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デザインサイエンス(05: 環境)「17_テクノスフィア・その存在と未来 」

このデザインサイエンスは、デザインを学ぶ学生たちに広い知識と広い視野を持ってもらうために開講したシリーズものです。

本講義は「イントロダクション」「身体」「建築」「都市」「農業」「環境」「エネルギー」のカテゴリーに分けて、学生たちから特にリアクションの良かったトピックをランダムに投下しています。どこから読んでも楽しい構成にしていますので、気軽に興味のあるトピックからどうぞ!

今回は「環境」です。

このデザインサイエンス「環境編」では、地球全体を「ひとつの生命体」として捉えたり、あるいは「宇宙船地球号」という有限の閉鎖空間として捉えたりと、マクロな視点から地球を分かりやすく構造化する方法を紹介してきました。

これらのトピックに共通していたのは、地球という巨大な存在をシンプルなモデルとして捉え直すことで、包括的な視点やデザイン的考察力を獲得しやすくするという狙いでした。今回のテーマである「テクノスフィア」という概念も、まさにその大きな流れの中にあります。

「〜スフィア(〜圏・球体)」という表現は、すでに前述の講義でも解説した通り、地球全体を覆っている、ある特定の機能や特徴を持ったレイヤー(空間)のことです。たとえば、動植物が息づく生命全体のレイヤーのことを、生物を意味する「バイオ」に「スフィア」を足して「バイオスフィア(生物圏)」と呼びます。

今回の主役である「テクノスフィア」は、「テクノロジー(技術)」と「スフィア」の合成語であり、人類が地球上に作り出したテクノロジーのランドスケープ全体を指す言葉です。

では、この「テクノスフィア(技術圏)」の正体について、一緒に紐解いていきましょう。

 
(1)テクノスフィアの定義:地球を覆う科学技術空間
この「テクノスフィア」という言葉は、科学ジャーナリストのウィル・レプコウスキー(Wil Lepkowski)が1960年に初めて使用したとされています。

これは、私たちの現代文明を支える技術、すなわちテクノロジーに関するあらゆる人工物が地球上を覆い尽くしている空間(レイヤー)を指します。都市、上下水道、石油やガスのパイプライン、巨大な発電所や広大な送電網、高度に区画された農地、道路網、国際航路、そして地球の周囲を回る無数の人工衛星にいたるまで、地球上には多種多様な人工物が存在しています。

今日、これらは文字通り「スフィア(球体)」と呼べるほど、地球の表面全体を網羅しており、もはや地球環境を語る上で無視できないほどの巨大な物理的存在となっています。すでに地球の基本要素として定義してきた「ジオスフィア(地球圏)」「バイオスフィア(生物圏)」、そして人間の知性が生み出す「ノウアスフィア(精神圏)」と並ぶレイヤーとして「テクノスフィア(技術圏)」を捉えることができます。

テクノ境界線の曖昧さ
ただし、このテクノスフィアの正確な「境界線」については、現代の環境科学でも未だ議論が続いています。環境学者エリック・D・ガルブレイス(Eric D. Galbraith)らは、その定義の難しさを次のような比喩で説明しています。 「荒れ狂う波によって、海面近くの水中に激しく混ざり込んだ無数の『空気の泡』は、一体『大気圏』に属するのか、それとも『水圏』に属するのか?」

人類が創り出した人工物の影響範囲を、どこまでテクノスフィアに含めるべきかという線引きは非常に曖昧です。たとえば、人類が排出した膨大なプラスチックゴミや放射性廃棄物は、すでに自然界の地層(ジオ)に深く混ざり込んでいますが、これはテクノスフィアの一部なのでしょうか、それともジオスフィアの一部なのでしょうか?

