【スト6回顧録】スト6の原点。ゲーセンと100円玉。
はじめに
今でこそ、私はリビングの片隅を30分だけ領土として認められた「リビング戦士」として、テリーと共にパッドでのMR1800復帰を目指しています。
しかし、時計の針を2024年3月に戻すと、そこには今とは全く違う光景がありました。
私の家には、スト6を動かすためのプレステも、ハイスペックなPCも、ましてやこだわりのデバイスも、何一つなかったのです。
格ゲー界が新作の熱狂に沸く中、私の「家庭内閣」への予算申請は、あえなく否決。PCに至っては「Excelが動けば十分」という妻の冷徹な一言で、ゲーミングPCへの道は断たれていました。
「スト6をやりたい。でも、家には場所がない」
そんなおじさんが、唯一の「自由」と「ストリートファイター」を求めて辿り着いたのが、ゲームセンターにある「スト6タイプアーケード」だったのです。
(私のこれまでのストーリーはこちら👇)
1.静まり返ったフロアと、100円玉の重み
かつての90年代、タバコの煙と熱気が渦巻き、椅子に座るのさえ一苦労だったあの喧騒を知っている身からすると、現代のゲーセンは驚くほど静かです。
筐体の前に座る際、無意識に「よっこいしょ」と口を突いて出る独り言が、誰もいないフロアに虚しく響きます。
対面での「乱入」は滅多に起きません。それでも、100円を入れれば全国の誰かと繋がれる現代のシステムは、孤独な私にとって最高の救いでした。
当時はまだ、テリーは不在。私が選んだのは、ケン。「昇龍拳」という、四半世紀以上前に体に叩き込んだコマンドだけは、衰えた脳が唯一覚えていたからです。

2.10分間の「カンニング」トレモ
アーケード版にもトレーニングモードは存在します。しかし、家庭用と決定的に違うのは、そこには「制限時間」という冷酷な審判がいることです。
長くても10分前後。次の対戦相手がマッチングされるまでの、砂時計が落ちるような短い猶予。
私は深夜、布団の中でYouTubeを見て保存しておいた「コンボレシピのスクリーンショット」をスマホで開き、筐体の脇に置きました。
画面上のタイマーが刻々と減っていく中、スマホのスクショ(いわばカンニングペーパー)と筐体の画面を必死に往復して目を動かす。
「ええと、次は中パンチから……」
不慣れなコンボを手に馴染ませようと必死に指を動かすおじさんの姿は、端から見れば奇妙だったかもしれません。しかし、練習環境のない私にとって、この「10分間の集中」だけが、100円という貴重な授業料を無駄にしないための唯一の生存戦略だったのです。

3.「嫌なところ」を突く、修羅たちの洗礼
しかし、どれだけスクショで予習しても、実戦(ランクマッチ)で待ち構えているアーケードの住人たちは、想像を絶するほどに「勝負にシビア」でした。
彼らは、綺麗なコンボを決めて悦に浸るような遊び方はしません。「対空が出てないな」「投げ抜けが下手だな」と見抜けば、こちらが泣くまで同じ弱点を突き続けてくる。一度通った隙を、骨までしゃぶり尽くすように徹底的に擦ってくるのです。
「100円をドブに捨てるな。勝つために手段を選び、相手の心を折れ」
画面越しの見知らぬ誰かに、そう説教されているような気分でした。
家庭用で優雅にランクマッチを回している層とは違う、1コインに魂を売った勝負師たちの「執念」。それは、環境がないことを言い訳にしていた私の甘えを、完膚なきまでに叩き潰してくれました。

4.結び。原点は今も、あの「100円の緊張感」にある
現在は無事に「家庭内閣」の承認(あるいは黙認)を得て、リビングでパッドを握る日々です。
でも、たまにふらりとゲーセンへ足を運び、あえて筐体で戦うことがあります。
今でもアーケードの住人たちは、家庭用とは違う「勝ちに徹した動き」で、私の痛いところを正確に突いてきます。そのたびに「そうだよな、これが格ゲーだよな」と苦笑いしつつ、スマホのスクショを必死に指でなぞっていたあの頃を思い出します。
「家でできない」から始まった私のスト6道。
あの時、ボコボコにされて100円玉を溶かし続けた悔しさがあるから、今の私はMR1800という壁を前にしても、膝を折らずに戦えています。
リビングの30分を、アーケードの100円の重みで戦い抜く。
私のストリートは、今もあの静かなゲーセンから続いています。

(次回は、スト6奮闘記、私が「スト6自己分析レシート」の作成メーカーを作った話を書こうと思います。)
