私の知らない時間
朝、目を覚ますと喉がジンジンと痛い。重たいからだをどうにか起こして、カーテンを開けた。
窓枠のレバーを引っ張って、窓を開ける。
数十センチ開いた向こうから生暖かい風が流れ込んでくる。
五日間のアート合宿が終わって、福井県に来た。
今日はレンタカーで一日観光するつもりなのに、風邪を引いてしまったかもしれない。
ティッシュを三枚引っ張り出して鼻をかむと少し楽になった。
身支度を整えて、車に乗り込む。
街中を抜けて、大きなトンネルをくぐると、雨が強くなってきた。
ワイパーが勢いよく動く。
田んぼや畑の緑を見ながら、ゆるやかな山道を登って、駐車場に車を停めた。
「日本曹洞第一道場 吉祥山永平寺」
大きな岩の横を通り、石門を抜ける。
高い木々のあいだを歩き、階段を登って建物の中に入った。
「坐禅体験 十時から」
あと一時間ほどある。その間にゆっくりと境内を巡っていこう。
静かな廊下を歩いていると、ぱらぱらと雨の音がこもり、風が抜けていく。
十五年前、「経営者はマインドフルネスをやるといい。Googleの研修にも取り入れられている」そんな言葉をよく目にして、近くのお寺さんで坐禅体験をさせてもらった。
はじめは、四十分何もせずに座っているのが苦痛で、柱の染みを上から下へ目で追って気を紛らわせたり、妄想をかけめぐらせたりしていたっけ。
だけどあれから坐禅と瞑想は私の日課になって、深いところでずっと支えてくれている。
きっかけをくれたこと、ここに来れたこと。
心の中で何度もありがとうを呟きながら境内を歩いた。
時間になって、坐禅の広間へ向かう。
広々とした畳の上に座ると、僧侶の方が作法について話を始める。
「坐禅の座り方をお伝えします。あぐらの姿勢から左足を太ももにのせると『半跏趺坐』。さらに右足も太ももにのせると『結跏趺坐』になります」
僧侶の方の声に合わせて、左足を右太ももの上に。右足を左太ももの上に。
できた。
以前にも教えてもらったことがあるけど、一度も組めなかった結跏趺坐ができるようになっていた。
いつのまに、こうなっていたんだろう。
組まれている足を不思議な気持ちで眺めた。
鐘が鳴り、姿勢と呼吸に意識を向ける。
畳を擦る音、咳払い、ぱしんっと乾いた音が時折する。
からだが徐々に強張ってくる。それに気づいてまた緩めていく。
カーン。
鐘の音が響いて、部屋が明るくなった。
足を解き、座っていた座布を整え、一つ一つを順番に終えていく。
最後に合掌をすると、からだの深いところがどっしりと静かに落ち着いた。
坐禅をしている時だけでなく、そこに向かうまでの作法、終わったあとの作法まで含めて、この時間はできているのかもしれない。
外に出ると、さっきよりも雨は小降りになっていた。一面苔むした先に、大木の根っこが艶やかに濡れている。
石門を抜けて、お辞儀をした。
車に乗って、近くの蕎麦屋さんでとろろ蕎麦を食べてから恐竜博物館へ向かう。
銀色の卵のようなドームが近づいてくる。
白衣を着た恐竜のオブジェの隣で、ご年配の女性が嬉しそうに写真を撮っているのを見ながら、中に入った。
長いエスカレーターで地下に降りると、実物大のティラノサウルスが唸り声をあげて、顔を動かしている。
作り物なのに、目の奥まで見抜かれているようで、ドキドキする。
見上げるほど大きな恐竜の化石を眺め、左右に流れる映像の中にすっぽり入るようにして恐竜たちの暮らしを見ていると、すっかり冒険者になった気分になる。
地球の科学ゾーンに寄ると、四つの大きな画面から同じ映像が流れていた。
火山の様子、地震、地層の変化。
パッと画面が変わり、青く輝く地球が回っている。
「地球は絶え間なく動き続け、今も活動を続けています」
それを見ていると、自分がとても小さく感じられた。
ここはこの国、こっちは私の国。
私たちが勝手に線を引いていても、地球はそんなことにはお構いなしに、数億年という単位で、悠々と寝返りを打つ。
外に出ると、雨は上がり、日が差していた。
熱が出てきたのか、頭が少しぼぉっとする。
地球の上で、私は目を細めた。
