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2025年に出会えた全ての物語へ



はじめに

 全ての文筆家が自分にとっての「正解」と言える書籍を持っているように、全ての小説紹介をする人間にとっても、小説紹介の「正解」があると思う。

 私にとって小説紹介の「正解」とは何か、そう考えたときに、話題作ではないが面白い小説を紹介することにあるのではないのかと考えた。
 暇だったので本をたくさん読んでいた。200冊ほど読むことができて、たくさんの物語に触れられたことをとても嬉しく思う。
 それらの中には当然話題作も、そうでないものもあって、どうせ紹介するのであれば、世の中に溢れている話題作、有名作の紹介ではなく、あまり話題になっていない傑作を紹介しようと思った次第である。なお、ここでいう「話題作」とは、2025年、私の感覚で話題作ではないものなので、極めて主観的であることをここに断っておく。

 なお、私にとっての話題作の定義付け、ならびに参考のため、今年私が読んだ話題作(あるいは有名作)で、特に面白かったものをここにリストアップしておこうと思う。

死んだ山田と教室/金子玲介
死んだ石井の大群/金子玲介
死んだ木村を上演/金子玲介
夜の道標/芦沢央
カフネ/阿部暁子
死んだら永遠に休めます/遠坂八重
コンビニ人間/村田沙耶香
深淵のテレパス/上條一輝
夏と冬の奏鳴曲/麻耶雄嵩
うたうおばけ/くどうれいん
破局/遠野遥
レモネードに彗星/灰谷魚
金閣寺/三島由紀夫
国宝/吉田修一
探偵小石は恋しない/森バジル
君が手にするはずだった黄金について/小川哲
なめらかな世界と、その敵/伴名練
タイタン/野﨑まど
プロジェクト・ヘイル・メアリー/アンディ・ウィアー
I/道尾秀介
春にして君を離れ/アガサ・クリスティー
ハウスメイド/フリーダ・マクファデン

1冊目


1冊目に紹介するのは雨井湖音『僕たちの青春はちょっとだけ特別』である。

 早速なのだが、これは話題作のような気がする。定義が極めて主観的であるから仕方ないのだけれど、なかなかSNSでよくこの本を見かけていたし、かくいう私自身それをきっかけで本書を読んだのであるから、話題になっていたように思える。
 しかしながらこの本を紹介したいわけは、面白さと話題が釣り合っていないように思えるためである。
 本書の舞台は発達支援学校で、ジャンルはミステリだ。発達支援学校が舞台のミステリはなかなか見ないような気がするし、実際私も初めて読んだのだが、なぜ今まで現れなかったのだというほど面白かった。特に探偵も犯人も被害者も、そのほとんどが何らかの障がいを持っているという構図が素晴らしい。例えば主人公は軽度の知的障がいを持っているのだが、容疑者のそれぞれが何を得意としていて、何を苦手としているのか、その知識が豊富だからこその思考回路を持って犯行を突き止める。何かが突き抜けて得意であり、逆に苦手なことを持っているという発達支援学校の生徒たちだからこそ起こる犯行と推理は、非常に面白いものがある。ミステリとしても非常に面白いし、青春劇としてもとても読み応えがあって、感動する場面もあるような、そんな傑作だった。

2冊目

 2冊目に紹介するのは、尾八原ジュージ『やたしと一緒にくらしましょう』である。

 人は生きていれば必ず衣食住が必要になってきて、否が応でもそこにはある程度の金額をかける必要がある。ある程度の生活を望む人は、そこにある程度の金額をかけて、ある程度の服を着てある程度の食べ物を摂取し、ある程度の建物に住まうことになる。それらが「呪われている」という事態に直面するわけにはいかない。幸いにもこの世には、「呪われている服」も、「呪われている食べ物」も、ほとんど存在しないのだけれど、しかししばしば「呪われている家」というのは存在している。
 本書は、そんな家が怖い系のホラーである。大体ホラーというのは「最終的に怖いのは人間だよね」系か「やっぱりお化けでした、呪いは怖い!」系かのどちらかが多いと思っているが、本書はそのハイブリッドというか、どちらでもないというか、とにかくあまり見たことのない形だったので良かった。
私が一番面白いと思った箇所があるのだけれど、ネタバレになるので言うことができない。読んでください、話したいことがあるので。

 余談だけれど、この本を読み終わった瞬間から、家で定期的にラップ音が鳴るようになった。無闇に入って良い場所ではなかったのかもしれない。

というのが、昔noteに書いた私の感想だ。今読み返してもかなりよく出来ているなと思っているからそのまま転載させていただいた。本書の特に優れている点は、その新しさである。中盤に書いてある通り、この本は今まで読んだ形のホラーとは少し異なる形を取っている。今年の私の小説に対する評価軸で大きかったものに、今まで読んだことのない形式、というものがあったのだが、本書は新しいホラーとして、ぜひ読んでほしいと願う小説だった。