また、「テクノスフィアの起源は、人類が石器を使い始めた300万年前から始まっている(Socializing the Technosphere, 2022)」とする研究者もいますが、本講義では、それとは少し異なるデザインサイエンス的見解をとっています。これについては後述しましょう。

(2)テクノスフィア誕生前夜(約250万年前〜14世紀):個別の道具の時代
約300万年前の旧石器時代から、人類の祖先たちは石や木を加工した道具を使い始めました。これは後のテクノスフィアへと繋がる偉大なる第一歩でした。やがて人類は狩猟採集から農業社会へと移行し、より高度な道具を発明し、金属の精錬技術をも手に入れます。

しかし、この時代のテクノロジーは、その多くが「自身の筋力」や「家畜の力(畜力)」をエネルギー源としており、産業も家内制手工業の域を出ませんでした。テクノロジーはまだ点や線として孤立しており、地球全体を連続的に包み込むような「面」としての空間を構築するには至っていませんでした。人工物が地球スケールにまで成長するためには、ここからさらに長い時間を要することになります。

シルクロードはなぜ「テクノスフィア」ではないのか?
東西を繋いだ壮大な「シルクロード」の存在は、人類の交流史において極めて重要ですが、本講義ではこれをテクノスフィアの黎明期には含めていません。なぜなら、当時のシルクロードは限定的な地域(大陸間ではない)における細い線(薄い膜)にすぎず、そこを往来するのも商人や旅人という個人の集合体であり、移動手段も徒歩やラクダ(畜力)などの個人や個体のエネルギーが中心だったからです。つまり、地球の表面を網羅的に覆う球面(スフィア)までの規模には育っていませんでした。
ただ、このシルクロード交流によって生まれた数々の技術革新(羅針盤など)は、やがて訪れる大航海時代という真のテクノスフィアの幕開けに対する重要な伏線となりました。

(3)テクノスフィア黎明期(15世紀〜17世紀):「球体」の認識と空間の反転
真の意味での「テクノスフィア」の表出は、15世紀半ばに始まった「大航海時代」以降と定義することができます。この時代、羅針盤と大型帆船という移動のテクノロジーを手に入れた人類は、作物、武器、そして奴隷をも巻き込んだ、地球スケールの覇権的な交易ネットワークを初めて構築しました。

さらに大航海時代の帆船がもたらした「高速移動」は、従来の動植物の自然な分布拡大のスピードとは比較にならない、地球史上初の驚異的な速度でした。これにより、家畜や農作物、そして病原菌が地球規模で「瞬間移動」を始め、結果として、生態系(バイオスフィア)全体に不可逆的かつ根源的な変革をもたらすことになります。

図左:コロンブスが乗船していたサンタ・マリア号(The Santa Maria at anchor )(Andries van Eertvelt, 1628)
図右:西インド諸島に上陸し歓迎されるコロンブス(Edward E. Ayer Digital Collection / Newberry Library)

余白空間の消失:閉じられたスフィアへの心理
大航海時代以前の世界地図は、未知の領域に向かって境界線が曖昧にフェードアウトしていく、いわば「オープンな地図」でした。この未完成の地図の反対側からルートを繋ぎ、世界を完成させようと試みたのがコロンブスでした(彼は1492年に到達したカリブ海の島々を、生涯『インドの周辺』だと誤認し続けていましたが)。

そして1522年、マゼランの船団(ビクトリア号)が史上初の地球一周を成し遂げたその瞬間、世界地図の余白は完全に消滅し、地球は完全なる「球体(スフィア)」として閉じられました。 これまでの未完成の余白を残していた地球空間はなくなり、人類は「容積に対して最小限の表面積をもつ球」という、最もコンパクトに閉じた幾何学空間の中に自らを閉じ込めてしまったのです。

この「空白空間の未知な可能性が、有限の空間へと反転した」という認識は、当時の人類にどのような心理をもたらしたのでしょうか。地球を制覇したという全能感でしょうか、それとも世界の狭さを知った虚無感でしょうか? みなさんとぜひ議論したいポイントです。

しかし、この「閉じられた空間」という認識があったからこそ、人類は地球の立体的な空間把握を進め、航路の割り出しや、グローバルネットワークの構築といった、ダイナミックなビジョンが計画可能となったのです。これ以降、人類はみずから地球規模で「意図」「設計」「生産」「管理」を企てる、真の「テクノスフィア」のフェーズへと突入したのです。

