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スクリーンの外に出よう!武器よさらば。

「無理せず、楽しんでくださいね」

昨日に引き続きテキストを開いたら、noteのAIからメッセージが届いていた。
noteは、わたしの心を見透かしているのだろうか?

よく未来の自分から引っ張られるとかいう話を耳にする。
未来のビジョンが今の自分を引っ張り上げてくれるそうなのだが、ここ最近、サッパリ音沙汰がない。

最近、ホログラフィック原理に関するYouTubeを何本か観た。

簡単にいうと、この世界は全て幻らしいのだが、未来からの呼びかけがサッパリないのは、もしかして幻だと本気で気づいてしまったせいかも、と思った。

今までは、物理世界にある何かの中で心惹かれることを原動力として動いていた。だけど、そもそもマボロシだったら現実の中に心のフックを引っ掛ける場所がないではないか。

現在から未来へ向かってエイヤってフックを振り回して投げても、スカッと下に落ちて、下手したらブーメランのように自分へ跳ね返って来てしまう。

そんなことを自覚、無自覚に繰り返しているうちに、もういいや、まぼろしの世界にいたって、幻だって分かっていれば心の平和、平穏を保てる。心穏やかに過ごすことを優先しよう、と決めていた気がした。

昨日、気に入った映画の感想記事を書いてみた。

昨日は書きそびれてしまったけど、2人は共に外側に対して武装をしていた。
片方は日傘、もう片方はお団子頭。

わたしにも身に覚えが有る話で、なんだか共感してしまった。

2人のように、外側にある何かで自分の身を守ろうとしていた。
社会で認められそうなこと、履歴書に書けそうなことをしておけば、自分を守れると思っていた。

それは、心のどこかで自分は社会に適合出来ないと思っていたから。

そして、本来の自分に触れられないように堅く守ろうとして、気づいたら何を武装していたのか分からなくなっていた。

だけど、この映画の最後には2人も武器を手放してしまった。
どうして2人とも外側に対する武器が必要なくなったのだろうか?

それは、どんなに武装しても勝てないものが有ると知ってしまったから、武器なんて持つ意味がない、どうでもいいことだと悟ったのだと思う。

自分に振り返ってみると、未来からの呼びかけがサッパリないのは、まだまだ自分は外側に対して武装解除が進んでいないのかもしれない。

未来からの呼びかけは、スクリーンの外に出ると決意した時、自ずと起きるような気がした。

今度は、『武器よさらば』を観てみようか?


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