アメリカ人の夫が驚いた、日本の喫煙マナー|子どもの前でタバコを吸う文化を考える
アメリカで生活していた頃や、
日本でも、アメリカ人の周りにいると、
私が何度も驚くことがある。
それは、
妊婦さんや小さな子どもが近くに来ると、
タバコを吸っていた人が
自然と火を消す姿だ。
誰かに注意されたわけでもない。
ルールだからでもない。
「煙がかかるとよくないから。」
そんな当たり前のような空気がある。
日本の「思いやり」はどこへ
家族で、
家の近くのお祭りへ行った日のことだ。
帰りは混雑するだろうと思い、
私たちは少し早めに帰ることにした。
帰り道を歩いていると、
数名の男性がタバコを吸いながら
こちらへ向かって歩いてきた。
私たちの横には小さな子どもたちがいた。
煙は風に乗って、
私たちのほうへ流れてきた。
だから私は、
「早く通り過ぎよう」と思い、
そのまま歩いていた。
すると、
隣を歩いていたアメリカ人の夫が
驚いた様子で言った。
「子どもたちがいるのに、タバコを消さないんだね。」( They don’t put out the cigarette when kids are around?)
私はその一言で、
初めてその状況に違和感を覚えた。
というか、
「私は日本にいて、それに慣れているんだ」
と気づいた。
日本では、
そういう光景を見かけることが
珍しくなかったからだ。
夫にとっては、
それがとてもありえないことだった。
確かに、私も
アメリカ人がいる場所や、
アメリカで同じ光景を見たら驚くだろう。
きっと、その人のことを
「常識のない人」と見ることだろう。
でも、私は
「日本はこういう場所」と割り切っている。
だから、慣れている。
逆に、もし日本で誰かが
火を消してくれたら、とても驚き、
感動することだろう。
だから私は夫に、こう答えた。
「これが日本の文化なんだよ。」(Sadly This is Japan, culture wise...)
そう口にした瞬間、胸が少し苦しくなった。
まるで、自分で
「私の母国は思いやりの少ない国なんだ」と
言ったような気持ちになったからだ。
私は日本が好きだ。
清潔で、ご飯がおいしくて、治安も良い。
カスタマーサービスはナンバーワンの国で、
世界に誇れる魅力がたくさんある国
だと色んな国に行って、感じることができた。
だからこそ、
周りへの配慮が足りない場面に
出会うたびに、どこか悲しくなってしまう。
本当は、
「日本には思いやりの文化があるんだよ」と
胸を張って伝えたい。
アメリカでもマナーの悪い人はいる。
それでもアメリカでは、
妊婦さんや小さな子どもが近くに来たら、
タバコを消したり、
その場を離れたりするのが当たり前なのだ。
だからこそ、日本で子どものすぐ近くでも
吸い続ける人を見て、
カルチャーショックを受ける
アメリカ人が多くいる。
すべてのアメリカ人がそうではないだろう。
日本でも、火を消す人もいるだろう。
でも、アメリカは、
「弱い立場の人を守ろう」という意識を
持っている人が多いと私は感じる。
「自分され良ければ良い」のだろうか
一方で、日本は昔と比べ、
歩きタバコは減り、喫煙所も増えた。
昔よりは確実に良くなっている。
それでも、公園や海、キャンプ場、
イベント会場などのオープンエリアでは、
周りに子どもや妊婦さんがいても
気にせず吸っている人を見かけることがある。
「ここは外だからいいでしょ。」
そんな感覚なのかもしれない。
でも、煙は風に乗って流れていく。
本人だけの問題ではない。
私自身、
子どもを連れている時に煙が流れてきて、
場所を移動したことが何度もある。
吸うこと自体を否定したいわけではない。
ルールの中で楽しむことは、個人の自由だ。
だけど、
その自由が誰かの健康や安心を
奪ってしまうなら、
一度立ち止まって考えてほしいと思う。
これはタバコだけの話だけではない。
ゴミをそのまま置いて帰ること。
順番を守らないこと。
子どもが泣いている親を冷たい目で見ること。
日本では、
「自分さえよければいい」という
考え方を感じる場面が少なくない。
もちろん、そうではない人もたくさんいる。
親切な人もたくさん知っている。
だから日本人全員がそうだと
言いたいわけではない。
ただ、社会全体として
「自分の権利」が優先され、
「周りへの配慮」が少しずつ
薄れてきているように感じる。
一人一人が変わることで社会が変わる
私はアメリカで、
「Thank you.」
という言葉を本当によく聞いたし言った。
ドアを開けてくれる人。
ベビーカーを持ち上げてくれる人。
困っていたら声をかけてくれる人。
もちろん完璧な国ではない。
治安の問題もあるし、
日本より大変なこともたくさんある。
それでも、
人を思いやる行動を見かける機会は、
日本より確実に多かった。
日本は昔から
「思いやりの国」と言われてきた。
だからこそ、私は少し寂しく感じる。
ルールを守ることももちろん大切。
でも、本当に大切なのは、
「ルールに書いてあるから」ではなく、
「相手がどう感じるか」を
想像することではないだろうか。
子どもがいるから。
妊婦さんだから。
お年寄りだから。
そういう理由もそうだが、
目の前の誰かが、少しでも
気持ちよく過ごせるように行動する。
そんな小さな優しさは、
お金も時間もかからない。
ほんの数秒、タバコを消すこと。
少し場所を移動すること。
その小さな配慮だけで、
救われる人はきっといる。
「自分がしたいこと」よりも、
「周りの人が安心して過ごせること」を
少しだけ優先できる人が増えたら、
日本はもっと住みやすい国になると思う。
思いやりとは、
大きなことをすることではない。
相手の立場をほんの少し想像すること。
その積み重ねが、
優しい社会をつくるのだ。
