普通の主婦だった私が開いた性の扉
※この記事は「普通の主婦だった私がシモーヌになるまで」の連載⑥、いよいよ最終回です。
前回の記事
ある出会いで起きた性のブレイクスルー
自分を大切にするという事が分かり始めたけど、性に関してはまだまだどうしていいか分からなかった私にブレイクスルーが起きたのは、2013年夏。
子宮委員長はるちゃんのブログに出会った事で、性の概念が変わったのです。
現役風俗嬢として、お客さんや彼氏、愛人とのセックスのことを赤裸々に書いてることに衝撃を受けました。
性欲があることが恥ずかしいと思っていたのに、はるちゃんのブログで、性の事を堂々と書かれてることに救われたし、子宮やオーガズムのパワーを知るにつれ、恥ずかしいどころか素晴らしいものに書き換わっていったの。
子宮はお宮だと、自分の聖域でありパワーの源であることを教えてくれたのも、はるちゃんだった。
何ができる、できないではなく、わたしは身体の中にお宮、子宮を持ってる。
女であるというだけでいい、女に生まれて良かった♡
そんな風に、女としての自己肯定感が底上げされたのです。
そうなったら、セックスのお誘いの時のエネルギーが変わるのね。
今までは、恥ずかしい事を勇気を出して誘い、
断られたら女として価値のない私。
受け入れてもらっても、頼んでやってもらった可哀想な私。
そんな重たいものを乗せていたのが、軽やかにお誘いできるように。
余計なものがなくなったおかげで、セックスができるかどうかと、自分の価値を結びつけなくなったし、できた時には純粋に喜べるようになったので、いつの間にかレスも解消されていきました。
ブログに出会ってすぐの頃、はるちゃんの名古屋お話会があり、「この中で、ひとりHしてる人、手を挙げて」と言われたんだけど、その会場には男性もいて恥ずかしくて挙手出来なかったのは、今となっては微笑ましい思い出(笑)

今や全公開でセルフプレジャーのことを発信し、人様にも勧めているシモーヌにも、そんな時代があったのよ。
はるちゃんに会い、翌2014年になると、わたしの世界に性の発信者がたくさん現れてきました。
なので、いろんな人のお話会に足を運び、その度にレポを書くようになったの。
まだ性の自分発信はできなかったけど、自分が知って良かった事をシェアしたい!というのと、自分の中の整理を兼ねて、ブログやFacebookで、聞いてきたことをまとめる事をしてたのね。
その中で、また大きなブレイクスルーがありました。
自己開示の葛藤を乗り越えて変化した世界
劍持奈央さんの「ひとり宇宙トークライブ」があったんだけど、ひとり宇宙というのは、セルフプレジャーのこと。

それを説明しなきゃレポは書けないなーと思った時、すごい抵抗が出ました。
わたしが、1人でやってることが、みんなにバレてしまう、、
はるちゃんのお話会の時に、会場にいる知らない人の中でも挙手出来なかったのに、今度はもっと不特定多数、、
しかもFacebookには知ってる人もたくさんいるのに、どうしよう?!
すごくドキドキしたけど、そのレポを書けた事で、何かが吹っ切れました。
そこから、レポだけじゃなく、少しずつ自分のパートナーシップのことや性のことも書けるように。
2015年には、おんなごやという、200名規模の性のイベントの主催スタッフをさせてもらったり、あげまん道のちゃみさんの100名規模の講演会の主催など、自分が悩んだ性やパートナーシップの事を通して行動、発信が自然にできるようになっていきました。



2016年には、股こりケアに出会い、プロトレーナーになって講座の開催もするように。

股こりケア自体は、性器に直接触れるものではないけど、自然と発信の中に性のことが増えていきました。
ついにシモーヌ爆誕
そして2017年5月、シモーヌ誕生のきっかけとなる記事に出会います。
おぜっきーさんのこの記事に、めちゃくちゃ共感したの。
面白いから読んでみて!
愛や光を司るのが「カミ様」ならば、ウンコやお金やセックスを司るのが「シモ様」だ。
↑
これを見て、シモ様に愛されたい!
いや、むしろシモ様になりたいと思ったの♡
ブログの中で、
今日から「ウンチン・マン太郎」になるのだ。
「ゲーリー・もれ子」になるのだ。
と書いてあったから、私は、もうちょい上品で女神チックな名前にしようと思って(笑)
最初は冗談で女神シモーヌとつけたけど、せっかくならシモーヌという名前で、シモのことをど真ん中で発信しようと決めました。
そんなギャグから生まれた名前だけど、この名前のおかげで覚えてもらいやすくなったので良かったと思ってます♪
かなり軽いタッチで書いてますが、性をど真ん中にするのは、すごく勇気が要りました。
なんてったって、普通コンプレックスのセックスもロクに経験のない私が性の発信をするのですから。。
それでもやってしまったのは、魂の衝動というやつでしょうね。
セックスレスが悩みにならない人もいるけど、私はそれを諦められなかったからこそ、性の深淵な世界の扉に誘われたし、その深さゆえにいまだ飽きずに探求が続いているのです。
1年後には、シモーヌ聖誕祭というのも開いてもらいました♡
こんなこと、数年前に想像もできなかったことです。

そんなわけで、一気にシモーヌになったわけじゃなく、少しずつ少しずつ重ねてきた今です。
時間はかかったけど、シモーヌはセックスレスに悩んでいた時の私が出会いたかった希望の存在になれていると思います。
セルフプレジャーの為のグッズを販売するとか、性感セッションで女性の性を開いていくとか、当時の私が聞いたら信じられないでしょう。

性という根っこを大切に育んでいくにつれ、人生に喜びの花や実がたくさんなるようになってきました♪

性の祝福は、いのちの祝福。
いのちと切っても切り離されないところだからこそ、悩みも喜びも大きいよね。
「聖なる性を祝福する女神シモーヌです」
とアメブロの冒頭で毎回書いていたのですが、性・いのちの祝福はわたしの活動の根幹です。
すっかりそれは自分の血肉になりましたので、noteでは、あえてその枕詞は書いてないですが、その土台の上にこれからも発信をしていきますね。

長いシリーズにお付き合いくださり、ありがとうございました。
①から読みたい方はこちら
その後のシモーヌ
今回の記事は、2023年、ちょうど性の最初のブレークスルーが起きた10年後にアメブロで書いた記事のリライトになります。
ここではシモーヌになるまでの事しか書いていませんでしたが、シモーヌになった翌年に、旦那さんの両親と同居、3年で別居と同時に旦那さんとも別居になりました。
それは関係が破綻したからではなく、間取りや親の問題など、結果的にですが別居婚となって現在5年。
同居解消の時は、離婚の覚悟もしましたが、今は毎週末うちに泊まりに来る心地よい距離感で楽しんでいます。
自分から求めてばかりだった妻は、いつしか求められるようになりました。
パートナーシップの形は、パートナーの数だけあり、正解というのはありません。
自分たちにとって、大切にしたいことを大切にできる関係性を育んでいきたいですね。
そして、そのパートナーシップの大元は、自分の中の女性性と男性性のパートナーシップ。
このnoteでは、これからそんな話をいろいろしていきたいと思います。
最後まで読んでくださりありがとうございます。
何か感じるものがありましたら、コメントや、スキを押していただけると励みになります♡
