#0069:認知の歪み
原因不明の体調不良。
現時点でも原因不明のままだ。
結局、追加の検査があったわけでもなく、
紹介された主治医の所見がついたわけでもない。
4月末の検査結果を見て、
それに対するコメントがあっただけ。
いや、検査しないんかい。
総合的に診てくれるんじゃなかったんかい。
宙ぶらりんの状態で、
ひたすら耐える時間が過ぎている。
私は今、事実を色眼鏡で歪めてしまっている。
実例を交えて、私なりの考えを整理しておきたい。
なんの解決にもならないけど、
吐き出す。
①事実
誰が見聞きしても「そうだ」といえる出来事。
自分の頭に浮かんだ「思考」とは切り分ける。
▼例
・私の主治医は2人(整形外科と心療内科)
・私は5月半ばごろから仕事を休んでいる
・仕事を休んでいる期間が1ヶ月を超えている
・紹介された整形外科で追加検査なし
・整形外科の主治医の初診では所見なし
・整形外科の主治医の再診は2週間後
・整形外科で診断書を発行してもらえるかは不明
・心療内科の主治医は「診断書を出せない」と発言
「事実」と「思考」をきっちり分けられるかどうかで、
私は自分の状態の良し悪しをおおまかに判定している。
事実か思考か判別できない場合は、
基本的に最悪の状態。今の私がそうだ。
②認知
「事実」と「思考」の間にある色眼鏡。
実際に起こった出来事である「事実」に対して、
自分からはどう見えた/聞こえたのか?
私が「認知」と勝手に呼んでいるこの色眼鏡で、
だいたいの自分の状態が後からわかる。
▼例
・心療内科で診断書を出せないと聞いたとき、
主治医が文書発行を嫌がっているように見えた
・心療内科の主治医の声のトーンから、
自分が責められているように聞こえた
↓
・少なくとも2つの色眼鏡をかけている
(事実を歪めている認知がある)
a. 全部私が悪い
b. 誰に相談しても拒絶される
厄介なのは、
「事実」なのか「思考」なのか、
この「認知」が切り分けを阻んでくること。
そして、決して取り外せないものであること。
「事実か思考かわからない」
「事実に対して思考が飛躍している」
というときは、
この色眼鏡が「事実」を歪めていることがほとんど。
③思考
発生した「事実」に対して、
自分の頭の中に勝手に浮かんでくる言葉。
▼例
・重い身体引きずってきてこのザマか
・また耐えなきゃいけないのか
・主治医なのにろくに話も聞いてくれないのか
・コイツはダメだ、信用できない
あくまでその場で頭の中に浮かんだ言葉で、
決してキレイなものではない。
むしろとっても醜い。
後から考え直して、
「こうだったのかもしれない」
という思考とは別物として扱っている。
④感情
① -> ② -> ③のステップを通じて、
最終的にあふれてくるもの。
嬉しい、悲しい、腹立たしい、楽しい、など、
文章ではなく一言で表現する。
▼例
・悲しい
・怒り
・不安

