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夜空に込めたもの —上野・大ゴッホ展から、春のヨーロッパへ

最後に一枚、列に並んで観ることになっていたのは

上野の森美術館で開催中の「大ゴッホ展 夜のカフェテラス」に行ってきた。

きっかけは、4月にアムステルダムのファン・ゴッホ美術館国立美術館(ライクスミュージアム)で観た時に、これまで勝手にイメージしていたゴッホ像とはズレていたことに気づき、関心をもつようになったのと、旅で一緒だった友人が声をかけてくれたから。

展示の最後に、列になって観る絵があると聞いていた。それが「夜のカフェテラス」。この一枚だけが、撮影を許されている。

黒を一切使わずに描かれた夜。青い夜空と、ガス灯の黄色。1888年9月、南フランスのアルル。約20年ぶりの来日だという。

順番が来て、その前に立った。
彼はここに、何を込めたのだろう。

夜のカフェテラス

この春、オランダアムステルダムで

少し時間を巻き戻してみると、

今年の3月末から4月にかけて、ヨーロッパにいた。オランダのアムステルダムではファン・ゴッホ美術館をはじめ、いくつもの美術館で彼の絵に出会った。たくさんの自画像。アルルで彼が住んでいた「黄色い家」。そしてアルルで描かれた、自然をみずみずしく、躍動感のある絵。

ゴッホの年表 ゴッホ美術館(オランダ アムステルダム)
ゴッホ美術館(オランダ アムステルダム)

ヨーロッパの美術館は、日本とは違って人はいても、じっくり、ゆっくり、間近で見ることができた。写真も気軽に撮ることができた。
(オランダにはたくさんの美術館があるそうで、他にレンブラント、フェルメールの絵を観る機会にも恵まれた。)

このとき私の目に残ったのは、アルル以降の絵だった。たくさんの自画像、そしてアルルの光の下でいきいきと描かれたもの。彼が長い時間をかけてたどり着いた先の絵たちだ。
上野の森美術館に並んでいたのは、そこへ至るまでの道のように感じた。

アムステルダムで観た絵はものすごい量。その一部はこんな感じ。

灰色のフェルト帽をかぶった自画像
パリ、1​​887年9月 - 10月
アムステルダム、ゴッホ美術館(フィンセント・ファン・ゴッホ財団)s0016V1962
黄色い家
アルル、1888年9月
アムステルダム、ゴッホ美術館(フィンセント・ファン・ゴッホ財団)s0032V1962
下草
サン・レミ・ド・プロヴァンス、1889 年 7 月
アムステルダム、ゴッホ美術館(フィンセント・ファン・ゴッホ財団)s0051V1962
アーモンドの花
サン・レミ・ド・プロヴァンス、1890 年 2 月
アムステルダム、ゴッホ美術館(フィンセント・ファン・ゴッホ財団)s0176V1962

オランダの手前に、バーゼルで

オランダの前は、スイスにいた。シュタイナーのゲーテ・アヌムがメインの訪問先だったが、セザンヌ展に行く機会があった。

バーゼル近郊リーエンのバイエラー財団で、セザンヌ展が開かれていた。晩年に焦点を絞った、油彩と水彩約80点。プロヴァンスの風景、静物、肖像、水浴図。色の面で空間を組み立てていく、独特な絵。

こちらはバイエル―財団のHPにあったセザンヌ展について解説の動画。
※字幕を日本語に変換できます。

ところで、詳細は省くが、この旅ではゴッホの他、セザンヌ、レンブラントの「自画像」をたくさん見て回った。旅の企画者のシュタイナー教員養成や人智学の研究者のイギリス人先生から事前に自分の顔を観察してくる宿題が出ていて、自画像について深く考える機会となっていた。この先生が実に見事に旅のプランを立てて下さり、多くの美術館、オペラなどを通して人智学の学びにつながっていった。

一緒に参加していたフランスの友人が、セザンヌについて案内してくれた。建物は公園の中にあって、窓からの眺めも素晴らしく、混雑を感じずに見ていられた。

このときの私は、セザンヌがゴッホにつながることになるとは思ってもいなかった。

セザンヌ展のバイエラー財団の入り口
「赤いチョッキの少年」のポスターは街のあちこちで見かけた
3月の終わりの庭園の様子。右側が入り口。


美術館からの眺め

上野の森での再会

上野の森美術館に、モネ、ルノワールと並んでセザンヌがいた。

それはゴッホが突然、パリに現れたことから始まる。

弟のテオは、二人で暮らす住まいを整える時間が必要で待ってほしいと伝えていたが、兄は待たなかった。パリに着いて、画廊で働く弟に手紙を送っている。突然来たことを怒らないでほしい…と。

ゴッホは、パリで、画商のテオのサポートもあって印象派の画家たちと交わる。とくに関心を寄せたのは、モネの色彩感覚、ルノワールの色鮮やかな陰影とタッチ、そしてセザンヌの構図と色彩表現の大胆さだったのだそう。

