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汝の悪魔を葬れ 牧垫の沈黙

第1ç«  レゞスタンスの銃撃

䞀九四四幎秋、フランスの片田舎は重苊しい泥にたみれおいた。 同幎六月のノルマンディ䞊陞䜜戊以降、連合軍は怒涛の進撃を続けおいた。パリは解攟され、ナチス・ドむツの敗色はもはや誰の目にも濃厚だった。

か぀おあれほど傲慢だったドむツ軍は、今や這う這うの䜓で東の本囜ぞず逃げ散っおいた。その埌退戊は悲惚を極め、指揮系統は乱れ、本隊から逞れお孀立する車䞡や敗残兵が各地で盞次いでいた。 察照的に、祖囜の奪還に向けお勢いを増しおいたのが、地元のフランス人レゞスタンスたちである。圌らは地の利を掻かし、朰走かいそうする哀れな敵を仕留める冷酷な狩人ずなっお、フランスの䌝統的な蟲村地垯に広がる「ボカヌゞュ密集した高い生垣」の陰に朜んでいた。

連合軍の先遣隊が通過する数時間前、田舎道の生垣に朜むレゞスタンスの䞀人――ピ゚ヌルは、ぬかるんだ䞊朚道の向こうから近づいおくる䞀台の車を捉えた。

ドむツ軍の軍甚車䞡、キュヌベルワヌゲン。本隊ずはぐれたのだろう、随䌎する兵もなく、泥を跳ね䞊げお単独で走るその車のフロントガラスの奥に、仕立おの良い制服を着た男の姿があった。

「将校だ。孀立した倧物が退华しおいくぞ」

ピ゚ヌルの囁きず同時に、ステン短機関銃が火を噎いた。 バリバリバリッず至近距離から济びせられた銃匟が、車䜓を激しく穿぀。運転手がハンドルに突っ䌏し、車は路肩の溝ぞず突っ蟌んで激しい癜煙を䞊げた。

「終わりだ。党員仕留めた」

仲間たちが生垣から飛び出し、手慣れた手぀きで遺䜓を怜分し始めた。ピ゚ヌルは埌郚座垭で物蚀わぬ肉塊ずなった将校の元ぞ歩み寄った。肩章の階玚章を芋る。 「こい぀はどの皋床の倧物だ  囜防軍の倧尉か。䞉十代半ばずいうずころか。本隊ずはぐれお逃げ遅れたんだな」

敵の情報を埗るため、ピ゚ヌルは将校の胞ポケットを探り、血に汚れた革補の手垳を匕き抜いた。ドむツ軍人が必ず携垯しおいる『゜ルプヌフ身分蚌明手垳』だ。 パラパラずペヌゞをめくった時、衚玙の二重になった革の隙間に、小さく折り畳たれた䞊質な玙切れが隠されおいるのに気づいた。 ピ゚ヌルはそれを広げ、目を现めた。曞かれおいたのは、ドむツ語ではなかった。流暢な、しかしどこか急いで曞かれたような筆跡の英語だった。

戊前、アメリカの神孊校に留孊しおいたむンテリであるピ゚ヌルにずっお、その蚀語を読み解くこずは容易だった。か぀おニュヌペヌクの矎しいキャンパスで、「隣人愛」の神孊を優雅に議論しおいた頃の蚘憶が、䞀瞬だけ脳裏をよぎる。 だが、その蚘憶はすぐに激しい嫌悪感にかき消された。垰囜埌、祖囜はナチスに蹂虙され、ピ゚ヌルは最愛の効を芪衛隊によっお無残にも虐殺されたのだ。その日、圌は聖曞を焌き捚お、銃を取った。神の教えなどこの地獄にはない。フランスの解攟のため、あの悪魔どもを䞀人残らず呪い殺す――それだけが、今の圌の生きる目的だった。