3冊目

 3冊目に紹介するのは、矢部嵩『未来図と蜘蛛の巣』である。

 どうかしていると思う。本書を最も端的に評するなら、私はこう表現する。

 〔少女帝国〕で有名な矢部嵩の数年ぶりの新作が本書である。去年末から今年初めにかけて氏の小説にどハマりした私は当然本書もすぐ買って読んだのだが、短編集だからなのか、あっちへこっちへと振り回される心地がして、読者に様々な感情を引き起こさせる。正直、万人におすすめできるような小説ではないのだけれど、人によっては刺さりに刺さる小説だと思っている。
 グロテスク、不条理、キュート、ユーモア、様々な人間の一面と出会うことのできる、作品群である。特に好きだったのは「エンタ」「リペアのコピー」「未来を予言する才能について」。我々にとっての常識をここまで破壊してくる、彼にとっての常識とは、なんなのだろうか。

4冊目

 4冊目に紹介するのは、野﨑まど『ファンタジスタドールイヴ』である。

 昨年、野﨑まどは私の最も好きな作家になった。させられてしまったというのが正しいような気もする。好きな作家なのだから、読める作品は全部読んだ方が良いだろうと思った。そんな時に書店で手にしたのが本書だ。
 面白すぎる。200ページ弱の本で、体験して良いような内容ではないと思っている。いわば新釈『人間失格』というような内容で、(というか、作者自身そのようなことを言っているらしい)野﨑まどの書いた純文学という趣がある。ちなみに、本書を読んだ時点では三島由紀夫を読んだことがなかったのだが、『金閣寺』を読んだ後で思い返すと、特に性描写についてはかなり三島由紀夫の文体を感じる。
 そもそもあれだけ面白い話を連発できるような作者なのだから、氏の書いた純文学も、面白くないはずはないのである。

5冊目

 5冊目に紹介するのは、横田創『埋葬』である。

 1999年、河口湖町の廃ホテルで起きた母娘の死体遺棄事件で、犯人と思われた少年の裁判の最中、被害者の夫が謎の手記を発表し失踪する。その10年後、ジャーナリストが再取材を行うが、関係者達の告白は事件の構図を次々と塗り替えてゆくという話。(ブクログに掲載されていたあらすじほぼそのままである。)
 本書には純文学×ミステリという売り文句が付いている。あらすじの事件だけを見ると非常にミステリ調なのだが、その実内容はかなり純文学のようであり、実際読み終わる直前まではミステリの要素はあまりないような感じがするのであるが、読み終わった時私たちはその帯の意味を理解するのである。
 なんとも形容し難い読後感とラストにかけての衝撃をぜひ味わっていただきたいと思う。

6冊目

6冊目に紹介するのは、柾木政宗『食刻』である。

 本書も純文学×ミステリを体現したような一冊だ。

 主人公の早乙女真琴は銅版画の新星であり、美術評論家、影塚のサポートを受けている。影塚の援助とその代償を払いながら、物語は進んでいく。

 読んでみるとこれは苦しい。まず、物語自体がかなり苦しい。それに加えて、主人公の行動の動機が全く分からないことに不安を覚える。
 主人公がなぜその行動を取るのか、どうしてそのようなことをするのか、さっぱり分からないまま物語が進んでいくので、小説の常套手段である「共感」が全く起こらない。それゆえに、本書は物語が加速する中盤まで、あまり爽快感がなく、正直読みづらい。

 最後まで本書を読んだ上で断言するが、これは傑作である。今までの話と相反する結論になってしまうが、なってしまったものは仕方ないと思う。

 人は皆、誰かを蝕んで生きている。それが本書のテーマである。本書を読み終わった時、私は作者に蝕まれ、この作品に腐食させられていたことに気づいてしまったというわけである。

7冊目

 7冊目に紹介するのは、早坂吝『虹の歯ブラシ 上木らいち発散』である。

 本書は、私が今年最も驚いたミステリ、という枠でこの紹介に入れさせていただいた。
 タイトルからも分かる方は分かる通り、本書は上木らいちシリーズの2作目であり、タイトルからは分からない通り、本書は連作短編である。
 氏のデビュー作『〇〇〇〇〇〇〇〇殺人事件』は、タイトル当てという衝撃的な奇策を持って大きな話題を生んだが、その話題の裏で2作目である本書も1つの大きな奇策を持って私たちを驚かせる。それが何なのかはネタバレになってしまうので具体的に言うことは出来ないのだけれど、1つの大きな挑戦をしていることは間違いない。文体などがゆえに万人受けするわけではないが、ぜひ読んでいただきたい。(〇〇〇〇を読んで、合うなと思った方が読むのが好ましいのではないかと思う。)

8冊目

 8冊目に紹介するのは、どくさいスイッチ企画『殺す時間を殺すための時間』である。

 どくさいスイッチ企画は、サラリーマンの傍ら活躍するピン芸人である。ピン芸人だからと侮ってはならない。本書は私に、第二の星新一が現れたと思わせるような、そんな傑作ショートショート集である。
 この本はいわば氏のネタ帳のようなものなのではないかと思っている。お笑いのネタを考える作業と小説を書く作業は、非常によく似ているのではないかと思う。まるで氏の頭の中を覗いているかのような体験ができる。そこには、優しさと、狂気と、おぞましさと、面白さが潜んでいる。非常に読みやすく、良質なショートショートの数々に、あなたもぜひ翻弄されてほしい。

