音の前にあるもの 『大ゴッホ展』|夜のカフェテラスへ歩いていく
テラスの黄色い光に引き寄せられる。
テラスのすぐ外にいる人々にも、その光は届いている。
全身を黄色に染める人もいれば、男女のうち女性だけが光の中にいて、隣に立つ男性は女性の方へ顔を向け、その顔だけが黄色く照らされている。
光は場所を照らすだけではなく、人と人との間にも宿るようだった。
暗いライブハウスで、ステージから降り注ぐ光を思い出す。
客席にまで広がり、人を包み込む、あの光の広がり方に似ていた。
けれど、《夜のカフェテラス》の黄色は、一色ではない。
壁には赤や緑が置かれ、床の黄色のなかにはくすんだ紫が混ざる。
椅子のオレンジやテーブルクロスの青も見えてくる。
近づくほど、黄色のなかに潜むさまざまな色に気がつく。
特に目を引いたのは、ウェイターの白い服だった。
テラス席の客たちが黄色い光に包まれているなかで、もてなす側のウェイターだけが、どこか冷静さを保っているように見える。
白いテーブルに落ちる光もわずかに青みを帯びていて、夜空に浮かぶ星を思わせた。
白があるからこそ、黄色や青はより鮮やかに見える。
空の青も、テラスの黄色も厚く塗り重ねられている。
絵の具の跡は、ただ色を置いたのではなく、夜そのものを塗り重ねたようだった。
昼の空にはない重みが、夜の深さを生んでいる。
カフェテラスの黄色は、横の道の石畳だけでなく、手前の石畳にも柔らかく広がっている。
石畳をコンコンと踏みしめながら歩く音まで聞こえてくる気がした。
右端の木の葉も、星やカフェの灯りを受けてつややかだった。
絵の中に夜風が通り抜けているようだった。
《夜のカフェテラス》を正面から見るための行列ができていたので、私も並んでみた。
正面に立つと、思わず絵の中へ歩を進めたくなる。
テラスに座って珈琲やワインを飲み、夜風にあたりながら星を眺めたい。
絵を見ているはずなのに、いつの間にか、その夜の一員になりたくなっている。
周りの人たちも、どこか少し前のめりだった。
絵を見ているというより、空いた席を探しているようにも見えた。
後から気がついたことだけれど、正面から撮った写真よりも、横から撮った写真の方が黄色が鮮やかに見えた。
実際に写真を見比べると、その違いははっきりとしている。
友人に尋ねると、同じ印象を持っていたという。
近づけば絵の具の厚みが見えるのに、少し離れると光になる。
美味しそうなカフェが、少し遠くから見た方が魅力的に見えるのと似ているのかもしれない。
だからあのカフェは、今もなお人を引き寄せ続けているのかもしれない。
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『大ゴッホ展 夜のカフェテラス』

2026年5月29日(金) ~ 2026年8月12日(水)
上野の森美術館
#創作大賞2026 #エッセイ部門 #大ゴッホ展 #夜のカフェテラス #上野の森美術館 #ゴッホ
【おまけ】
コラボパフェの下にはレモンが入っていて、時間が経つと色が変わるらしい。
展覧会を出たあとも、黄色と青はまだ変化を続けていた。

マンゴーとメロン
