♯II〕→〔III〕となる。
違うのは上部の構成音である。TV版のVII /♯IIに含まれる〔VII〕が、フルサイズ版の♯IIdimでは〔VI〕へ下がる。その結果、フルサイズ版のほうが減和音としての不安定さを強く示し、次のVIm /IIIへ半音で吸い込まれるような進行になる。
フルサイズ版で拡張される部分
TV版の構造は、A → A′ → B → A′ である。
フルサイズ版では、これが概ね、A → A′ → B → A′₁ → A′₂ → 器楽間奏 → Bの再現 → A′₂ の再現、へ拡張される。
TV版の終結部に相当する聖母賛歌の歌唱句が増え、同じ旋律と和声が異なる言葉を伴って反復される。そのあと、長い器楽間奏が加わる。
間奏の進行は、概略として次のように整理できる。
I → V /VII → VIm → V → VIm → V /VII → I → II → VIm → I → V /VII → VIm → V → IV → I → II → VIm → IV → V /VII → I → II → IVMaj7 → VIm → V → IVMaj7 → VIm → VIIm → II7sus4
ここでは、TV版の歌唱部分よりも I が前面に現れる。I とVImが交互に現れることで、長調と短調のどちらが中心なのかが揺れ動く。さらに、本来ならIImとなる位置に長三和音のIIが現れ、基準長調の音階を越えて響きが広がる。しかし、I の世界へ完全に転調するわけではない。
間奏はVImへ何度も戻り、最後にはVIImからII7sus4へ進む。明るく開かれたように見えた空間が、再び解決を待つ和音へ変わるのである。その後、キリエ部分が再現され、最後に聖母賛歌の歌唱句が戻る。
フルサイズ版は、TV版に新しい主題を付け足した曲ではない。TV版のなかに折り畳まれていた、VImの悲劇、I の光、半音階的な揺らぎ、祈りによる回帰、という構造を、反復と間奏によって大きく展開した版なのである。
教会旋法だけでは説明できない
『LILIUM』には、教会旋法を思わせる雰囲気がある。VImを中心とする自然短音階的な部分だけを取り出せば、エオリアンに近い。しかし、曲中ではIIIやIII7が明確に用いられ、その構成音として〔♯V〕が現れる。〔♯V〕はVImへ半音上昇する導音であり、純粋なエオリアンには含まれない。
また、この曲には、III → VIm、VI7 → IIm、IIm7 → V7 → I Maj7 という機能的な進行が明確に存在する。
したがって、『LILIUM』を特定の教会旋法による曲と考えるべきではない。自然短音階や教会旋法を思わせる旋律感を持ちながら、和声の基礎は短調と平行長調を行き来する機能和声にある。
一方、グレゴリオ聖歌は本来、単旋律を基本とし、近代的なコード進行を前提としない。その意味で『LILIUM』はグレゴリオ聖歌でもない。
まとめると、『LILIUM』は音楽理論上では調性音楽だが、表情と演奏様式は教会音楽を強く連想させる。この曲が聖歌らしく聞こえる理由は、ラテン語による宗教的な言葉、狭い音域から始まる祈祷的な旋律、長く伸ばされる母音、独唱と合唱、オルガンや鐘の音色、ゆっくりとしたテンポ、歌詞に従って変化する拍子、が巧みに組み合わされているからである。
合唱曲として生き続ける『LILIUM』
『LILIUM』は、アニメ主題歌の枠を越えて、合唱曲としても演奏されている。
小西香葉・近藤由紀夫は、森山至貴を加えた三名で混声四部合唱版を編曲した。東京混声合唱団が歌唱するCDと、混声四部合唱用の楽譜が発表され、ピアノ伴奏、パイプオルガン伴奏、アカペラなどの形で演奏されている。
ただし、教会を会場として演奏されることと、礼拝や典礼で用いる正式な聖歌として採用されることは別である。『LILIUM』は、古くから伝わる聖歌ではない。教会音楽の記憶を受け継ぎながら、アニメの悲劇を表現するために作られた現代の楽曲である。
上記は、ウクライナの少年合唱団Dzvinochokによる演奏である。透明な声の少年合唱によって、アニメ主題歌という出自を知らなければ宗教合唱曲にも聞こえるほどの素晴らしい響きになっている。首都キーウで収録された。
むすび 短調主和音へ帰る祈り
『LILIUM』の和声的な中心は短調主和音のVImである。そこへ、III /♯V → VImという祈りの終止が繰り返される。
主句では、IVMaj7 → V7 /IV → IIIm7 → VI7 → IImという進行によって、半音下降と五度進行が結びつく。さらに、〔II〕→〔♯II〕→〔III〕という低音の半音上昇が、調性の境界を静かに揺らす。
キリエでは、IIm7 → V7 → I Maj7 → IVMaj7と進み、VImの悲劇のなかへIの光が差し込む。しかし、その光は♯IVdimによって再び曇り、音楽はIIIを経てVImへ戻る。
フルサイズ版では、経過和音が ♯IIdimへ変わることで、この半音階的な揺らぎがさらに深くなる。また、歌唱句と器楽間奏の拡張によって、I の光とVImの悲劇が何度も交差する。
【長調基準記法】で見ることによって、短調の中心であるVImと平行長調の中心である I が同じ座標上に置かれ、悲劇・祈り・救済・回帰という運動が明瞭になる。
『LILIUM』は、激しい不協和音で悲劇を叫ぶ曲ではない。不協和を次の調和へ向かわせる力として用い、最後まで美しく祈り続ける。その祈りが美しければ美しいほど、そこに映し出される傷は深く見える。
聖歌の姿をした悲劇の主題歌。それが『LILIUM』なのである。
*LILIUM: テレビアニメ『エルフェンリート』オープニング主題歌。放送:2004年、本編:全13話、原作:岡本倫、監督:神戸守、シリーズ構成:吉岡たかを、キャラクターデザイン・総作画監督:きしもとせいじ、作詞・作曲・編曲:小西香葉・近藤由紀夫、歌唱:野間久美子、制作:ARMS、製作著作:バップ ジェンコ。
