10年間、自分を無能だと思っていた。──教えてくれる人が、一人もいなかった。
■はじめに
夜勤勤務だった。
夕方18時、自転車で片道30分。
その道を、10年間、毎日漕いだ。
朝、ペダルを踏みながら、いつも同じことを考えていた。
「今日は怒鳴られませんように。」
でも、その願いが叶った日は、一度もなかった。
新卒で入った医療系の夜勤ラボ。
血液検査をする現場だ。
そこで俺は、10年間、怒られ続けた。
理由は、自分でもわかっているつもりだった。
俺が、無能だからだ。
もし今、教えてくれる人がいない職場で、毎日失敗して、毎日怒られて、「向いてないのは自分だ」と思い込んでいる人がいるなら。
この話は、あなたに向けて書く。
俺も昔は、そうだった。
10年間、本気でそう思っていた。
■誰も教えてくれなかった
新卒で入った職場に、メンターはいなかった。
教育係もいない。
マニュアルもない。
「こうやるんだ」と横で見せてくれる先輩もいない。
当時の俺は、本も読んでいなかった。
だから、頼れる考え方の軸も、自分の中になかった。
仕事は、失敗しながら覚えるしかない。
ミスをする。
理由は教えてもらえない。
そして怒られる。
また同じところで失敗する。
また怒られる。
その繰り返しで、10年。
今ならわかる。
これは、「育てる気のない場所」だった。
でも当時の俺には、それが普通に見えていた。
社会って、こういうものなんだろう。
仕事ができないのは、自分の飲み込みが悪いからだ。
そう思いながら、毎朝、自転車を漕いでいた。
■人はいた。でも、師はいなかった
孤独だったか、と聞かれると少し違う。
人は、いた。
むしろ、濃い人ばかりだった。
同期は2人。
どっちも俺より年上だった。
一人は、前職がフィルムの現像。
もう一人は、元・風俗店の課長。
酒癖が悪く、同僚と喧嘩して、追い出されるように辞めていった。
夜勤明けには、掃除の部隊が交代で入ってくる。
ある日、ロッカーで、おっさんが一人、しくしく泣いていた。
理由を聞くと、
「洗浄の狼」にやられた、と言う。
職場に「あだ名が洗浄の狼」の人がいる時点で、だいたい空気は察してほしい。
酒乱の先輩もいた。
飲み会では、みんなが全力で酒を止める。
飲ませると、高確率で誰かと喧嘩になるからだ。
かと思えば、昔ドリフターズと仕事をしていたという謎のおっさんもいた。
しかも、不動前にアパートを一棟持っていて、幸福の科学の信者という噂つき。
何者なんだ。
そして上司。
中卒で叩き上げの、まあジャイアンみたいな人だった。
俺は心の中で、「ジャイ夫」と呼んでいた。
女の同僚だろうと説教で泣かす。
俺が失敗すると、決まって俺の番だった。
……濃いだろう。
書いている今でも、「よく10年もいたな」と思う。
でも、この職場に一人だけ、いなかった人がいる。
「この人みたいになりたい」と思える人だ。
人はいた。
濃い人もいた。
怖い人もいた。
面白い人もいた。
でも、師だけはいなかった。
それが、この10年間の本当の問題だった。
■一番の牢は、思い込みだった
長いあいだ、俺は勘違いしていた。
怒られ続けるのは、自分が無能だからだ、と。
違った。
無能だったんじゃない。
教えてくれる人が、一人もいなかった。
ただ、それだけだった。
俺は10年間、その場所に立ち尽くしていただけだった。
考えてみてほしい。
野球を一度も教わらず、「ホームランを打て」と言われても無理だ。
料理を習っていない人に、「ミシュラン級を作れ」と言うようなものだ。
正しいやり方を一度も見せてもらえなければ、人は上達できない。
能力の問題に見えて、その正体は環境だった。
でも、この思い込みは鎖より強い。
「自分が悪い」と思っている限り、人は場所を変えようとしない。
悪いのは自分なんだから、どこへ行っても同じだと思ってしまう。
一番の牢は、あの職場じゃなかった。
「俺が無能だから怒られる」という思い込みだった。
その牢から出るまで、10年かかった。
■底にいる、あの頃の自分へ
もし、今あなたが同じ場所にいるなら。
一つだけ、持って帰ってほしいことがある。
今いる職場を、ぐるっと見渡してみてほしい。
「この人みたいになりたい。」
そう思える人は、一人でもいるだろうか。
いるなら、その人に食らいつけばいい。
でも、一人もいないなら。
それは、あなたの能力とは関係ない。
場所を変えるか、師を「職場の外」に探していいというサインだ。
俺の場合、師は結局、人じゃなかった。
本だった。
底からどうやって最初の一歩を踏み出したのか。
その話は、また次の記事で書く。
今週の小さな一歩は、これだ。
紙を一枚出して、
「この人みたいになりたい」と思える人
を書き出してみてほしい。
一人も書けなかったら、それはダメな自分の証拠じゃない。
動くべき時が来た、というデータだ。
■まとめ
10年間、怒られ続けた。
ずっと、自分が無能だからだと思っていた。
違った。
教えてくれる人が、一人もいない場所にいただけだった。
底にいると、そこが普通に見えてしまう。
だから、なかなか抜け出せない。
でも今、こうして笑い話として書けている。
書けるということは、もう、そこから出たということだ。
底は、住む場所じゃない。
そこから這い上がるための場所だ。
底を知っている人間の言葉だけが、同じ底にいる誰かに届く。
だから俺は、この連載を書き続ける。
次は、その底からどうやって最初の一歩を踏み出したのかを書く。
あなたの番も、きっと来る。
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最後まで、読んでいただき、ありがとうございました。🙇