しかし、埩讐鬌ずなったピ゚ヌルの目が、手玙の文字を远ううちに泳ぎ始めた。

この手玙を読む者は、おそらく我が軍を远う米英軍の兵士か、あるいはレゞスタンスの者だろう。 前眮きしおおきたい。私は狂人ヒトラヌの䞋で暮らす軍人だが、ドむツ人のすべおが狂っおいるわけではない。我が祖囜は敗北し、私は生きお故郷の土を螏むこずはないかもしれない。これは、私が殺されたずきに敵が最初に芋぀けるであろう堎所に隠した、最初で最埌の告癜である。
私にはミュンヘンに劻の゚ルザ、そしお十歳になる子䟛のハンスがいる䜏所ミュンヘン垂バむ゚ル通り12番地。 ゚ルザは私ず同じく、䞻に忠実な信埒だ。私の子䟛は、囜防軍将校の子䟛であるにもかかわらず、私は決しお『ヒトラヌナヌゲントナチスの絶察厇拝を叩き蟌む、10代の匷制的な囜家少囜民組織』には入団させなかった。圌らの歪んだ思想に、最愛の子䟛の魂を売り枡すこずを拒んだからだ。 米英軍の皆さた、どうか私の家族だけには危害を䞎えないでくれ。頌みたす  。圌らは無蟜むこの民――䜕の眪もない人々だ。䞻よ、我らの䞍信仰を赊し、深き淵より我が声を聞き入れたたえ。キリストにおいお

ピ゚ヌルは息を呑んだ。 手玙の最埌に添えられたその䞀文は、ナチスの埡甚宗教ずなるこずを拒み、激しい匟圧の䞭で抵抗を続けたドむツのプロテスタント――「告癜教䌚」が奜んで䜿う、カルノァン掟の祈りの暗号だった。

俺たちが殺したこの男は  悪魔なんかじゃなかったのか 胃の腑がねじ切れるような䞍快感がピ゚ヌルを襲った。無残に撃ち殺されたドむツ囜防軍の将校は、か぀お自分が孊んだ、あの気高き神の信埒だったずいうのか。ならば、聖曞を捚おお殺戮に手を染めた自分たちこそが、本物の悪魔なのか。この答えを、今の自分は受け止めきれない。

「ピ゚ヌル、どうした 米軍の先遣隊のゞヌプがすぐそこたで来おいる。早くずらかろう」 仲間の声に、ピ゚ヌルはハッず我に返った。圌は手玙をポケットにねじ蟌み、遺䜓から離れお駆け出した。

圌らは米軍ずの接觊を避け、生垣を瞫うようにしお近くの隠れ家ぞず移動した。朜䌏先で䞀息぀いたずき、ピ゚ヌルは激しい心の逡巡に囚われおいた。あの手玙を砎り捚おるべきか、それずも。 そこぞ、町から戻っおきたばかりの別の仲間が、貎重な情報をもたらした。 「埌方を远撃しおきた米軍の本隊だが、数キロ埌ろの町で䞀床進軍を止め、そこに仮のキャンプを蚭営したらしい。  そういやピ゚ヌル、お前アメリカの神孊校に出おただろ。その米軍の垫団に、プロテスタントの埓軍牧垫が同行しおるっお噂だぞ。前線で兵士の盞談圹をやっおる男だ」

その蚀葉を聞いた瞬間、ピ゚ヌルの脳裏に、ただ泥に汚れおいない奇麗な倩幕で、奇麗な聖曞を掲げおいるであろうアメリカ人牧垫の姿が浮かんだ。 この手玙は、俺が持っおいるべきじゃない。あの男に、これを突き぀けおやる 同じ神を孊び、安党な戊堎の埌方で「正矩」を説いおいる牧垫なら、この死者の祈りの重さが分かるはずだ。ピ゚ヌルは手玙を握りしめ、米軍のキャンプが眮かれた臚時の宿営地ぞず、倜陰に乗じお匕き返しおいった。

第2ç«  倩幕テントの倜

「奎らは人間ではない。神の圢を暡しお䜜られた、ただの悪魔だ」

連隊の倩幕の䞭に、アメリカ軍埓軍牧垫――アヌサヌ倧尉の声が響いおいた。 集たった若い歩兵たちは、泥ず硝煙にたみれた顔を䞊げ、アヌサヌの蚀葉を貪るように聞いおいた。圌らは昚日、地雷によっお五䜓満足でなくなった戊友の死䜓を芋たばかりだった。埩讐心ず恐怖で狂いそうな圌らの心を繋ぎ止めるには、匷力な「正矩」が必芁だった。

「ナチスのバッゞを぀けたあの䞀矀は、神の秩序を砎壊せんずする悪魔の軍勢である。我々の戊いは、ただの領土争いではない。闇を払うための聖戊だ。怯えるな、兵士たちよ。今こそ立ち䞊がり、汝なんじの悪魔を葬れ それこそが、䞻の埡心である」

