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【その我慢、本当に必要ですか?】 「残る価値がある会社、待っても変わらない会社」





【第0章】はじめに ―― 私は、あなたに「転職しなさい」とは言いません


先日、退職していった若手社員のロッカーを片付けました。

小さな観葉植物の鉢が、置きっぱなしになっていました。 水はとうに枯れ、葉は茶色く縮んでいました。


彼が入社した日のことを、私はまだ覚えています。 そのロッカーの前で「頑張ります」と挨拶していました。

会社という場所は、不思議なところです。 人をやる気にさせることもあれば、静かに人を枯らせてしまうこともあります。


その違いはどこにあるのだろう。 この歳になっても、まだ考えています。

私は人事の仕事を20年以上やってきました。 入社してくる人、辞めていく人。 その節目のすべてに立ち会ってきました。


そして60代になった今、あなたにこれだけは伝えたいのです。

私は、あなたに「転職しなさい」とは言いません。 「辞めずに頑張りなさい」とも言いません。


このnoteのゴールは、正解を教えることではありません。

あなたが自分の言葉で、こう言えるようになること。


「私は○○という理由で、この環境ではこれ以上前に進みにくい」


読み終えたとき、答えではなく「答えを出すための道具」を持ち帰ってもらえたらと思っています。



【第1章】「辞めたい。でも甘えかもしれない」の正体


入社5年目。 忙しい毎日を送ってきたはずなのに、ふと立ち止まる瞬間があります。

「自分には何が残っているんだろう」


同期がリーダーに抜擢されたと聞いたとき。 SNSで同世代の発信を見たとき。 職務経歴書を思い浮かべて、何を書けばいいか分からなくなる瞬間。

そういうとき、多くの真面目な人はこう考えます。


「辞めたいと思うのは、自分が甘いからではないか」と。

でも、少し立ち止まって考えてみてください。 あなたが辞めたいと感じているのは、事実ではなく「感覚」です。


そしてその感覚には、必ず理由があります。

理由もなく、人は辞めたいとは思いません。


厄介なのは、「会社への不満」と「自分自身への不満」が、絡まった糸のように一本になっていることです。

上司の指導が的を射ていないのか。 自分の理解力が足りないのか。


仕事が単調でつまらないのか。 自分の努力が足りないのか。

この二つが絡まったまま放置されると、どちらもはっきりしないまま、ただこう結論づけてしまいます。


「自分がダメなんだ」

辞めたいという気持ちは、結論ではありません。


「何かがおかしい」という、あなたの内側からのサインです。


まずは、それを否定しないところから始めましょう。



【第2章】まず、「会社が嫌」を分解してみる


「辞めたい」という気持ちだけを眺めていても、本当の問題は見えてきません。

絡まった糸は、力任せに引っ張るほどきつく結ばれます。 ほどくには、一本ずつ緩めていく必要があります。


① 出来事と感情を分ける

まず、「つらかった出来事」と「そのとき感じた感情」を分けて書き出してみてください。


たとえば、こんな具合です。

・出来事:上司に相談したら「もっと周囲とうまくやれ」と言われた

・感情:情けなさ、孤独感

この二つは、本来別のものです。 一緒くたに「もう嫌だ」で片付けると、原因を見誤ります。


② 「なぜ?」を繰り返す

次に、「なぜ?」を静かに繰り返してみてください。

なぜ、その一言が苦しかったのか。 なぜ、成長できていないと感じるのか。


表面的な不満の奥に、もう少し具体的な何かが見えてくるはずです。


③ 四つに分けて見る

最後に、問題を次の四つに分けてみます。

  1. 自分

  2. 上司

  3. 仕事内容

  4. 組織


すべてが会社のせい、ということはほとんどありません。 すべてが自分のせい、ということもほとんどありません。

多くの場合、その両方が少しずつ混ざっています。


だからこそ、自分で変えられる部分と、変えにくい部分を切り分けて見る必要があるのです。



