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ロジックとアート、その配分について考える

中小企業診断士の試験を受けると決めた時、学びの時間を確保するため私はいくつかの好きなことをあきらめた。

ひとつは、通勤の電車内で読書すること。もう二十年ぐらい続けていた自分の大切な趣味を、試験勉強の間は断念することにした。

合わせて、オーディブル(オーディオブック)とAmazon Musicも解約した。

「本を読んだり聴いたりする時間」「音楽を聴く時間」という選択肢そのものを、なくした方がいいと考えたからだ。そうしないと、ついそちらに引っ張られてしまうことになると自分でわかっていた。

それまでは、通勤の電車内は読書、歩いているときはオーディオブック、疲れている時や心を落ち着けたい、盛り上げていきたい時などは音楽、というのが大まかな割り振りだった。週末にランニングをする時も、オーディオブックか音楽だ。

診断士試験を目指すと決めてからは、電車内はTACの「スピードテキスト」や「スピード問題集」(1次試験を終えてからは2次試験の過去問解き)、通勤で歩いている時間や週末のランニング時はスタディイングの講座をひたすら聞いた。

その判断は、私にとっては間違っていないものだった。
アラフィフで、1次試験も2次試験もどうにか一年で突破できたのは、通勤やランニングも含めて自分が使える時間を試験対策にほぼ全振りしたことが大きな要因だと今も考えている。

長時間労働の勤め人でも、スキマ時間をフルに使えばここまでのことができる。自分にとって大きな自信となった。そのままほかの資格を目指すとか、ビジネスやキャリアに関連する学びを深めていこうと考えた時期もあった。

ところが、試験に合格して実務補習、実務従事を済ませ、診断士の資格登録まで無事に済ませた頃、自分の中に変化が生まれた。

音楽や文学が、恋しくなってきたのだ。

無理もないことだったのかもしれない。それまで数十年、日常的に小説やノンフィクションを読み、ポップスやロックを聴いてきたのだ。

ここで、資格勉強やビジネス関連の学びを「ロジック」、趣味として物語を読んだり音楽を聴いたりすることを「アート」と呼んでみる。

厳密な意味ではない。私の中では、「ロジック」は目的や成果が比較的明確な学び、「アート」は直接の成果は見えにくいが感性を育てる営み、といった意味合いだ。

資格試験のために一時的に「ロジック」だらけの生活を送ることはできても、ずっとそれを続けることは私には向いていなかった。

単純に「それだと疲れる」とか「息抜きが必要」というだけのことではない。

私の場合は、ロジックだけを学び続けていると、物事を「正しいか間違っているか」で見る傾向が強くなってしまうように感じたのだ。

しかし、診断士として多少経営の相談に乗ったりする機会が出てくるうちにだんだん感じるようになってきたことがある。

人は、正しい理屈だけでは動かない。
経営者や個人事業主には、それぞれ大切にしていることや歩みたい方向がある。それは必ずしも理路整然と説明しきれるものではない。

同時に、自分自身の志向性も見えてきた。
データや数字を整然と並べて話をするよりも、「数字を見るとこうです。でも社長さんが向かいたいのは少し違う方向ですよね。それならば、どういう風に進んでいくのがいいかを一緒に考えていきましょうか」というアプローチを取っていきたいという思いが強まってきている。

これがどれほどうまくいくのかは、まだ何ともわからない。

でも、そんなことを考えるようになって、私は時間の使い方を見直した。電車内の読書を再開し、オーディブルとAmazon Musicにも改めて登録した。

「アート」の方向に全振りするようになったということではない。興味を持ったビジネス関連の本を読んだり、オーディブルで聴いたりすることもある。

今も「ロジック」は大切だと思っている。

ただ、一方で、音楽を聴いたり、小説を読んだり、風景を眺めながら走ったりする時間も、私にとっては必要なものだということがわかってきた。

こうした、一見すると遠回りにも見える「アート」の時間は、診断士として人と向き合う時に何らかの糧になることもあるのではないか。そんなことも感じている。

「ロジック」と「アート」はどちらかだけが大切なものではない。
その時々で、この二つをどう配分していくか。
それが、その人らしい働き方や生き方にもつながるのではないかと思う。


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