薩摩街道1 山家宿→府中宿
2024年1月に長崎街道を歩き終えてから1年が経ち、何故か身体が九州を求め始めました。
今回は長崎街道との追分、福岡県筑紫野市の山家宿から鹿児島県鹿児島市の鹿児島宿まで、薩摩街道の約80里320kmを歩きます。
2025.02.24
1.スタート地点まで

旅の荷物は、ペットのうさぎより一回り大きなサイズになります。





京浜東北線の発車メロディ、途中駅のメロディが、新しく変わってます。何のために変えるのか、目的が読めません。
神田駅は変わらず、アース製薬のCMメロディ、お口クチュクチュモンダミン🎶が流れていました。


空から見ると、中国地方全体が濃いめの雪化粧、日本海側の福岡県は大丈夫かと心配です。


空港が混雑しており、北九州市の方まで2回くらい旋回して、本日のスタート地点の山家宿を見下ろして15分遅れで着陸。



西鉄電車の中で、2年前の夏に西国街道を歩いた際に、大阪府池田市の町中華でお昼を食べた時の、オーナー夫婦との会話を思い出しました。

大阪府池田市 中華来々
店主からどこまで歩いていくのか聞かれ、下関と答えると、夫婦の出身地が鹿児島県枕崎市らしく、鹿児島まで歩いて来て欲しいと、簡単に言われました。
その時の記録↓

大阪府池田市 中華来々での会話
その時は鹿児島まで歩くとは、夢にも思ってもいなかったので、不思議な気分で今、スタート地点に向かっています。
西国街道を歩いた時の記録はこちら↓

西鉄に乗り車窓を眺めていると、朝倉街道駅に到着。駅名表示をよく見ると街道の読みが、"あさくらがいどう''と濁音です。珍しいですね。

筑紫駅で降りると不思議な電車が停まってます。

不思議な電車の正体は、観光列車レストラントレイン。
いろんな人が乗って既に食べ始めていました。なんか楽しそうですね。

観光列車のポスターが貼ってありました。
ちょうど見た電車はアーリーランチで、西鉄福岡駅から久留米市の花畑駅の往復2時間43分で10,800円。
ビジネスとしては元がとれるか不思議ですが、楽しそうです。

2.山家宿

山家(やまえ)宿に到着。
出発地点までは、長崎街道で歩かなかった国道を歩いてみます。



廃車が山家駅に停まってます。
昭和の車両は曲線と色使いが、味わい深くて、とても良いです。
現代のステンレス剥き出しの車両は、様々な効率は良いと思いますが、味気なくて愛着が湧きづらいです。
歳をとると、そんなぼやきがたくさん出てきます。

西鉄バスの停留所は、筆文字で書かれていて、ほっこりします。
人が書いているのでしょうか





国道200号。
キリの良い数字の国道、調べると100号は欠番で、300号400号500号は、実際にありました。

この地点が長崎街道との追分と思われます。石碑が無かったり、追分のオーラが出ていないので、もともとは違う場所だったのかもしれません。
只今の時刻は11:01。
自宅を出てから7時間弱、薩摩までの行軍のはじまりです!



黄色い鉄塔。
街道を歩く際に、山間部では1/25,000の地図に記されている送電線の一本線が、道標になる時があります。
なので鉄塔はよく目に飛び込んでくるのですが、黄色い鉄塔は初めてみました。
何か理由があるのでしょうね。



最強寒波がきており、本日は5m以上の北風が吹いてます。
私の街道歩きのベストコンディションは、気温10℃無風ですが、現在は気温6℃風速5m、これは結構寒い方です。







3.追分石


豊後に向かう道の追分。
追分を見てしまうと、歩かない方の道をいつか歩きたいと思ってしまいます。
この様な事を思っていると、数年後に実現していたりするので、街道歩きはやめられません。