【第3章】その苦しさは、本当にあなたの努力不足なのか


私が人事として見てきた中で、忘れられないケースがあります。


経理部にいた30代の女性社員のことです。


毎月の締め処理を正確にこなし、ミスも少なく、周囲からの信頼も厚い人でした。


ところが評価面談のたびに、上司からはこう返ってくるだけでした。


「もう少し積極性が欲しい」


何をどう積極的にすればいいのか、具体的な基準は一度も示されませんでした。

彼女は「自分の頑張りが足りないのだ」と思い込みました。 休日返上で資格の勉強を始めましたが、状況は何も変わりませんでした。


後になって分かったことがあります。


その上司自身、部下の評価基準を言語化する訓練を受けたことがなかったのです。


彼女の努力不足ではなく、育成の仕組みそのものが機能していなかった。

技術力が伸びない、成果が見えない。 それを「自分の努力不足」だと決めつける前に、少し疑ってほしいのです。


忙しくて目の前の作業に追われているだけで、意図的な育成が行われていない職場は、残念ながら少なくありません。

上司に相談しても精神論しか返ってこないのは、上司自身が具体的な言葉を持っていないことが原因である場合も多いのです。


もちろん、すべてを環境のせいにしてよいわけではありません。

  • 自分から情報を取りに行く

  • 周囲に率直に聞いてみる

  • 記録を取って自分の成長を可視化する


そうした、自分自身が変えられる部分も確かにあります。

大切なのは、「会社のせい」か「自分のせい」かの二択にしないことです。


両方の目で、その苦しさを見つめ直してみてください。



【第4章】「残る価値がある会社」と「待っても変わりにくい会社」


今つらいということと、この会社に将来性がないということ。

この二つは、実はまったく別の問題です。


混同すると、判断を誤りやすくなります。


見るべき視点


・この仕事を通じて、3年後の自分に何が残るか

・良い上司がいるかより、育成の「仕組み」があるか

・評価への不満は「点数」への不満か、「説明されない」ことへの不満か


個人の優しさに頼った育成は、その人が異動すれば途端に崩れてしまいます。

そして、多くの人が本当に苦しんでいるのは、実は後者――説明されないことです。


さらに、社内に「ああいうふうになりたい」と思える人がいるかどうか。

これも、大きな手がかりになります。 ロールモデルが見当たらない組織では、数年後の自分の姿をイメージしづらいからです。


営業部にいた40代の男性社員のケースも印象に残っています。

彼は、上司からの無理な受注目標と、現場の限界との間で常に板挟みになっていました。


何度も改善を提案しましたが、返ってくるのはいつも同じ言葉でした。

「気合が足りない」


これは一時的な繁忙期の問題ではありませんでした。 組織の構造そのものに原因がある、典型的な例でした。

一時的な問題なのか、構造的な問題なのか。


この見極めが、残るべきか動くべきかを考えるうえで、とても大切な分かれ道になります。



【第5章】「転職する・残る」を決める前に考えたい5つのこと


決断する前に、静かに自分に問いかけてほしいことがあります。

1)今の問題は、半年後に改善する見込みがあるか

2)まだ試していない、自分から働きかけられることは残っていないか

3)この会社に残ることで、これから得られるものは何か

4)逆に、残ることで失っていくものは何か

5)動けずにいるのは「怖いから」か「自分で選んだから」か


最後の問いが、一番大切です。

「怖いから残っている」のか。 それとも「自分で選んで残ると決めた」のか。


この二つは、外から見れば同じ「残る」という選択です。 でも、あなたの心の中ではまったく違うものです。

恐怖に流されて残るのと、納得して残ると決めるのとでは、その後の一年間の過ごし方がまるで変わってきます。


最後は、どちらが正しいかではありません。

どちらを選びたいか、です。


正しさを探し続けている限り、いつまでも答えは出ません。



【第6章】私が人事として見てきた「辞めて後悔する人、残って後悔する人」


