医師からのトラウマになった言葉と、救われた言葉。
10代始めの頃、一週間食事が摂れなくなったことがあった。
水分もあまり飲めない状態になり、親が心配し、夜間の救急外来を受診した。
診察室には、ひとりで入った。
親も一緒に入ろうとしたが、医師に断られた。
まだ、中学生なのになぜ?、と思い、その瞬間、心がざわついた。
そして、医師に症状を伝え、点滴を打ってもらうことをお願いしてみた。
小さい頃、同じような症状になったことがあり、点滴を打つと元気になる自分がいた記憶があったからだ。
だが、医師には断られた。
そして、鼻で笑いながらこう言われた。
「スポーツドリンクを飲んでればいい。
点滴を打たないで死んだら、ギネスブックに載るよ」、と。
後ろにいた看護師も、一緒になって笑っていた。
診察室から出てきた私は、あまりの怒りと悔しさとで、待合室の椅子を蹴った。
けど、それは怒りではなく、自分の辛さを受け入れてもらえないどころか、
笑われたことへの最大の心の悲痛からの行動だったのだと思う。
このことがあってからも、いろいろな病院を受診するたびに理解のない言葉を掛けられるため、病院へ行くことが怖くなっていった。
そして、この言葉は自分の中で、一生、消えない言葉になった。
若い頃は、そこまで病院に掛かることもなかったので、
何か嫌なことを言われても、記憶が薄れていくことも多かった。
だが、年齢と共に、病院へ通う頻度も多くなり、その度に配慮のない言葉を言われ、落ち込むことも多くなっていった。
そんな時、1年前に出会った医師によって、救われた。
大腸カメラの検査で下剤が合わず、ほとんど飲むことが出来なかった。
そのため、検査は中止になると思い電話を入れたが、大丈夫なので来てください、と言われた。
よく分からなかったが、言われたまんま、病院へ行った。
そして、検査台に上がり、医師が来た時にもう一度、下剤を飲めていないことを伝えた。
すると、その医師は、
「頑張って飲もうとしたんでしょう。見れるとこだけ、見ましょう」
と、言って、そのまま検査をしてくれた。
涙が止まらなかった。
初めて内科医に、自分なりに頑張ったことを認めてもらえた。
これまで出会った医師だったら、きっと追い返されていただろう。
そしてこの医師は、薬の効果や副作用が大きく出ることも、理解しようとしてくれた。
薬も慎重に選んでくれた。
このような医師に出会ったのは初めてで、本当に嬉しくて、有り難くて、
今でもその時のことを思い出すと、涙が出てくる。
このように、同じ医師でも、いろいろな医師がいることを学んだ。
医療従事者だからといって、寄り添ってくれるわけでもないのだということも知った。
だからこそ、自分に合う医師を見つけることが大切なのだと痛感した。
医師に逆らったら治療をしてもらえないかも、という患者としての恐れもある。
転院ばかりしていたら、そのうち、診てもらえるところがなくなってしまうのでは、という怖さもある。
それでもやっぱり、理解のない言葉によって心が悲鳴を上げながら通院するのはしんどい。
今回は8年ぐらいかけて、やっと繊細さを分かってもらえる医師に出会えた。
8年という年月は、とても長かった。
だから、やっと出会えて嬉しい気持ちでいっぱいだが、今後、環境が変わると、また新たな医師を探すことになるかもしれないと思うと気が重い。
だが、またきっとこんな出会いがあると信じて、前を向いて過ごしていけたらと思う。
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