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noteを始めた理由

noteを始めて、もう何本か記事を書いた。書きながら、ふと自分のことを知ってもらいたくなった。だから今日は、noteを始めた理由について書いていこうと思う。

始めた理由。正直に言うと、きっかけはお小遣い稼ぎだった。

元々、小説家という仕事に憧れるくらいには本が好きだったし、学生時代はスポーツライターという仕事にも興味があった。自分が感じたサッカーや選手の魅力を、言葉にして誰かに伝える。それでお金を稼げるなら、こんなに素晴らしい仕事はないと思っていたこともある。

結局、一番大きな夢であった指導者という形でサッカーに関わる仕事に就くことができた。それでも、決して収入が多いわけではないので、子供を何人も育てるとなると、金銭的にはやはり厳しい。隙間時間で何かできないかと考えて見つけたのが、このnoteだった。

それ以前は、youtubeのサッカーチャンネル運営や台本作成も2年ほどやっていた。収益化もして、サッカーに関わる仕事としてやりがいも持ってやっていた。それが今年、規約が厳しくなって収益化停止になった。次を探していたところに辿り着いたのが、note、というわけだ。

いざ始めてみると、youtubeとはまるで違う世界だった。youtubeなら映像がすべてを語ってくれる。noteは文字だけで伝えないといけない。選手一人を紹介するだけでも、思っていることの半分も伝えられていない、そう痛感する日々だった。

それでも、現地の一次情報や散らばった個人の記事をパズルのように組み立てて、脚色された期待値込みの話ではなく、等身大の選手の魅力を伝える。そこには、有料としての価値があると思っている。

ただ、書いていくうちに気づいた。それだけでは足りない。読んでくれる人に、もっと見るだけの価値を返したい。では自分に何を提供できるのか。

サッカーが好きだ。小学校から大学まで本気でやってきて、一度だけだが全国大会も経験している。今はユース年代の指導者をしている。

そう並べてみて、気づいてしまった。大した価値なんて、実はない。

サッカーが好きな人間はいくらでもいる。noteでサッカーを書いている人は、みんなサッカーが好きだ。本気でやっていた人間もいくらでもいるし、元プロまでいる。自分の経歴がいかに平凡か、考えるまでもない。ユース年代の指導者という肩書きにも、多少の意味はあるかもしれない。だが実績があるわけでも、強豪チームを教えているわけでもない。胸を張って指導論を語れる立場ではないだろう。

では分析力はどうか。サッカーはよく見ているし、戦術分析はオタクみたいにやってきた。ゴールキーパーというポジションのせいか、俯瞰的にピッチを見るのが昔から好きだった。それでも、他の人の分析を見ていると、自分の考えが的外れなことなどザラにある。そこにどれほどの金銭的価値があるのか、正直分からない。

そう考えていくと、自分がこうして記事を書くこと自体、おこがましいのではないかとすら思えてくる。大したことも言えない平凡な人間のくせに、と。

それでも、これをライフワークにしようと思い直したのは、お小遣い稼ぎとはまったく別の思いからだ。

サッカーの魅力は本当に奥深い。技術の攻防、戦術的な頭脳戦、選手の人間ドラマ、クラブの歴史、国の伝統、サポーターの思い。今でも忘れられないのが、東日本大震災のチャリティーマッチだ。あのカズが決めたゴールを見た瞬間、誇張でも何でもなく涙が止まらなかった。あの日ほど、サッカーというスポーツの素晴らしさを感じたことはない。

あの日感じたような奥深さや素晴らしさを、一人でも多くの人に伝えたい。それが、この活動を続ける一番の理由だ。

もちろん、理由はそれだけではない。

ネット上には質の高い情報が溢れている一方で、偏った、宗教的とも言えるような見方に染まってしまう人も少なくない。指導現場を見ていても、本当にその教え方でいいのかと思う場面は多い。叱るだけの昭和的な指導、頭ごなしの指導、自主性を育てることを知らない指導。自己満足の指導者は、まだまだ多いと感じている。

だったら、平凡でもいい。選手ファーストな試合の見方、自主性を重んじた指導が、少しでも多くの人に広がればいい。そう思ったのが、本当の理由だ。

偉そうなことを言ったが、この活動を通して自分自身も考えていきたい。理想の指導とは何か。サッカーをもっと楽しむにはどうすればいいか。そんなことを、読んでくれる人と一緒に考える場にできたら最高だと思う。

そんな思いでやっていくので、温かく見てもらえたら嬉しい。違うと感じたら、共感できると感じたら、ぜひコメントしてほしい。それが、次への一番の励みになる。


#はじめてのnote

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