長年この仕事をしていると、いくつかの共通したパターンが見えてきます。


辞めて後悔しやすい人

感情が振り切れた瞬間に、勢いで会社を辞めてしまう人です。 次の職場でも、同じような苦しさに出会いやすい傾向があります。


自分が本当は何を求めていたのか。 それを整理しないまま、環境だけを変えてしまうからです。


残り続けて後悔しやすい人

「いつか会社が変わるはずだ」と、何年も待ち続ける人です。


IT部門にいたある20代後半の男性がいました。 上司が交代すればきっと良くなると信じて、三年間耐え続けました。

しかし上司が変わっても、組織の評価の仕組み自体は変わりませんでした。 結局、同じ悩みに戻ってきてしまいました。


うまくいった人の共通点

不満の原因をきちんと整理してから動いた人には、共通点がありました。

転職や異動を「逃げ」としてではなく、「これまでの整理を踏まえた次の一歩」として選んでいたことです。



私自身、若い頃、直属の課長の下で理不尽な思いをしたことがあります。

私がまとめた提案資料を、課長がほとんどそのまま自分の名前で報告してしまったのです。


抗議すれば角が立つと思い、何も言えないまま数ヶ月が過ぎました。

当時の私は、悔しさをどこにもぶつけられませんでした。 黙って耐えることが正解だと思い込んでいました。


今振り返れば、あのとき私に足りなかったのは我慢する力ではありません。


「事実を淡々と記録し、然るべき人に相談する」という、ごく簡単な行動でした。


60代になった今の私が、あの頃の自分に伝えられるなら、こう言いたいと思います。

「黙って耐えることは、美徳ではないよ」



【第7章】それでも決められないあなたへ


ここまで読んでも、まだ決められないかもしれません。

それで、まったく問題ありません。 人生を左右する選択なのですから、迷って当然です。


100パーセント後悔しない選択肢など、この世にはありません。


転職しても、残っても、どちらの道にもきっと小さな後悔は生まれます。

だからこそ、「転職するかどうか」をいきなり決めようとしなくていいのです。


まずは、情報を集めてみるだけでもいい。

  • 求人を見てみる

  • 興味のある会社の口コミを調べてみる

  • 信頼できる誰かに今の気持ちを話してみる


それだけでも、あなたは既に一歩を踏み出しています。

大きな決断の前に、今日できる一番小さな行動をひとつだけ決めてみてください。


第2章にあった「出来事と感情を分けて書き出す」ことでもいい。 信頼できる友人にコーヒーでも飲みながら話すことでもいい。

自分で選んだと思えることが、その後の人生を静かに支えてくれます。



【第8章】おわりに ―― 会社に人生の答えを預けなくていい


会社に残ることも、辞めることも、それ自体は正解ではありません。

どちらを選んでも、あなたがその選択に納得できているかどうかが、すべてを分けます。


「自分が甘いのではないか」と悩めるあなたに、私はこう伝えたいのです。


甘い人は、そもそもこんなに悩みません。


悩めるということは、それだけ真剣に自分の人生と向き合っている証拠です。

60代になった今、私が振り返って本当に取り返しがつかないと感じるのは、転職の失敗でも、我慢し続けた年月でもありません。


「自分の気持ちを一度もきちんと言葉にしないまま、時間だけを過ぎさせてしまったこと」です。


あなたには、同じ思いをしてほしくありません。

冒頭でお話しした、枯れてしまった観葉植物のことを、私はときどき思い出します。


あのとき、誰かがもう少し早く水をやっていれば――そう思う一方で、こうも思うのです。

植物と違って、あなたは自分で水をやることができます。


今日、この記事を読み終えたという、そのことがすでに、その一滴なのかもしれません。

あなた自身が納得して選んだ一歩なら、それでいいのです。


あなたの人生は、まだこれからです。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。
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