図:カンティーノ図(1502)
ポルトガルで1502年に製作された世界地図。まだ世界の未知の領域が残っていた時代の地図
(The Cantino planisphere, 1502)

 
(4)テクノスフィア拡大期(18世紀〜20世紀):化石燃料による身体的増強
先の黎明期にあった「テクノスフィア」が、爆発的な飛躍を遂げるきっかけは、やはり「産業革命」でした。

これまでの大航海時代は自然エネルギーである風を利用した帆船が主役でしたが、産業革命以降は「石炭」という化石燃料の本格的な利用が始まりました。これが蒸気機関の発明、そして鉄鋼産業の発展へと繋がり、さらに「石油」や内燃機関(エンジン)の開発、土木技術の大型化、鉄道網・海路・空路の整備へと連鎖的な技術革新が加速度的に進みました。

図:蒸気船の機械断面図(1824)とジェットエンジン解説図(1930)およそ100年のモビリティ技術の進歩
(左図:Steamship Technical Diagrams, 1824 )
(右図:Cross Section of Jet Engine by Frank Whittle, 1930)

この拡大期によって、地球上の多くの「個人」が、インフラや自動車などを通じてテクノスフィアが形成するネットワークに参加可能となり、システムの巨大化がさらに進みました。ダムの建設、港湾の埋め立て、巨大プラントの建設、大型運河の開通などの壮大なテクノスケープは、地下深くに固定されていた炭素を開放することで得られる熱エネルギーによって構築されてきたのです。

 図:SHIPMAPで公開されている船舶の航海ルート地図
無数の点で表示される船舶が網羅するグローバルな海洋ネットワーク
(https://www.shipmap.org/)
図:24 Hours of Global Air Trafficで公開されている航空機航路マップ
世界の主要都市を結ぶ空路ネットワーク
(https://24h-global-air-traffic.cbergillos.com/)

このような、テクノスフィアの身体的拡大期は、化石燃料資源獲得によるジオスフィアへの深い干渉、そして温暖化ガスの排出によるバイオスフィアへの干渉を増大させ、それらに不可逆的な負荷をかける決定的な要因となってしまいました。

 (5)テクノスフィア加速期(20世紀後期〜21世紀初頭):情報化による感覚器的増強
先の「テクノスフィア」の物理的な拡大を「身体的増強」と捉えるならば、20世紀後期以降のインターネットの発達や情報化の進展は「感覚器的増強」のフェーズに入ったと捉えることができます。

このフェーズでは、海底光ケーブルや無数の人工衛星網(GPSなど)が地球を網羅し、さながら感覚器を繋ぐ「シナプス」のような機能が新たに生まれました。情報は迅速、正確、効率的に地球規模で瞬時に同期されるようになり、地球がひとつの意思をもったかのような「ノウアスフィア(精神圏)」を確立するインフラを支えるに至ったのです。

図:Open Infrastructure Map が提供している「電力網」と「通信網(海底ケーブル)」
毛細血管のように地殻に広がり、網羅しているインフラシステム
(https://openinframap.org/)
図:Open Infrastructure Map が提供している太陽光発電ヒートマップ
ソーラーパネルが導入されている地域がヒートマップ化されており、ヨーロッパ諸国の地形が分かる。(https://openinframap.org/)
図:テクノスフィアの外殻を形成する人工衛星群
(AstriaGraphが提供する人工衛星マップ)
オレンジ色が稼働中の人工衛星、グリーンが稼働していない人工衛星、グレーがスペースデブリ(宇宙ゴミ)(http://astria.tacc.utexas.edu/AstriaGraph/)

 
(6)未来:バイオ・テクノスフィア期(21世紀中盤〜)
では、これからの「テクノスフィア」の未来はどこへ向かうのでしょうか。それは、テクノロジーが「生物や生命の領域」へと積極的に融解し、統合されていく【バイオ・テクノスフィア】の時代になると予想されます。

