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「大日本いじめ帝国」(荻上チキ、栗原俊雄著・中央公論新社)を読むー「戦争はいじめの孵卵器」との言葉に、戦闘だけでは済まない戦争の罪悪を実感

 「大日本いじめ帝国ー戦場・学校・銃後にはびこる暴力」を読んだ。戦争体験者に聴き取りをするとき、常に「いじめ」について尋ねていたという荻上チキさん、20年以上に渡って新聞記者として徹底的に戦争体験者への取材を重ねてきた栗原俊雄さんの共著の内容は、まさにこの題名の通りでした。そして、それは天皇制の時代、ずっと実際に行われ、あるいは隠れていた物が、戦時下になって噴出したという形容がぴったりくるものでした。

 帯に書かれている「牢獄のごとき学童疎開」「自殺率世界一位の日本軍」「戦時下、いじめは大量生産されていた」ーこれらの言葉は、これまでまとまって示されてきませんでした。軍隊内部の精強な兵を育てるための教育とまでいわれる陰湿ないじめや激しい暴力、疎開学童が、疎開先の学校や疎開中の共同生活でいじめられた体験など、それぞれ個々の体験としては語られてきました。本書は、それを戦争を軸に並列させることで、日本社会そのものが抱えていて、そして今も抱えているであろう、いじめの病理を余すところなく伝えてくれます。
 帯の後ろの説明は、読後に現代へと心が戻ってきたところで、ああ、確かに現代の課題でもあるし、これは克服していかねばならないことだと思わされました。

 本書は、戦時体制、特に1941年から1945年の太平洋戦争当時を中心に、聴き取りの成果や体験記などから拾い出した事例を、下写真の目次で示す9つの場面で分類し、整理しています。

学校、疎開、銃後生活(婦人会・隣組)
徴兵、軍隊生活、勤労動員、植民地差別と引き揚げ、抑留、戦後

 生の語りと情景が浮かぶような背景説明のおかげで、4時間ほどもあれば通読できます。個々の事例は、いずれも紹介したいような話ばかりで、ぜひ本書をご覧いただきたいと思うのですが、いくつか、現代に通じるような部分を中心に少しだけお示しします。

 最初に「学校」を位置したのは秀逸です。学校は世間と切り離され、教師と生徒、学年という上下の関係を初めて体験させられる場です。また、同じ学年、学級内でもヒエラルキーが生じると。そして、勉強ができる、障がい、吃音といった他人との違い、時には親が戦争に非協力的だといった理由から、いじめの対象が決まっていく姿。そして、いじめる側は幾重にも「中和作用」ー自分は悪くないとする意識ーを育てていくのです。
 この部分から、早くもいじめの培養が始まり、芽を出していくー特に戦前の教師による暴力的な指導は、それを育てるに十分であっただろうと。その土台の上に、さらに極端にいじめが出てきたのが戦時下の学童疎開だったというのは、府に落ちます。
 永六輔さん作詞の大ヒット曲「上を向いて歩こう」は、疎開先の長野県でいじめられ、孤独を味わった永さんの心情を歌ったもので、都会から来たというだけでいじめられるような場に、食糧不足などが重なり、陰湿となっていくと。
 ただ、本書でも取り上げられていますが、全国で唯一の障害児の学校が疎開に全く協力してもらえない中、受け入れたのも長野県のある旅館だったことは付記しておきます。

 また、たびたび「はだしのゲン」作者・中沢啓治さんの体験話が出てきます。「はだしのゲン」は、戦前のいじめ社会という側面で見直すと、また、新しいものが見えてくると思います。
           ◇
 この調子で書いていくと、きりがありません。「戦後」の項目は、自分も見落としていたところでした。戦災孤児が生きる為、いろんなことをするわけですが、大人はそれを浮浪児と呼び、何か本人が悪いような印象を与え、そして「刈り込み」と称して拘束し、施設に送り込むと。長野県にも、「鐘の鳴る丘」で知られる更生施設もありましたが、実際のところ、受け入れ側は厳しい目があり、長野県松代の松代大本営仮御殿を使った福祉施設に入った子どもたちに対しても、地元では学校を含め、厳しい目で見ていたとの新聞記事もありました。

 戦前は教育勅語や修身で育てていたから、いじめなどないと言う人が今もいますが、そんなことは全くありません。むしろ、階層化社会の陰湿さはひどいものです。軍隊でもいじめの果ての自殺や、暴力が元での死を「病死」として誤魔化す。そんなふうに隠し通して、美化して、植民地、戦地では日本の兵隊さんを皆が歓迎しているというプロパガンダ写真に、今も踊らされて信じ切っている人たちがいることに、戦慄を覚えます。

 いじめは、どこの国にもあります。しかし、日本は「自殺率世界一の日本軍」とあるように、また、植民地や占領地での暴虐なふるまい、慰安婦を連れまわしたことなど、世界的にみても突出した部分がありました。そしてその犠牲になるのは、いつも弱者です。女性や子どもなんです。弱い男性なんです。そして、そうした差別意識の「卵」を平時から小さくすることが、戦争という孵卵器も呼び起こさないのではないかと思うのです。

 いなかの小中学校時代のいじめで、いい歳になっても、絶対会いたくないやつがいるので同窓会に行かない中の人。平時でも、それぐらい人を傷つける。今の外国人排斥や、政治的思考の違いなどからのネットリンチなど、新たな「いじめ」も生まれています。もし、戦争や戦時体制になたらどうなるか。それは本書を読めば明らかです。もう、そういう社会を覆してしまいたい。そんな力を与えてくれる本です。お勧めします。

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