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#32 MSX3って結局どうなるのかな

こないだ書いたマイコンBASICマガジンの記事でMSXに触れました。1980年代、日本の家庭に「パソコン」という魔法を持ち込んだ伝説の規格、MSX。
単なるレトロハードの枠を超え、今、西和彦氏の手によって全く新しい姿で復活しようとしています。今回は、MSXの波乱万丈な歴史と、未来へ向けた挑戦を紐解いていきましょう。

MSXの誕生

MSX登場は、世界初の「ホームコンピュータ標準化」と位置づけられています。

↑西和彦氏、Xにおけるアカウントのアイコン画像


↑ビルゲイツ氏、最近は大変らしい


1983年6月16日、アスキー(当時)の西和彦氏と、マイクロソフトのビル・ゲイツ氏の協力によってMSXは産声を上げました。西和彦氏は早稲田大学中退後(大学2年生の時にマイコン専門雑誌I/Oの創刊時の編集長を務めている)、1977年にアスキー出版を創業。月刊ASCIIを創刊しました、1978年にビルゲイツ氏と出会い親交を深め、マイクロソフトの日本展開を支援しました。NEC PC-8001の開発に寄与し、MS-DOS誕生のきっかけを作りました。1986年にマイクロソフトとアスキーは提携解消したあと、1987年にアスキーの社長に就任。マイクロソフトビジネスを失ったアスキーを再建しました。MSXについての提唱者として、標準化を進めてきましたが、1990年代にASCIIがMSXから撤退後、現在MSXアソシエーション社長をつとめています。当時のパソコン市場はメーカーごとに仕様がバラバラで、ソフトの互換性がありませんでした。MSXの最大の目的は、「どのメーカーの本体でも、同じソフトが動く」という共通規格を作ることでした。参加企業は ソニー、パナソニック(ナショナル)、キヤノン、ヤマハ、カシオなど22社以上。特徴としてはカートリッジスロットを備えプラグアンドプレイを実現し、ゲーム機のような手軽さと、MSX BASICによるプログラミングの楽しさを両立したマシンでした。

MSX1からTurboR、そして終焉へ

MSXはユーザーのニーズに応え、驚異的なスピードで進化を続けました。
MSX1は基盤はSpectravideo SV-328を参考にし、Zilog Z80プロセッサ(3.58MHz)、Texas Instruments TMS9918ビデオチップ、AY-3-8910サウンドチップ、8KB RAMを最小仕様としました。
1985年にMSX2が登場。ビデオ機能向上(V9938チップ、256x212の解像度でインターレース使用で512×424、256色同時表示もしくは512色中16色)、RAM 64KB以上、リアルタイムクロック追加。
1988年のMSX2+はグラフィックス強化(19268色の自然画表示)とFM音源(Y8950またはYM2413)追加。
1990年のMSX TurboRはPanasonic FS-A1ST/GTで、R800プロセッサ(Z80互換、7MHz/28MHzモード)とZ80のデュアルCPU、RAM 256KB、PCMオーディオを搭載、MIDI端子を搭載しそれを扱える拡張BASIC搭載。しかし、V9978ビデオチップの開発失敗で1993年にASCIIが撤退しました。総販売台数は500万台以上にのぼります。
MSXの魅力を語る上で、ソフトウェアハウスの存在は欠かせません。コナミ: 『メタルギア』や『グラディウス』など、MSXの性能を限界まで引き出した名作を連発。ハドソン / コンパイル / 日本ファルコム: 『ボンバーマン』『ぷよぷよ』『イース』といった、今なお愛されるIPがこの地で育ちました。
また、生みの親である西和彦氏は、アスキー創業からマイクロソフト副社長を経て、現在はMSXアソシエーションの会長として、再びMSXの再興に情熱を注いでいます。 

2020年代に入り、ついに始動した「MSX3」プロジェクト

西和彦氏が現在進めているのが、現代の技術でMSXを再定義する「MSX3」および「MSX0」です。

MSX3は単なるエミュレーターではなく、現代のハイエンド技術を統合した怪物マシンを目指しています。

CPU: 32ビット R1800(Z80互換) + 64ビット RISC-V のデュアル構成。メモリ: DDR5 64GBという、現代のPCをも凌駕する拡張性。映像: 2K×2Kのビデオ出力(FPGA9978 + Rock3588)。互換性: 過去のすべてのMSX資産をアップグレード可能。
MSX0(IoT版)
教育や産業用の最小ユニットとして、IoTの世界にMSXを浸透させる計画も進行中です。

これからのMSXはどう進むか? 

https://x.com/i/status/2028696503443996780


西氏は「MSXは孤児だったが、ユーザーが支えた」と語っています。今後のMSXは、単なる趣味の道具ではなく、以下の3つの役割を果たすことが期待されています。


教育のプラットフォーム: プログラミングの基礎を学ぶのに最適な教材としての活用。
AIとの融合: 「MSX5Ai」計画など、AI時代におけるパーソナルコンピューティングの再定義。
グローバル・コミュニティ: 日本だけでなく、ブラジルや欧州の熱狂的なファンと共にオープンソース化を進め、持続可能なエコシステムを構築する。

https://x.com/i/status/2029143570435932257

https://x.com/i/status/2029146691295998249

また、MSX3を語る上でもう一人押さえておく人物がHRA!氏(本名:原貴幸氏)です。彼はMSXコミュニティで長年活躍する開発者で、MSXのソフトウェア、ハードウェア、エミュレーターの作成に携わり、特に近年はMSX2++およびMSX turboR+のプロジェクトを主導しています。
2025年にMSX DEVCON#11-3(小田原)「MSX2++/MSXturboR+について」で講演し、プロジェクト経緯を説明ています。 

「西和彦氏からの影響で、第1世代MSXの『完成形』を目指す。Z80 CPUを基に欲しい機能を積み上げる」

位置付けとして「MSX2++はturboRの次、turboR+はさらに次。2段階リリースで実現」。
方向性として「レトロゲーム資産継承、2Dスプライト強化、3D避け。演算/画像/音声バランスよく。遅すぎず早すぎず、中身理解して改造可能。古いが新しい体験を提供」。「単なる過去再現ではなく、新しい機能追加」と強調し、西氏のMSX3構想との連携を示唆したようです。

最後に

40年以上前に生まれた「互換性」という夢は、形を変えて今も生き続けています。ニッチな市場かもしれませんが、ゲーム機でもスマホでもない「第3の選択肢」として、MSXが再び私たちのリビングに現れる日は近いかもしれません。
「全てのMSXをアップグレード可能にする」という西氏の言葉に、往年のファンも新しい世代も、大きな期待を寄せています。
WindowsやMac、Androidなどの中に割って入っていけるのか?とか無粋なことも考えてしまいますが、誤解をおそれずにいうと、MSXというのは大人用のオモチャです。さんざん夢を詰め込んだ、または当時の夢を変わらずに持ち続ける人の、夢の塊がMSX3なんですね。もし全てが終わり完成形が世に出た時点で、何かが終わってしまうかも?という恐れもはらんでいます。終わらない夢になるのか、はたまた夢が現実になり、僕らをまた新しい未来を見せてくれるのか?興味が尽きませんね。

↓続き。なんとMSXが消えそうになります!果たしてどうなってしまうのか?

↓これは違う世界線のMSX3


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