この夏、66年の時空を超えて祖母とつながる
第二子が生まれたのは7月の猛暑日。
実はこの日は、私の母の誕生日でもあります。
一年間365日もの選択肢がある中で、偶然にも同じ日、しかも生まれた時間帯まで同じなのだから、感動を通り越して、ちょっくら恐ろしくもあるような気持ちでおります。笑
母も第二子として生まれたので、これから母は私の第二子と何かと気持ちがシンクロするかもしれない、とか勝手に想像しますが。
今、私自身が新生児のお世話をしながら、ふと思いを馳せるのは、紛れもなく亡き祖母であります。
祖母は長野の比較的裕福な家に生まれたと聞いています。
『産後の肥立ちが悪くなるから、産後1ヶ月は家事をしないこと、水に触らないこと』
そう教わったそうですが、66年前の第二子出産時、祖母は祖父の転勤により、長野から遠く離れた地でひとりで出産に臨まなければならなかったそう。
親戚の助けが得られず、身の回りの家事、掃除、洗濯などは全て近所の魚屋さんに依頼をしたそうですが、依頼の多さや期間の長さゆえか、魚屋さんは、
『おまえはお姫様か』
冗談混じりに祖母に言ったそう。
当時の妊娠出産事情など、全く詳しくない私ですが、
「産後すぐ、動きたくなくとも、当時は動かざるを得ない女性たちも多くいたのかもしれないね」
母はそう推察していました。
当時、今の私よりも10歳若かった祖母。
上の子(同じく3学年差)を抱えながら、仕事に忙しい祖父を横目に、どんな新生児期間を過ごしたんだろう、と思ってしまいます。
2人目の育児は、1人目のときの「完全なる未知との遭遇」状態と比較すると、気持ち的にはかなり余裕があります。
1人目のときは、両親の前で赤ちゃんに語りかけをすることすら小っ恥ずかしくてできなかったけど、今は、産後のヘルプに来てくれている母に、「今なんか言った?」と聞き返されるほどには、返答のない新生児に対してベラベラ話しかけまくっています。笑
はじめから、「こんにちは、私がママよ」と当たり前のように言えるようになっている自分を思うと、やっと母業が板についてきたのかな、と思います。
でも、2人目とはいえ赤ちゃんは別々の人間。
今も、うまくいかないことはあって悩んでいます。
たとえば授乳。第二子はお口が小さく、母乳を飲むのに時間がかかり、疲れて泣き喚き出しちゃうと、こちらも諦めてミルクを準備することがあります。
でもおっぱいは張るので、乳腺炎予防に搾乳をする必要はあって。
まだまだ一進一退の日々です。
そんな日々のなかでふと頭をよぎるのは、祖母に聞いてみたい数々のこと。
今日という一日を、祖母はどう過ごしたのかな。
ふと頭に浮かんできます。
生後⚪︎日。
暦の上では全く同じ日付。
上の子は幼稚園など預け先はあったの?暑い夏、上の子は何をして過ごさせていたの?
おばあちゃんは、授乳で悩まなかった?お母さんはすぐに飲めるようになった?
おじいちゃんは、少しでも早く帰って手伝ってくれる日はあったの?
産後の身体の状態はどうだった?なんやかんやで2人目は、上の子対応もあって、身体をしっかり休められていない気がするよ…
もし生きていてくれたとしても、66年前のことを鮮明に答えてくれるなんて難しかったろうけど、子どもが生まれてから、祖母に聞きたいことがまた増えました。
もう祖母はこの世にいないのに、同じ日に子どもを授かったことで、祖母とのご縁の深さをまた勝手に感じ始めています。
子どもの成長とともに、母はどうだったのだろう。祖母はどう対応したのだろう。これからも思いを馳せる時間は続く気がしています。
実は、第一子の里帰り中に一度だけ、母から祖母の育児日記を見せてもらったことがあります。
そこにはちょこちょこと、懐かしい筆跡で、母が生まれてからの日々が綴られていました。
当時はどちらかといえば母の育児の方に興味があり、祖母に関心を寄せることはなかったのですが。
今度また実家に寄った際には、改めて祖母の育児日記を読んでみようと思います。

7日前はまだお腹の中にいたんだね
ハッピーバースデー。2人の夏生まれの子たちへ。
そしてお疲れさま。夏に子どもを産んだ、2人の母たちへ。
この夏は家に篭りっきりとなるので、楽しいイベントの予定は何もないけれど。
生まれてまもない第二子と、お姉さんになっていろんな葛藤があるかもしれない第一子を、毎日ただただめいっぱい抱きしめるだけ。そんなひと夏の過ごし方があってもいいよね、と思っています。
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