これまでのテクノロジーは、どんなに高度になっても、「速く動く」「重いものを持ち上げる」「遠くの情報を感覚器にインプットする」といった具合で、基本的には人間の「筋肉」や「感覚器」の代行・拡張でしかありませんでした。

しかし、現代のAI(人工知能)技術の爆発的進化は、これまで生物(人間)だけの特権であった「知性・思考・感情」の領域へと浸入し始めています。さらにゲノム編集やバイオテクノロジーの発達は、不老不死の探求や生命の再設計といった、かつては「神の領域」とされた分野「バイオスフィア(生物圏)」の深部、生命圏にまでテクノスフィアは領域を浸食していくでしょう。

これまでの身体的で直線的な拡大を起してきたテクノスフィアから未来のバイオ・テクノスフィアへのこの転換期において、求められる「デザイン思想」もまた、根本的なアップデートを迫られています。

 
■ おわりに
このテクノスフィア空間を構成する人工物の総質量が、2020年、ついに地球上のすべての生物(バイオマス)の総質量を上回った(1.1テラトン)という衝撃的な研究(Global human-made mass exceeds all living biomass, 2020)が発表されました。これは文字通り、我々のテクノロジーが自然を物理的に圧倒する存在にまで成長したことを意味しています。

図:テクノスフィアを構成する人工素材総覧
Surfaces(濃いグレー)は道路や鉄道など地表を覆っている人口物質で、ambient buildings(薄いグレー)は建築物などの立体物質。これら総量が1.1テラトンを越えて、地球上に存在する生物の総重量を抜いたと試算されている。
(Delineating the technosphere: definition, categorization, and characteristics, 2025)

さらに、自然界では分解されない「テクノフォッシル(技術化石)」が、新しい地層として形成されつつあるという指摘もあります。これは、数千〜数万年後の人類(あるいは未知の知的生命体)が地中を掘り起こしたとき、今の私たちが廃棄した様々な人工物ゴミの層が、明確な「人新世の化石」として発掘されるということです。(もしかしたら、先に提示した宇宙ゴミもテクノフォッシルの地層にカウントされるのかもしれません)

今回、このテクノスフィアを観察していて最もエキサイティングであり、かつ不気味に感じたのは、「テクノスフィア自体が、あたかも自律的な意志を持って自己増殖しているように見える」という点です。

「テクノスフィア」は、バイオスフィアに属する「人類」という種を労働力として巧妙に利用し、ジオスフィアに埋蔵されている「資源」を効率よく掘り出させ、自らの身体(都市やインフラ網など)を拡張し、さらに衛星ネットワークという「地球全体の監視・通信システム」までをも自律的に創り出し、自然環境とはまったく異なる独自の人工空間を地球上に構築しているのです。

これまで見てきたように、このシステムは「身体性」だけでなく、情報ネットワークによって「感覚器」を、そして将来はAIによって「精神性」をも獲得するところまで容易に想像できます。

こうなると、私たち人間はテクノスフィアの主人というよりも、その巨大なシステムの中を健気に働く「働きアリ」のような存在に見えてこないでしょうか。SFでは、この人格を持った超神格的なテクノスフィアが人類に対立する構図が描かれますが、それはもう遠い未来の話ではないところまで来ているのかもしれません。

ーーと、
ここまで色々とネガティブな側面ばかりを強調してきましたが、テクノスフィアは膨大な数の人類(わがままなサル)を効率よく生かすための唯一無二の「生命維持インフラシステム」でもあります。

都市と同じように、自然と対比されて批判の対象になりがちですが、このテクノスフィア無しで現在の世界人口を賄おうとすれば、環境はとうの昔に崩壊し、人類は滅びています。人類の存亡と、テクノスフィアの存在は完全に一蓮托生なのです。

この「テクノスフィア(技術圏)」という装置を、自然システムである「ジオスフィア(地球圏)」や「バイオスフィア(生物圏)」と対立させるのではなく、いかに相乗的な循環世界として統合し、デザインしてゆくか。

それこそが、次世代のデザイナーであるみなさんに託された、最大のミッションなのです。




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