9冊目

9冊目に紹介するのは、原浩『身から出た闇』である。

私が語るまでもなく、あらすじを読めばこの本のことは理解できるだろう。これは、あなたが望んだ物語である。

この本ができあがるまでに、編集者が二人消えています。

これは私が、角川ホラー文庫編集部から依頼を受けた連作短編集です。駆け出しの私に依頼が来るだけありがたく、最初は喜んで引き受けた作品でした。しかし、短編を提出するごとに、担当編集の休職が発生している以上、これを刊行するという編集部の判断が、正しいのか分かりません。
※このあらすじは、原浩氏の強硬な主張により、挿入されたものです。編集部の意図とは相違があります。本作は、あなたが望んでいる作品です。

10冊目

 10冊目に紹介するのは、講談社タイガ編『◼︎◼︎謹んでお譲りします。』である。

 譲られてしまいます。本書は、志を遂げぬままこの世を去った担当編集■■■■の”強い希望”を受け、遺された者により刊行されたアンソロジーです。5つの傑作をお読みになって、あなたの元にもやってきます。それはきっとあなたのためです。ぜひ、この本を手に取って、これは強い希望です。私は譲られてしまいました。

11冊目

 11冊目に紹介するのは、佐藤究『爆発物処理班の遭遇したスピン』である。

 本書はSF、ミステリ、ホラーなど、様々なジャンルの物語が入り乱れる短編集である。名前と装丁に惹かれて購入したのだが、表題作は言わずもがな、どの作品も粒揃いの傑作短編集だった。非常に幅広いタイプの作品が並んでいるので、満足感も高いと思っている。
 特に好きだった作品は表題作、『ジェリーウォーカー』、『猿人マグラ』、『九三式』。その中でも『九三式』は声が思わず出てしまった。既存の枠にとらわれないような様々な物語からなる本作だからこそ、ほとんど全ての人々にお勧めできるのではないかと思っている。

12冊目

 12冊目に紹介するのは、藤野可織『いやしい鳥』である。

 藤野可織は、現代日本の作家の中で最も怖い作家だと思っている。怖いといっても、氏はホラー作家ではない。純文なのか、SFというのか、少し難しいが、ちょっと不思議で、ものすごく怖い話が多いような気がする。
 そんな氏の作品の中でも、本書は群を抜いて怖い。だんだんと鳥に変身していく男をめぐる惨劇、幼い頃に母親を恐竜に喰われたトラウマ、あまりにもバイオレントな胡蝶蘭の3つが主役の短編集なのだけれど、その紹介からして変に狂った世界だと分かるだろう。この唯一無二の読後感は、もう読んでくれとしか言いようがないのだけれど、特に本書は藤野可織特有の面白さが爆発している。それゆえに合う合わないは激しいと思うのだけれど、ぜひ一度、藤野可織という名の劇薬をあなたにも体験していただきたいと、私は強く思うのである。

13冊目

 13冊目に紹介するのは、幸村百理男『東大理三の悪魔』である。

 天才の思考は、天才にしか見ることが出来ない。それゆえに、私たちには決して見ることの出来ない世界が、彼らの頭の中には広がっている。
 本書は、天才の頭の中を書き出して、それを翻訳したような、そんな小説だ。私はこの小説に極めて面食らった。こんな小説が、本当に人間に書けるのかと、信じ難い気持ちになった。東大理三に現れた天才の、圧倒的な世界観。
 我々の知的好奇心をこれでもかとくすぐり、気づいた時には訳のわからない方向に無理やり転換させられているような、そんな物語が目の前を覆っている。ぜひ、このイかれた世界を、目の当たりにしていただきたい。

14冊目 今年一番面白かった本

 14冊目に紹介するのは、小田雅久仁『残月記』である。

 月が好きだ。月は、綺麗で、妖しくて、ほんの少しの怖さを孕んでいる。月が含んでいる魅力は、明らかに他の何にも形容しがたく、それゆえに私は月を愛している。

 本書は、月だ。本書は、綺麗で、妖しくて、ほんの少しの怖さを孕んでいる。
 その名前の通り月がふりかえった瞬間を目撃してしまった男に起こるさまざまを描いた『そして月がふりかえる』、小さい頃叔母が大事にしていた石をめぐる『月景石』、そして、「月昂」と呼ばれる病気が蔓延る世界での愛情を描く『残月記』。どの作品も傑作級に面白く、圧倒されてしまった。映画を見ているかのような読み心地は他の小説のそれを凌駕しているように思える。

 月を見せてくれる小説だったのだと思う。私が今見ている月は、ウサギが餅をついているようにも、女の横顔にも、蟹のようにも見えるのだが、あなたの見ているそれは、本当にそうだろうか?

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