バーゼルで友人に案内してもらったセザンヌが、上野で「ゴッホに影響を与えたひとり」として紹介されていた。

今回、上野の森でゴッホ展に来て初めてつながった。

暗がりの中に、光が差し込む

今回の展示は、オランダ時代からアルルまで、彼の前半生をたどる構成になっていた。

最初の章に、ハーグ派のヨーゼフ・イスラエルスの絵があった。「ユダヤ人の写本筆記者」。暗い室内に座る書記の姿が、陰影のなかから浮かび上がってくる。ゴッホは初期、この画家を重要な手本にしていた。農民や庶民の生活に敬意を向けるまなざしを持った人だった。

次の章に進むと、農民の頭部を描いた作品が並んでいた。この時代、彼は頭部を繰り返し描きながら、明暗の技法を研究していたのだという。

暗がりの中に、うっすらと光が差し込む。その構図に、彼は価値を置いていたのだと音声紹介で語られていた。技法の研究であると同時に、貧しい人々の暮らしの中に尊さを見出していた。それが「じゃがいもを食べる人々」になっていく。

研究熱心になんでも突き詰めていたらしく、それが土台となって住む場所が変わると、絵の色遣いや技法も変化していく。

これまでの通説とは一線を画するゴッホを知る

この見方を助けてくれたのは、COTENラジオだった。
今回COTENラジオでゴッホが取り上げられていたのを知り、全4回を聞いてみると、臨場感をもっていきさつが見えてくる。

全4回にわたる話では、彼の生い立ちから、どうやって絵にたどり着いたのか、家族との関係、弟の献身的な支え、彼なりの信念や生き方が語られていた。

全部がわかるわけではないけれど、何か痛いほど伝わってくるようで、重く切ないなんともいえない感覚が広がった。

全4回はかなりの量ながら、興味があればぜひ聴いてみるのをお勧めする。

アルル後のゴッホ

今回の大ゴッホ展の第1期は、アルル時代に触れたところで終わっている。

彼の人生はそこで終わっていない。アルルの後、彼は近くのプロヴァンスの療養院に入り、翌年、パリ近郊のへ移る。そこでポール・ガシェという医師に出会う。ガシェ自身が絵を描き、印象派の画家たちと親しい人だった。ゴッホは「医師ガシェの肖像」を死の6週間前に描いている。

理解してくれる人に、最後に出会えたのだ。

それは、どれほどの救いだったろう。手紙には、友を得たという喜びと、同時に相手への戸惑いのようなものも書かれているという。うまくいったりいかなかったりしながら、それでも誰かとともにいたいと願い続けていたのではないかと思う。

ゴッホのその後を支えた人たち

生前の彼を支え続けたのは、弟のテオひとりだった。画業も、生きることそのものも。知れば知るほど切ないくらいの献身ぶりだ。
そしてそのテオも、フィンセント(ゴッホ)の死の半年後に亡くなってしまう。

そこから先を担ったのは、なんとテオの妻ヨー・ファン・ゴッホ=ボンゲルだった。相次いで亡くなった二人から膨大な作品を受け継ぎ、生涯をその普及に捧げた。世界各地で展覧会を開き、画商や顧客に働きかけ、書簡集の出版に尽力した。

そしてもうひとり、今回の展示につながるヘレーネ・クレラー=ミュラー。1906年ごろから収集をはじめ、個人としては最大規模となる約300点を集め、1938年に美術館として結実させた。その関心はゴッホ本人だけでなく、彼が影響を受けた画家たちにも広がっていた。このため今回、イスラエルスもミレーもセザンヌも、同じ会場で展示を見ることができたのだ。

私が上野で列に並び、あの「夜のカフェテラス」の前に立てたのは、この連なりの結果だった。

生前、理解されないまま亡くなったゴッホの絵が、弟、その妻、ひとりの収集家という手から手への継承を経て、今東京で展示されている。

この支えなしに画家のゴッホは存在しない。この支えよって、今こうして日本にまで届いているのだ。支えがもたらしたものは大きい。

改めて「夜のカフェテラス」の前で

黒を使わずに描かれた夜。ガス灯の黄色。テラスに人が座っている。

彼がここに込めたものは何だったんだろう。
ずっと夢見ていた世界だったのではないか

今回の大ゴッホ展は第1期。
初期のゴッホに影響を与えた画派の紹介や、画家になる決心をしたオランダ時代。パリで印象派と出会って、構図や色彩表現、筆のタッチまでかわっていくところを見る機会に恵まれました。そして南仏のアルルが何枚か。

展示場をでてすぐのところに関連年譜の掲示があった。
その横には地図があり、年譜に地図のどこにいたのかを辿れるようになっている。

関連年譜
関連地図

第2期は、アルル時代から晩年まで。2027年以降の予定だという。晩年の日々を中心に、同じくクレラー=ミュラー美術館の所蔵作品を展示するとのこと。

この春にオランダで特に印象に残ったアルル以降、そして、今回アルルまでをメインとする時間をさかのぼる見方をし、COTENラジオで彼の人生をじっくりと辿ったことが、結果的に深みをじっくり味わう思いがけない機会となった。

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