レンガを使った建築物が増えてきました。
中でも、普段あまり見る事がない灰色のレンガの塀や蔵が印象的でした。








鳥居の手前に門柱があります。
この地方の特徴かもしれません。


拝殿が能舞台のような広間になっており、本殿の扉が解放されています。
拝殿が広間になっている神社の造りは、東海道の脇往還である佐屋街道を歩いた際に、愛知県名古屋市から西の一帯で目にしました。
尾張造りと呼ばれており、珍しいので紹介します。

拝殿に靴のまま上がらない事、と注意書きがあるので入って良いと思われますが、とても入れる雰囲気ではありません。

しかし別の神社では、大胆にも子どもが物置代わりにしていました。
尾張造りの神社を始めて目にした、佐屋街道を歩いた時の記録はこちら↓
4.筑前筑後國境



川や峠でもない緩やかな坂道の途中に、国境石が突然現れました。




スープまみれで一瞬何だろうと思いましたが、九州ラーメンなので替え玉を頼む人が多いので、きっとこうなのでろうと思いました。
替え玉を頼むタイミングが良くわからず、おろおろしていたら満腹になってまい終了。
今度誰かに教えてもらう事にします。





もう少しで梅が咲きそうです。
今回の薩摩街道歩きは2回に分けており、後半が3月上旬なので、その頃はもっと咲いていると思われます。






説明看板には、薩摩街道を歩いた著名人に、ケンペル・吉田松陰・篤姫・伊能忠敬・西郷隆盛と、そうそうたるメンバーが記されています。





霊鷲寺の前では参勤交代時には、門前で馬から降りたそうで、その頃のものかわかりませんが石碑が残っていました。


5.松崎宿





北構口。
このようにきれいに両側の石垣が残っている場所は珍しいです。











この付近に本陣があったそうです。





恵比寿様があちこちに鎮座しています。
長崎街道を歩いた時は、佐賀宿に入ると、街中の恵比寿様ひとつ一つに番号と由来の看板が建てられており、それを巡るだけでも一日かかりそうでした。
1番の恵比寿様は、佐賀駅のホームにあるそうです。

佐賀宿の恵比寿様

佐賀宿の恵比寿様

佐賀宿の恵比寿様
恵比寿様に見守られていた佐賀宿を歩いたときの記録はこちら↓







宿場町の両方の出入り口の、道の両側の石垣がそのまま残っている姿が壮観でした。
日本にこのような宿場町は、他に無いかもしれません。








6.在郷町古飯






在郷町(ざいごうまち)とは、街道沿いにある、商家と農家が混在する小さな街のこと。
多くの街道を歩いてきましたが、在郷町のことを丁寧に説明してある看板は初めて見ました。


西南戦争で、両軍の負傷者を中立的に看護したことから、熊本は日本赤十字社の創業の地とも言われてますので、関係あるのかもしれません。




諏訪神社にも、鳥居の手前に門柱が立っています。


のどかな田園風景の中をひたすら進みます。
7.平方古飯境界石

桝形が見えてきました。
隣の在郷町まで到着したようです。







見事な桜並木です。
1キロメートルには及んでますので、満開の頃にはかなり賑わいそうです。


上の画像のコカコーラ自動販売機をご覧ください。
何かが無いことに気づきませんか?コカコーラが1本も陳列されていないのです。
2年前に西国街道の尾道宿を歩いた時、桝形に並んでいた、2機のコカコーラ自動販売機の片方に1本も陳列されていない事例はありました。
今回は独立して置かれた自動販売機で、1本も陳列されていませんでした。
もう一生出会うことが無いかもしれません。

がんばろう!朝倉・東峰。
2017年8月の九州北部豪雨被災地への継続した復興支援のスローガン。









8.府中宿




神代橋(くましろばし)。
上の右側の画像、明治時代に舟を並べて作られた浮き橋を、軍隊が更新してます。
鎌倉時代からの変わらない光景、希少な1枚です。








明日、明後日がそれぞれ40km超歩くので、肉で元気をつけて早めに寝ます。