アヌサヌは聖曞を掲げ、激しい口調で説教を締めくくった。兵士たちは䞀様に声を震わせ、「アメン」ず唱えた。圌らの目に、濁った戊意が戻るのをアヌサヌは冷ややかに芋届けおいた。

これでいい。こうしなければ、圌らは明日、銃を握れなくなる

䞀人になった倩幕で、アヌサヌはどっず抌し寄せた疲劎感に身を任せ、簡易ベッドに腰掛けた。 ノルマンディ䞊陞以来、各地で凄たじい戊闘が続いおいた。アヌサヌの仕事は、その死䜓を前に祈り、生き残った者に「敵を殺せ」ず神の名を䜿っお煜動するこずだった。プロテスタントの牧垫ずしお、神の愛を説くべき自分が、来る日も来る日も「敵は悪魔だ」ず呪いの蚀葉を吐き散らしおいる。その停善の痛みに、圌は䞀人で絶え間なく悩たされおいた。

そこぞ、倩幕の幕が䞊がった。入っおきたのは、地元のレゞスタンスの青幎だった。

「アヌサヌ牧垫ですね」 青幎は流暢な、アメリカ蚛りの英語で話しかけおきた。「私はピ゚ヌル。これを受け取っおほしい。進軍しおくるアメリカ軍の垫団に、プロテスタントの埓軍牧垫が同行しおいるず聞いお、あなたを探しおいたんです」

青幎が差し出したのは、血痕の぀いた䞀枚の玙切れだった。 「先ほど、あそこの街道で囜防軍の将校を仕留めたした。倧尉でした。その男の身分蚌明手垳に隠されおいた手玙です。英語で曞かれおいる。  あなたなら、これが䜕を意味するか分かるはずだ」

アヌサヌが手玙を受け取るず、ピ゚ヌルはたっすぐアヌサヌの目を芋぀め、静かに、しかし明確なプロテスタントのラテン語の挚拶を口にした。 「Solam fidemただ信仰によっおのみ。  私も戊前、あなたず同じアメリカの神孊校でカルノァン掟の神孊を孊びたした。だから、その手玙の最埌にある蚀葉の重みが分かった。あなたに盎接、枡さなければならないず思ったんです」

その蚀葉には、単に英語が話せるから近づいたのではない、同じ教矩の教育を受けた「同胞はらから」ずしおの深い連垯感が蟌められおいた。ピ゚ヌルはそれだけを蚀い残すず、背を向けお倩幕を去っおいった。

䞀人残されたアヌサヌは、ランプの埮かな光の䞋で、その玙切れを広げた。 血の匂いが錻を突く。そしお、曞かれた英語を読み進めた瞬間、圌の心臓は狂ったように錓動を始めた。

「劻の゚ルザ、子䟛のハンス  ミュンヘン垂バむ゚ル通り12番地  」 生々しい家族の名前ず䜏所。そしお、ナチスの思想教育組織『ヒトラヌナヌゲント』ぞの入団を拒んだずいう、父芪ずしおの呜がけの抵抗。

手玙が䌝える死者の生前の䜇たいに、アヌサヌの手が震えた。 ――䞉十五歳、囜防軍倧尉。 奇しくも、先ほど街道で呜を萜ずしたそのドむツ軍将校は、アヌサヌ自身ずたったく同じ幎霢、たったく同じ「倧尉」ずいう階玚だった。 䜕より圌の目を釘付けにしたのは、文末の蚀葉だった。それは、アヌサヌ自身がアメリカの教䌚で、毎週のように唱えおいたカルノァン掟の、そしおドむツの「告癜教䌚」がナチスに抗うために䜿っおいた、あの信仰の暗号だった。

「たさか  」

アヌサヌはランプを消した。倩幕の䞭が、完党な闇に包たれる。 圌はベッドの脇に膝を突き、手を組み、暗闇の奥にいるはずの神ぞ、䞀蚀䞀蚀、確認するように問いかけ始めた。倖からは、遠い砲声ず、傷぀いた兵士のうめき声だけが聞こえおいた。

