善光寺西参道2 間宿西条→松本宿
「一生に一度は善光寺参り」
善光寺をお参りすると極楽往生できると江戸時代から言われてます。
善光寺に通ずる主な参道は二つあり、東は中山道追分宿から向かう北国街道(善光寺東参道)と、西は中山道洗馬追分から向かう善光寺西参道。
北国街道は一昨年に歩いているので、今回は善光寺西参道を、篠ノ井追分から洗馬追分を目指します。
2024.07.21
1.間宿西条



本日は食事場所が極めて少ないので、赤いテーブルで立喰の朝食。


アマガエルは変色します。
変色する色は、緑・黄緑・茶・灰・白。
上の画像のアマガエルは、セブンイレブンのレンガ色に変色してますね。

カエルが一列に並んでいます。この隊列でどうやって餌を捕獲するのか、それとも寝ているだけなのか、気になります。
ドラえもんの道具で何が欲しい?と聞かれたら、あるかないかわかりませんが、動植物の声の翻訳器が欲しいです。








草鞋(わらじ) 奉納。
金剛力士像の逞しさにあやかろうと、足腰の健康を願い草鞋を奉納しているそうです。
私もあやかりたいので、草鞋に手を添えて力を頂きました。






皿つるし道祖神。
国道403号沿い、岩の上の方に道祖神が祀られています。
今日はほぼ山道で三つの峠越え。街道はこれより峠道に入ります。










道の真ん中に、微動だにしない生き物らしき姿が見えてきました。
車に轢かれた狸かと恐る恐る近付くと、貫禄ある猫が寝てました。近付いても動く事なく睨むだけ、これぞボス猫。
2.間宿乱橋






潜戸(くぐりど)。
どうしてこんなに小さいのか。
身分の低い人が頭を下げて入る、刀をつけていると通りずらい、などの意味があるそうです。

善光寺街道沿いの宿場町は、入口出口にゲートがあります。
祭事の時に幟・幕・提灯などを飾る為に使われていると思われます。その姿見てみたいですね。



3.立峠






おふれ書。
高札場の様な史跡の説明かと思ったら、本気のおふれ書でした。トンチが効いてますね。





上の画像の風景を見た瞬間、中山道最大の難所、和田峠の風景を思い出しました。
その時もクマに怯えながら歩いており、黒い岩があると、クマと勘違いして暫く立ち止まってました。



中山道和田峠を歩いた時の記録はこちら↓






途中わかりづらい別れ道があり、ピンテ(木に縛り付けてあるピンクのテープ)を一か八かで選んだら、送電線工事用の山道でした。




大きな足跡に怯えながら山を降ります。






景観にはマッチしませんが、休憩するにはもってこいのベンチ。
クマの恐怖から解放されて、ホッとひと休み。






4.会田宿






こんなに美しいネギ畑見た事がありません。ネギが好きなのでついつい街道歩きの途中でもネギ畑に見入ってしまうのですが、ここのネギ畑は別格でした。
ネギ畑といえば、奥州道中で白鳥を見たくて寄り道をした後に、見事なネギ畑を見ています。

上の看板、近所の小学生が描いたと思われます。
これを見て行かないのは罪だと思いつつ、最初に奥州道中を歩いた際は時間がなく断念しましたので、二度目に奥州道中よ復路を歩いた際に、白鳥を観に寄り道。


白鳥がバタバタしているだけなのに、不思議と飽きないものですね。

その帰り道に見たのがこのネギ畑、どこまでも続く見事な畑でした。
奥州道中復路を歩いた時の記録はこちら↓







長い坂がある宿場町は思い出してみると、希少である事に気がつきました。
中山道の馬籠宿の印象が強過ぎたのかも知れません。
上から見ても下から見ても、坂道の宿場町は絵になります。
馬籠宿。
妻籠宿から馬籠峠を越え、見晴らしが良くなってくると、突然眼下に宿場町が現れます。


坂を降ると、少しづつ街道の賑わいが増してきます。


坂の下からふり返りの眺めが、別の景色の様で、何度見ても飽きませんでした。
中山道馬籠宿を歩いた時の記録はこちら↓




坂道を降り鍵の手を左折すると、平地の宿場町が続いていました。
元々はこの付近から街並みが栄えて、坂の上に伸びていったと思われます。





なまこ壁はよく目にしますが、なまこ柱は初めて見ました。
インパクト大ですね。








夜市。
いい響きですね、二文字だけで人を惹きつける魔法の言葉です。





5.刈谷原宿











只今の時刻は11:40。
この先の刈谷原峠前に食事をとるには、上の画像奥の、コースから90度外れた食事場所しか選択肢はありません。
その店まで日陰のない畦道を片道1km弱歩くか悩みましたが、身体は峠道を選んでいました。
3時間は食事にありつけませんが諦めます。






