真の信仰者
真の信仰者(レムナント)
すでに見たように、紀元4世紀以降、カトリック教会は背教の教会となっていた。しかし神は、教会の背教化から宗教改革に至るまでの期間も、少数ではあったが、「真の信仰者」(レムナント)を残しておられた。その中から、後世に大きな影響を与える人物が何人か登場した。彼らは、いわゆる「宗教改革の先駆者」である。彼らに共通した特徴を挙げると、以下のようになる。
①聖書だけがすべての権威の源であると信じ、カトリック教会の権威や教会が教える異教的習慣を否定する。
②万人祭司を標榜し、一般信徒が聖書研究を行うことを奨励する。これは、祭司階級によるラテン語聖書(ヴルガータ訳)の独占とは対極にある考え方である。
③信徒による聖書研究を可能にするために、聖書翻訳に取り組む。
④真の福音(恵みと信仰による救い)を理解した信徒が、それを悪魔の国に属する人々(不信者)に宣べ伝える。
⑤司祭ではなく牧師が、霊的指導者として立てられる。
⑥聖餐式に関して、カトリック教会が教える化体説(パンとぶどう酒は、祈ったときにキリストの肉と血に変わる)ではなく、記念説(パンとぶどう酒は、イエスの死を記念するものである)を採用する。
⑦終末論に関して、字義どおりの地上の王国(千年王国)の成就を信じる。
この章では、「真の信仰者」の中から代表的なグループや個人を紹介する。彼らは、「宗教改革の先駆者」となった人々である。
ワルドー派(ヴァルド派)
ワルドー派をひとことで表現すると、「12世紀のヨーロッパで発生した信徒宣教運動」ということになる。司祭制に基づく権威主義的なカトリック教会から見れば、その教理も活動も異端そのものである。
創始者のワルドーは、元はリヨンの裕福な商人であった。吟遊詩人の歌を聞くうちに、この世の富がいかに虚しいものであるかに気づいた彼は、1173年頃、巡回説教者としての献身を決意する。彼が理想とした生き方は、人々の喜捨を受けながら町々を巡り伝道することであった。その精神は、少し後に登場するアッシジのフランチェスコのそれに類似している。
やがて、カトリック教会の腐敗に失望していた人々がワルドーの周りに集まるようになり、ワルドー派と呼ばれるグループが形成されていった。この派の特徴は、清貧な生活、信徒による説教と伝道、聖書翻訳の推進(ラテン語聖書からの翻訳)、などである。
悪魔は、いつの時代にあっても、聖書研究を強調し、真の福音を宣べ伝えようとする人たちに攻撃を仕掛けて来る。彼は、既存の教会(カトリック教会)に働きかけ、ワルドー派を初めとする福音的なグループを激しく迫害するように仕向けた。異端審問によって多くの信者が拷問を受け、殉教の死を遂げていった。国を追われ、逃亡者としての生活を余儀なくされる者たちも出た。その結果、ワルドー派の運動は、北イタリアやフランスの諸都市から、アルプス地方、オーストリア、ドイツ、ボヘミアにまで広がった。ここでも、迫害が宣教の広がりをもたらすという図式が見られる。
制度的教会が真の信者を迫害するという図式は、単に教会内の抗争として片付けるわけにはいかない。その図式は、「神の国と悪魔の国の葛藤」という文脈の中で捉えてこそ、正しく理解できるものである。真の信仰者は、神からは愛されているが、悪魔からは憎まれているのである。
ジョン・ウィクリフ、ヤン・フス、サヴォナローナ
中世の終わりの時期に、神は、カトリック教会内部から、教会の変革を求める人物を何名か起こされた。特に重要なのが、英国のジョン・ウィクリフ(1324~1384年)、ボヘミアのヤン・フス(1369~1415年)、フィレンツェのサヴォナローラ(1452~1498年)の3名である。彼らは、神の国拡大のために用いられた「宗教改革の先駆者」である。
(1)ジョン・ウィクリフは、オックスフォード大学の教授であり、聖職者でもあった。彼は、カトリック教会の教義の誤りを大胆に指摘した。
①彼は、カトリック教会と教皇の権威を否定し、祭司階級の堕落を厳しく糾弾した。
②ミサ(聖餐式)において、カトリック教会が教える化体説を否定した。今の私たちには理解できないであろうが、これは、カトリック教会の絶対的な権威に対する挑戦であった。
③聖書を初めて英語に翻訳し、聖書に基礎を置く説教の重要性を説いた。
④英語訳聖書を持った弟子たちを「貧しき司祭」と名づけ、宣教師として各地に派遣した。
ウィクリフは、1377年に教皇から19か条に及ぶ「誤謬」の指弾を受けたが、ひるむことはなかった。彼の思想は、ボヘミアのヤン・フスや、約100年後にやって来る宗教改革者たちに大きな影響を与えた。
(2)ヤン・フスは、ボヘミア(チェコ)出身の宗教的指導者である。彼は、ジョン・ウィクリフの教えの影響を受けて、カトリック教会の権威に挑戦する説教を語り続けた。彼が大胆になれた1つの理由は、世俗的権力(ボヘミア王)の後ろ盾があったことである。
①彼は、贖宥状(いわゆる免罪符)を批判し、聖書だけに基づく信仰を主張した。
②フスの影響力に当惑したカトリック教会は、1411年に彼を破門し、コンスタンツ公会議で「異端の煽動者」として有罪を宣言した。その後フスは、杭にかけられて火刑に処された。神の国の力が強くなればなるほど、悪魔の国の反発も強くなる。
(3)サヴォナローラは、フィレンツェで活躍したドミニコ会の聖職者である。
①彼は、メディチ家の独裁政治の腐敗とローマ教皇の腐敗を厳しく糾弾し、聖書本来の原初的信仰に戻るべきであると力説した。
②1498年、教皇アレクサンデル6世は、サヴォナローラを異端であると宣言して破門した。
③彼は投獄され、磔刑に処され、最後は教会の命令によって焼かれた。
まとめ
以上の例からも分かるように、悪魔は、教会を改革し、信仰を聖書的基準に戻そうとする試みが始まると、必ずその動きを阻止しようとして暗躍する。また、人々の関心を神から被造物(人間や物質)に向けさせようとして、新しい運動を生み出す。
中世から近世に移行する時期に、悪魔が用いた出来事は、ルネサンスと呼ばれる文芸復興運動である。彼は、自らの王国を拡大するための手段として、ルネサンスを用いた。人間の思索や関心の対象を神から被造物(人間や物質)に向けさせることができるなら、信仰の覚醒も神の国の拡大もなくなる。これが悪魔の意図するところである。