「神よ。圌は悪魔ですか」
遠い地鳎りのような砲声

「圌は䞉十五歳の倧尉でした。私ず同じです。それでも、悪魔ですか」
颚が倩幕の垃を激しく揺らす音

「圌は子䟛をナチスから守ろうずした。私ず同じ神を信じおいた。圌も、私の兄匟ですか」
闇は䜕も答えない

「私は今日、我が兵士たちに『汝の悪魔を葬れ』ず叫びたした。私は、私の兄匟を殺せず蚀ったのですか」
倩幕にぜ぀ぜ぀ず、冷たい雚が圓たり始める

「お答えください。私は、神の僕ですか。それずも、悪魔の代匁者ですか」 ただ、雚の音だけが激しくなっおいく

幟重にも重ねられた短い問いかけに、神は䞀床も答えなかった。圧倒的な、冷酷なたでの沈黙。プロテスタントの牧垫ずしお、神ず䞀察䞀で向き合っおきたアヌサヌの脳内で、䞖界が完党に反転し、厩壊しおいった。

䞀歩倖ぞ出れば、同じ神の教えを孊んだレゞスタンスが冷培に人を殺し、高朔な信仰を持ったドむツ兵が「もう䞀人の自分」ずしお泥の䞭に転がっおいる。配眮された党おの蚀葉が、すべおの聖戊が、嘘に思えおならなかった。アヌサヌは手玙を胞に抱き、声をあげずに嘆いた。

第3ç«  泥濘でいねいぞの䞀歩

翌朝、倜明け前の冷たい霧がキャンプを包んでいた。 ゞヌプの小気味悪い゚ンゞン音が䜕台も響き枡り、前線ぞの再進軍の準備が始たっおいた。

「アヌサヌ倧尉、時間だ。今日も出発前に、うちの若い連䞭に神の蚀葉をやっおくれるな」

倩幕の幕を䞊げ、入っおきたのは、前線郚隊を指揮する䞊官のマシュヌ少䜐だった。その目は、連日の過酷な戊闘による疲劎を、匷固な軍人粟神でかろうじお芆い隠しおいる男の目だった。少䜐はアヌサヌの肩を叩き、真摯な、しかし有無を蚀わせぬ䞊官の声音で蚀った。

「あい぀らは昚日、仲間を倱っお怯えおいるんだ。奎らドむツの悪魔どもを䞀人残らず叩き朰すために、圌らの背䞭を抌す最高の蚀葉が必芁んだ。頌むぞ、牧垫。なあ」

任務を厳呜する厳しい目をアヌサヌに向けた埌、少䜐は倩幕を出お行った。

アヌサヌはゆっくりず立ち䞊がった。圌の衣服のポケットには、あのドむツ軍倧尉の手玙が、鉄の塊のように重く収たっおいる。 喉が干からびたように疌いた。あたりの粟神的拒絶に唟液は枯れ果お、声を出そうずすれば激痛が走りそうだ。それず同時に、胃の奥から、酞っぱい塊がせり䞊がっおくる。匷烈な嘔吐感が、圌の理性を内偎から匕き裂こうずしおいた。

明日も、明埌日も、進軍は続く。そしお自分は、昚日殺された「もう䞀人の自分」を悪魔ず呌び、目の前の若い兵士たちに「汝の悪魔を葬れ」ず錓舞し続けなければならない。䞊官の呜什のたたに、自らの内なる悪魔に、その魂を切り刻たれながら。

「  ああ」

アヌサヌはかすれた声で応え、聖曞を固く握りしめた。 重く垂れ蟌めたフランスの空の䞋、圌は欺瞞に満ちた説教を始めるために、泥濘の䞭ぞず䞀歩を螏み出した。

終わり


【連䜜短線『汝の悪魔を葬れ』のご案内】

本䜜『〈牧垫の沈黙〉』では、第二次䞖界倧戊のペヌロッパ戊線を舞台に、神の前で語るべき蚀葉を倱ったプロテスタント牧垫の苊悩を描きたした。

本シリヌズには、もう䞀぀の「埓軍聖職者」の物語が存圚したす。

舞台は䞀九八二幎、極寒のフォヌクランド玛争。むギリス軍のカトリック埓軍神父のもずぞ、同じ神を信じる敵を殺しおしたったずいう若い兵士が蚪れたす。激しいアむデンティティの葛藀の果おに、神父が若者に授けた蚀葉ずは――。

声なき神の沈黙に察峙する本䜜ずペアを成す、眪の吐露ず救枈の物語。ぜひあわせおお読みください。

汝の悪魔を葬れ 神父の告解船堎ラヌニング

いいなず思ったら応揎しよう