この先に宿場が本当にあるのかと思わせる雰囲気。
現在ペットボトルに満タンの水があるものの、峠前の商店か自販機で予備の水を購入しようとしてましたが、甘かった何もありませんでした。







静かな宿場町でした。
水分補充が出来なかったので、ペットボトルの水を大切に飲みながら峠を越えます。
6.刈谷原峠


このゲートを潜ると、その先は生き物の世界。神社に例えると鳥居みたいな感じで、身が引き締まります。
街道歩きは訪れる地域の方々にお邪魔しますの気持ちで歩いてますが、山に入る時は、生き物にお邪魔しますの気持ちに切り替えてます。



誰かが食べたクルミの皮が落ちてます。
クルミの食べ方は動物により差があり、ネズミは穴を開け、リスは半分に割り、クマと猿はグチャグチャに割り、イノシシは全部食べる。
しかし、よくこんなに固いもの割りますよね。



大きな一枚岩の様な崖があり、くり抜いた穴に石仏が置かれてました。




刈谷原峠。
これで善光寺西参道の峠道は完了。
4つの峠はいずれも標高900m位で、歩き始めた長野市が362m、本日のゴールの松本市が592m。
一年間で一番暑い時期でしたが、高原の乾いた空気と山道の樹々のお陰で、暑さに苦しむこと無く歩けました。













只今の時刻は14:25。
峠道が終わりお腹が空いて来ました、店を探します。
7.岡田宿






住宅地の中に飲食店があるそうなので、脇道に入ります。





店の場所がわからなくて、畑で野菜を摘んでいる女性に、この辺りに飲食店はありませんか?と聞くと、私の店があります!と漫画みたいな会話で店に案内してもらいました。



いつもの様にラーメンを食べていると、メニューに「熟成」「金アジ」と魅惑の文字が並んでます。
ご夫婦が釣りが好きで日本海に釣りに行き、手を掛けて熟成の刺身を出していると聞いて、その誘惑に負け追加注文。
奥様が長野県大町市出身で、地酒と一緒に美味しくいただきました。



道祖神に、御神札が貼られています。大切にされてますね。







番所を過ぎて、岡田宿の中心部に入りました。






岡田宿は江戸街道と善光寺道の分岐点。松本宿を通らずに中山道に出て江戸に向かう近道があったのですね。
諸大名は松本宿を避けたと記されてます。おそらく挨拶などの面倒を避けたかったのでしょう。
偉い人が面倒くさいのは、今も昔も同じですね。




上の画像の建物は、松本盆地周辺でよく目にする建築様式。中山道の塩尻宿でよく目にしました。
下の画像はその時に撮影したもので、''雀おどり"という、鳥が翼を広げた様な飾りが付けられています。



中山道塩尻宿を歩いた時の記録はこちら↓









筆塚。
二つの意味があります。使い終えた筆を供養するために建てられた塚、又は師匠などを偲び教え子たちが建てた記念の碑。
北国街道でよく目にしました。上の画像の筆塚は、普通は石碑なのですが極めて珍しく、ものすごく大きな筆が建っています。使い終えた筆を供養しているのでしょう。
8.松本宿







木戸跡を通過し、松本城の城下町に入りました。
松本市に入ってから感じたのですが、史跡の説明が丁寧です。歴史を大切にする文化があるのでしょうね。






松本城が近づいて来ました。
何度も訪れているので今回は訪問せずに素通りします。




商家 光屋をリノベーションした飲食店。



松本市役所旧趾。
2000年旧市庁舎をモデルにした大正ロマン風の建物、中は松本市営住宅上土団地。素敵過ぎます!



四柱神社(よはしらじんじゃ)。
四つの神様が鎮座されていて、神道(しんとう)さんとも呼ばれています。



古い建物が建ち並ぶ宿場街は各地にありますが、こんなに多くの蔵が並んでいる街は、なかなかありません。
蔵の街で迫力があるのは埼玉県の川越。
大きくてかつ建物の色が黒なので、凄みさえ感じます。


川越宿を歩いた時間帯が午前6時代。
普段は人と車でごった返してますが、見た事がない様な美しい川越の風景でした。
川越兒玉往還、川越宿を歩いた時の記録はこちら↓













入浴し洗濯が終わったので、夜のパトロールに出掛けます。







夕方は蔵の街並みを楽しむ観光客で賑わっていた中町、今は誰も歩いてません。
明日は終点の、中山道洗馬追分を目指します。
