薩摩街道7 八代宿→佐敷太郎峠
2024年1月に長崎街道を歩き終えてから1年が経ち、何故か身体が九州を求め始めました。今回は長崎街道との追分、福岡県筑紫野市の山家宿から鹿児島県鹿児島市の鹿児島宿まで、薩摩街道の約80里320kmを歩きます。
2025.03.07
1.八代宿

宿泊施設のロビーに九州の立体的な地図が飾られています。
白黒の地図で歩いているので、ついつい山間部を歩く事を失念して辛い思いを何度もしてきたので、改めて地図を眺めて、この先の道筋を確認する事ができました。
現在いる八代は、地図の左側中央の緑色の平野部分の下の方。終点の鹿児島までは山間部を歩く事になります。
この地図を、額縁に入れたら芸術作品になりそうですね。












街道歩きの前に八代城跡見学。
熊本藩は、徳川家康が定めた一国一城令の時代に、例外的に熊本城と八代城(最初は麦島城)の二城を認められていました。
上の地図の画像を見ると、天守閣が四層もあるので、立派な城であったと思われます。


NTTビル。
携帯電話が普及し徐々に減っている気がします。いつの日かこのビルとアンテナは、無くなるのでしょうか。






八代の妙見祭は九州三大祭り。
ユネスコ無形文化遺産に登録されています。


先ほど見た地域バス停留所にカッパのイラストがあったので、カッパは八代市のシンボルの様です。


カッパの由来を調べてみました。
八代には、”九千坊(きゅうせんぼう)”というカッパが、9000匹のカッパを引き連れて中国から渡来した、カッパ伝説があるそうです。




先ほど渡った前川と、この後渡る球磨川の間にある中州の島が麦島。
かつては麦島城がこの地を治めていましたが、大地震で倒壊し現在の前川の向こう岸に八代城が築城されました。

2.球磨川


球磨川。
最上川・富士川と共に日本三大急流と呼ばれる、幹川流路延長115㎞の河川。
有明海に注ぐ直前なので、ゆったりと流れています。





DeliFoodヒライ。
弁当惣菜販売と飲食店が一緒になった店舗。国道3号沿いで何度も目にしており、ようやく入る事ができました。
昨日飲みに行った居酒屋の店主曰く、必ず店の前に、同じグループ会社の九州のご当地ファミリーレストラン、ジョイフルがあるそうです。



有明海まで5km程あるにもかかわらず海抜2m。
この付近の地形は球磨川が運んできた土砂で出来ているのかもしれません。

遺跡の名前が野坂の浦。
この付近はかつては海だったのですね。先程海抜が2mしかなかった理由がこれでわかりました。





日奈久竹輪。
超ジャンボちくわ、気になりますね。






3.日奈久宿








銚子電鉄ぬれせんべいを販売しています。
地方鉄道同士で、業務提携をしているのでしょうね。

先ほど看板があった日奈久ちくわ。
残念ながら閉店していました。














ばんぺいゆ(晩白柚)とは、ギネス登録の世界一大きな柑橘類。収穫期は12~3月で、直径は20cm程度、平均的な重さ1.8kgもあります。
今歩いている八代市が日本一の生産地、街道沿いに実った姿が見られるか楽しみです。


弁財天は芸の神様。
日奈久の芸子たちが、技術向上を祈願したそうです。

国道3号に合流すると、凄まじい量のばんぺいゆが、豪快に積まれている店がありました。
4.二見の石橋群










独特な看板文字を発見。
調べてみると、鹿児島県さつま町に、昭和書体という看板制作会社が、独特なフォントを開発していました。この先も増えてきたら、きっとそうなのでしょう。
昨年の3月に陸前浜街道を歩いた時に、北茨城市に入ると、立て続けに独特な文字の看板が目に飛び込んできました。


野口菅工、野口造園、最初は身内だけかと思ってましたが、まだまだ続きます。

沖野輪業?
崩し過ぎて読めない…

中段の看板が本家で、上段には分家の様な、大人し目の崩し文字の看板か登場します。

なんとトラックにも描かれてます。
そういえば昔菅原文太主演の映画、トラック野郎に出てくるデコトラと呼ばれる、デコレーショントラックに描かれている文字に似ている様な気がしてきました。
調べてみたら出てきました。
北茨城市磯原にある、すずき工芸社が手掛ける看板の書体がその正体で、通称”すずき文字”とも呼ばれているそうです。
デコトラオーナーに人気で予約が3年待ちにもなるとか。
そういえば、薩摩街道を歩き始めた初日に、見事なデコトラを発見しました。夜は綺麗でしょうね。

福岡県 筑紫野市
陸前浜街道を歩いた時の記録はこちら↓

日奈久竹輪。
先程日奈久駅前にあった、日奈久竹輪の店舗が閉店になっていたので、食べることができないのかと思っていたので大感激し早速購入。


工場直営店なので、出来立てが食べられました。つまみにして焼酎のお湯割りが欲しくなります。



この付近の薩摩街道には、6基の石橋が残っている様です。
残念ながら街道が途切れ途切れなので、全部は見ることができそうも無く、行ける範囲で橋巡りをしてみます。



歩くと気づかないで過ぎてしまいそうな橋が石橋である、この縁の下の力持ち的な存在感が堪りません。





荒神様(こうじんさま)は、三宝大荒神(さんぼうだいこうじん)とも呼ばれます。仏教における大切な宝物である、三宝を守る神様。綺麗に色が塗られていました。
三宝とは、仏(ブッダ)=お釈迦様、法(ダルマ)=お釈迦様の教え、僧(サンガ)=お坊さん、の事です。


