映画評 箱の中の羊🇯🇵

『怪物』『万引き家族』の是枝裕和監督による、亡き息子の姿をしたヒューマノイドを迎え入れた夫婦の物語。第79回カンヌ国際映画祭コンペティション部門出品。
建築家の音々(綾瀬はるか)とその夫で工務店の2代目社長を務める健介(大悟)は、2年前に亡くした息子・翔(桒木里夢)の姿をしたヒューマノイドを迎え入れる。音々は喜んで翔を迎える一方、健介は戸惑いを隠しきれず硬い表情を浮かべる。家族の時間は少しずつ動き出すが、夫婦が息子の死に対してそれぞれ抱えていた想いがあらわになっていく。
サン=テグジュペリの小説『星の王子さま』から引用したタイトルは、「箱」を息子を失った時から時が止まったままの過去の比喩として、「羊」を後悔や自責の念を抱える夫婦の象徴として描いていることは伝わった。しかし、ヒューマノイドが、夫婦のカタルシスを解放させるための装置としてしか機能しなかった点は、残念で居た堪れない。
というのも、児童養護施設から亡き息子に似た子供を迎え入れても成立する物語であっただけに、本作においてヒューマノイドである必然性を見受けることはできなかった。ヒューマノイドは記号に留まっており、疑似家族を描いてきた是枝監督の「人間と人工知能が家族になる」というテーマへの挑戦は、十分に結実していたとは言い難い。
ヒューマノイドの描写も、「記憶力が良い存在」「心がある設定」の域を出ていない。『アイム・ユア・マン』のようなデータで行動が規定される論理性から生まれる葛藤も、『A.I.』のような愛情への極端さもなく、“心”を持つ人工知能としての掘り下げが不足している。そのため、「人工知能に心はあるのか」という問いも説得力を持つ形で機能しておらず、キャラクター像は曖昧なままに終わった。
本作の舞台設定は“そう遠くない未来”なのだが、是枝監督のSFへの関心の薄さが垣間見える。SF的要素を感じさせるのは、タイトル前のドローン配送シーンやヒューマノイドを開発する施設くらいで、それ以外は『海街diary』を想起させる藤沢の穏やかな日常風景が広がるばかりだ。そのため、未来社会を描こうとする意識の希薄さが露呈してしまっている。
ラストの第三幕では、翔が『空気人形』のように人間の知らない世界へ足を踏み入れ、『誰もしらない』を連想させるヒューマノイド同士で疑似家族を形成しながら、夫婦のもとを去っていく『万引き家族』や『怪物』にも通じる幕引きが重なる。しかし、人工知能というテーマに対する新たな視座を提示することなく、結局は“疑似家族”という是枝監督の既存モチーフへ回帰してしまった点は、残念でならない。
