ローリング式タイトルの付け方
記憶に付箋を貼る
ボクは記事のタイトルをあまりひねらない。
中見出しもそうだ。
まあ、多くの人がそうだろうけど、だいたいひとつの章を書き上げて、そこから「いい感じ」の要約をしてタイトルに付けようとしているはずだ。ボクもそう思うし、確かに以前はそうしていた。
だが、最近はあまりそんな風に考えていない。
その章の中に置いた「キラーフレーズ」をそのまま中見出しにすることが多くなったのだ。
そう考えるようになったのは、おそらく『ハリー・ポッター』の影響だ。
『ハリー・ポッター』の著者 J・K・ローリングは、その章に初めて登場する人物や魔法の名称や住所などを、そのまま章タイトルにすることが多い。
読者は本文の前に章タイトルでその名前を見、これは誰だろう(もしくは何だろう)と思いながら読み進めることになる。そうすると、その直後に(場合によっては後半で)その人物や魔法が登場するのだ。
これは、登場人物の多い『ハリー・ポッター』を読みやすくするための、ちょっとした仕掛けなんじゃないかとボクは睨んでいる。
ローリングは、タイトルでその章の意味を説明しているわけではない。本文にこれから登場するものを先出しし、結果として読者の記憶に付箋を貼っているのだ。
十数文字のナラティブ
一方、最近読んだ「ハーバード・ビジネス・レビュー 2023年12月号」には『人を惹きつける会社』という特集が組まれていた。
だが、ボクはそのタイトルに若干の引っ掛かりを感じていた。
それが、その読書記録中にも書いた ―これって本当に「人を惹きつける会社」の話なんだろうか。― だ。
もちろん、タイトルが間違っていると言いたいわけではなく、むしろ編集者の立場で考えれば、とても自然なタイトルのつけ方だと思う。編集者は、複数の記事を読み、それらに共通する意味を見つけ、一つの特集として束ねなければならない。それが彼らの仕事だからだ。
だから、ハーバード・ビジネス・レビューのような特集では、複数の記事から最大公約数となるフレーズを見つけ出し、それをタイトルにすることになる。そうすると、概ねそのタイトルは「十数文字のナラティブ」になってしまうのだ。
そう、「人を惹きつける」+「会社」(とは何か?)という主観や解釈を重視した短い物語に…
一番おいしいところを先に見せる
さて、本文の中にキラーフレーズがあっても、先に見せるのがもったいなくて、もっとタイトルらしい言葉にひねりたくなる人もいるだろう。その気持ちはわかるし、否定はしない。
だが、キラーフレーズが「抽象行動用語」になっていたら、それはタイトル以前の問題だ。
「変化を恐れず挑戦する」
「新しい価値を創造する」
「仲間と共創する」
こんな抽象行動用語がその章で一番言いたいこと(キラーフレーズ)なら、それをそのままタイトルにするのは難しい。だけど、キラーフレーズを隠さなければ読んでもらえないのなら、タイトルより先に本文を見直した方がいいのかもしれない。
タイトルをナラティブ化させることが悪いわけではない。むしろ、読者に内容をわかりやすく伝えようとすれば、自然とそうなるのだと思う。
だけど、もう少しわかりやすく。もう少し魅力的に。もう少し読みたくなるように。とナラティブを強くしていけばいくほど、少しずつ本文から離れていく。そして、それをやりすぎた先にあるのが「釣りタイトル」なんだろう。
だからボクは、キラーフレーズを先に出す。
一番おいしいところを先に見せたっていいじゃないか。
ボクは本文でナラティブを語りたい。
だから、タイトルで付箋を貼っておく。
それがローリング式のタイトルの付け方だとボクは思っている。