5.赤松太郎峠


かなり狭く危険な場所が何ヶ所かありました。現在の国道3号が開通するまでの幹線道路。
運転手は大変だったと思われます。


なんと、大型トラックが追い越していきました。
先程の狭い場所をどうやって通過したのか、信じられません。

先程のトラックは、砕石場に配達があった様です。
街灯がないので夜はどうやって運転をしているのか、聞きこみをしたくなります。


江戸⇆薩摩の看板が登場。
日本一長い島津藩の参勤交代は薩摩から江戸まで往復していたので、この看板は正しいと思いますが、気が遠くなります。
私は中山道(東京→京都)、西国街道(京都→下関)、長崎街道(門司→長崎)、と歩いてきて、長崎街道の山家宿から薩摩街道を歩いてきたので、島津藩と同じ苦労を味わってっているとも言えます。







薩摩街道に3つある峠のひとつ、赤松太郎峠を越えました。
街道の峠道は、坂道としてはキツくないのですが、ハイキングコースとして整備されていない場合は、人が通らないので倒木や雑草で歩きずらい場合が多々あります。
大して歩いていないのに、集落が見えてくると妙にホッとします。

西南戦争の首塚かと思ったら、豊臣秀吉の朝鮮出兵の頃の合戦場でした。



梅と菜の花がとても綺麗です。
あと少しで桜の開花、一年間で街道が一番美しい時期が訪れます。







遅めの昼食。
ラーメンが無かったのでしらす丼を頂きました。
名物の太刀魚丼があったのに、頼まなかった事が、この旅の最大の後悔になりそうです。
6.佐敷太郎峠




上の画像は、薩摩街道を歩いていて、これで2度目となる、全く同じデザインの建売住宅地。
一般的な建売りの住宅地は、瓦の色や壁の色又は若干のデザインを変えたりするものですが、寸分狂わず全く同じデザインなのです。
下の画像が福岡県筑後市で見た、同じデザインの建売住宅地。

薩摩街道 同一デザインの建売住宅
もっと探してみたくなってきました。

幸せの代名詞の黄色いポストを、街のシンボルとして設置したそうです。




この先佐敷太郎峠に行く道が残っておらず、本日は前進を断念。
この付近は宿がないので最寄りの駅まで向かい、先程歩いてきた日奈久温泉に鉄馬車で戻り温泉に一泊します。







海浦駅。
適当に歩いてきた駅が絶景駅でした。
海の目の前にホームがある駅は、いくつか見てきましたが、山の上から海を見下ろせる駅は初めてです。


無人駅なのに、水仙の花が綺麗に咲き誇ってます。ご近所の方がお手入れをされているのでしょうね。

肥薩おれんじ鉄道に乗り日奈久温泉に戻ります。
目の前が八代海、その美しさにしばらく見惚れていました。




日奈久温泉には、種田山頭火が滞在した様で、駅で出迎えてくれました。


金波楼。
国指定有形文化財の宿。
日奈久温泉で一番歴史がある宿。高級過ぎて今回の旅には分不相応なので、外から眺めるだけにします。

日奈久温泉で二番目に歴史がある宿に泊まります。

宿札(やどふだ、しゅくさつ)。
旅宿で誰が宿泊しているかを示す札。
江戸時代は本陣などに参勤交代で大名が宿泊する際に掲げられていた習慣が現代も残っています。
その札を用意するのは大名側になり、宿泊したら置いていく慣わしがありました。長い距離を歩く参勤交代の場合は、宿泊分の枚数の宿札を運び、その担当は先回りして本陣などに届けていたと思われます。
宿札といえば、中山道を歩いた際に、長野の知人に下諏訪宿の岩波本陣、岩波家二十八代当主をご紹介頂き、訪問した際に、本物を見せて頂きました。

岩波本陣 正門

岩波本陣 二十八代当主
当主自ら門を開けてお出迎え。
このあと、甲州道中を歩き終えた際と、家族旅行で下諏訪宿本陣の旅館に宿泊した際に、二度訪問してますが、毎度毎度、江戸時代から引き継がれてきたおもてなしの精神に感銘を受けています。

岩波本陣 宿札
上の画像が宿札のコレクション。
右から、松平、彦根・米沢・越前・仙台・尾張・伏見・加賀など、錚々たる大名が泊まっていたのですね。
仙台藩や米沢藩は参勤交代ではなく、お伊勢参りの際に通ったのでしょうか、不思議ですね。

岩波本陣 大広間と庭園

岩波本陣 抹茶

岩波本陣 紋付袴

岩波本陣 仙台藩宿札

岩波本陣 信玄直筆と言われる書

岩波本陣 長野の知人と共に
中山道下諏訪宿、岩波本陣を訪れた際の記録はこちら↓

フロントに誰もいなく、宿帳に記入していたら猫が飛び乗ってきました。
チェックインが済んだので、お楽しみの夜のパトロールに出掛けます。







お二人は60歳を過ぎてから店を開いたらしく、そのアグレッシブさに感銘を受けました。
上の画像、店にたくさん切り絵が貼ってあります。撮影し損ねましたが、等身大の大谷翔平の切り絵もありました。
会社勤め→住職→飲食店と、様々な職にチャレンジされているご主人の趣味で相当なクオリティ。
なんと、一週間後に自宅に私の切り絵が届きました↓

玄関に飾って守護神にしてます。
街道の神様が導いてくださったご縁、いつまでも忘れません。
また日奈久には行くような気がします。
ありがとうございました!




良い時間でした。
風呂に入りゆっくり寝ます。
