気がつけば人生の半分を「経営者」として生きてきた
「SHIROの私」じゃない、私
26歳でSHIROの前身となるローレルの社長を引き継いでから、早いもので26年が経ちました。社長を退任して、会長兼ブランドプロデューサーとして経営に携わる期間も含めると、人生の半分を経営者として生きてきたことになります。
私が今向き合っているのは、次の世代にどうSHIROを引き継いでいくか。
SHIROがこれからも、皆さんに愛していただけるブランドであり続けるために、どんな人に、どんなタイミングでバトンを渡すべきか、真剣に考え始めています。
同時に考えてみたいのが、SHIROを退任した後に、私自身がどのような人生を歩むかです。社長に就任してからの26年間、SHIROは私の人生でした。社長を退任して会長になったことで、社会に対して目を向ける心の余裕もできましたが、それでも頭の中はSHIROのことで埋まっていました。
自分にとって大きな存在を手放したとき、私はどんな人生を歩むのでしょうか。
これまではSHIROを通じて活動してきたので、まっさらになった自分の未来が想像できていません。自問自答しながら、私自身の数年後の未来について考えてみます。
自分を犠牲にしない福祉
SHIROの会長を退任したあと、自分はどうなっているのだろう。
まったく想像もできませんが、最初に頭に浮かんだのは、幼い頃の記憶です。
私は10代の頃、貧困や紛争が理由で学校に通えない子どもたちを支援する活動に興味を持っていました。でも、幼さゆえに向き合いきれなかったり、現実問題としてお金がなかったり、「やりたくても、やれない」という状況でした。
もうひとつ、行動を躊躇していた理由が、そうした活動をしている人たちが「自分を犠牲にして活動している」ように見えたこと。社会をよくする活動をしている人たちに対して、私は心からの敬意を抱いています。ただ、そのために、どこか自分自身の自由や幸せを犠牲にしているように映ってしまいました。
今になってみれば、そういった印象を抱いてしまった理由も、なんとなく想像ができます。
たとえば、寄付がなければ成立しない構造になっている団体が多く、活動を維持するために社会からの賛同を得る必要があり、他者を意識しなければいけなかったのかもしれません。
そう考えると、やはり経済と福祉を両立させる必要があると思います。自分たちで活動資金を捻出できれば、誰に納得される必要もなく、活動そのものに向き合う時間を増やせます。
たとえば、ミラノの小さな出版社・カルトゥージア出版は、小児がんを患っている子ども向けに絵本をつくっています。大きな収益にはならない、人件費を考慮すれば赤字の可能性すらある活動です。
でも、それができるのは、別の活動で経済が回っているから。他者の納得や賛同を得ずともやれることだから、私たちの目には「やりたくてやっている」ように映るし、実際そうなのだろうと思います。
未来のつくりかた
福祉活動にもさまざまな在り方がありますが、私は「余裕のあるお金で支援をすること」はしたくないと考えています。
それ自体を否定するつもりはまったくありませんが、持続可能な福祉活動の形を模索して、生み出した利益を新たな投資に回すサイクルをつくることができれば、そこに続く人たちが出てきてくれるはず。
その連鎖は私が望む、後世に美しい地球を残していくことにつながるので、私自身が挑戦したいと考えています。
SHIROの会長を務めている現在も、やりたいことができていないわけではありません。
誰もが集える場所として「みんなの工場」をつくったり、「捨てない」そして「新たにつくらない」お店づくりをしたり、これまでたくさんの取り組みをしてきました。
ただ、会社が大きくなるにつれ、社会の目を気にしてしまう機会が増えたのも事実です。非上場で、自由な活動をしているように見えていたかもしれませんが、私自身のやりたいことを、心置きなくやれていたわけではありません。
次の10年も、心が震える活動を
繰り返しになりますが、未来の自分が具体的にどんな活動をしているか、まだ想像できていません。すぐに会社を去るわけでもないので、焦らず考えていくつもりです。
事業が先に来る形を取らないので、その分、選択肢は広くなります。文章を書いてもいいし、講演をするでもいいし、制限はありません。
たったひとつ決めているのは、「心が震えることしかやらない」こと。
SHIROをつくってからの10年は、無我夢中で日々を過ごしてきました。それくらい没頭できることしか、やるつもりはありません。
未来の自分は想像できないし、考えたところで見つからないような気もしますが、SHIROを引き継いでいく過程で、そのヒントに出会えるかもしれません。
皆さんへのご報告は、まだまだ先になると思います。でも、応援していただけるだけの活動をするつもりです。次の10年をどう生きていくか、私の人生計画に動きがあったら、またここで報告させてください。
(編集サポート:泉秀一、小原光史、バナーデザイン:3KG 佐々木信)
