異形コレクション I(1) ラヴ・フリーク
◾️全体 ★★★★☆
記念すべき異形コレクション第一巻。井上雅彦先生による「欲しいのに《無い》ものは自分で創るんだよ」精神が産み出したホラーアンソロジーシリーズの処女航海にして、しかし(あるいはそれ故に?)かなりの変化球的作品が多数含まれる『肩に力の入った』名巻。作品のクオリティ自体は、特に令和以降「異形コレクションに育てられた」と公言するホラー作家が多数参戦することになり、その思いの強さから力作が多数投下されている印象だが、立ち上がりの当初は当初で参戦作家様の『発散しようがなかったホラー短編執筆欲』が詰まってて良いな、という感じ。『太陽に恋する布団たち』『人殺しでもかまわない』辺り、《異形》というキーワードを体現するジャンルレスな傑作だと思う。
◾️テレパス / 中井紀夫 ★★★★☆
とあるデパートのエレベーターガールである春香に一目惚れし付き合い始めた道範だが、職場の同僚と一線を越えてしまい……。記念すべき異形コレクション最初の作品にして、なかなかの変化球。付き合った異性が人間の思考を読むテレパスだったら?という比較的使い古された設定だが、浮気がバレて殺す殺されるというよくある着地点から捻りが加えられ、『恋愛関係における最恐到達点』に関する一つの仮説に辿り着いている。果たして自分を《底の底まで完璧に》理解してくれる女性は最高の伴侶か完全な隷属か。
◾️女切り / 加門七海 ★★★☆☆
定年退職した主人公は友人の小宮から鎌倉の自宅に招かれるが、刀鍛冶の子孫という彼から見せてもらった日本刀の切先から陽炎のような女の姿が浮かび上がる……。本編でも言及されていた怪談噺の傑作・牡丹灯篭が幽霊に魅入られた男の破滅なら、こちらは幽霊に魅せられた男の破滅で、しかも小宮の一族の因業も絡んだ三角関係もの。愛した男に無残に斬り殺され、血液にのみ反応する呪霊と成り果てた挙句に爺2人に良い寄られる霊、ふつうに可哀そう。
◾️逃げ水姫 / 早見裕司 ★★★☆☆
安普請の下宿で静かに暮らす大学生の主人公はある日、水を入れた瓶に写り込む古びた館とそこで暮らす少女の姿に気付き……。水の中という異界の少女と生きようとする男の悲恋、住む世界の理があまりに違う二人は破局を迎えるが、この世から去り行く際の巻き添えに現実世界の理を崩壊させる少女に「あれ!?ずいぶん話のレベルが高いな」の顔に。当巻が出版された90年台後半に似合うセカイ系のオチに意表を突かれた。
◾️地下のマドンナ / 朝松健 ★★★☆☆
脳腫瘍の切除手術を受けたとある病院の患者は、地下室のCT検査室前に美しい女性が佇んでいると言い、夜ごとそこで愛を囁くのだが……。後に室町時代を舞台にした伝奇ホラーで異形コレクションの常連となる朝松先生の、今となっては珍しい現代を舞台としたショートショート。患者が幻視する『美しい女性』の正体は早くに察しが付くが、朝松先生自身が本巻出版の2面前に本当に脳腫瘍で生死を彷徨ったらしく、もしかしたら実体験が混ざっているのか?という可能性がちょっと怖い。
◾️ニューヨークの休日 / 森真沙子 ★★★★☆
始めて仕事として訪れたニューヨーク出張、上司からブロードウェイ観劇を所望された主人公は、アーティストとして成功を収めている知人の辛島の伝手で見事チケットの入手に成功するが……。令和の『異形』では見ないタイプの、最後までどこに着地するか全く読めない奇妙なサイコホラー。前半はNYCという遠隔の超大都市で足を伸ばし羽目を外す日本人、特に駐在のさりげない傲慢さの描写が光り、往路のフライトで隣り合った女性旅行者にのぼせ上がる主人公の描写の中に「このところ冷えている妻との関係の反動かも」とかしれっと書かれ横転。そんな主人公へ辛島から頻繁な連絡が届くことへの微かな違和感から、後半の怒涛のサイコ展開と鮮烈なラストへ。海外出張経験が多い私にとって、現地で緊急事態に出くわした際の逃げ場のない緊張感とヒリつく感じが真に迫ったところも高評価。この主人公ほどのクソ野郎ムーブはしてなかったけど……。
◾️怪魚が行く / 田中文雄 ★★★☆☆
最愛の夫が海難事故で行方不明となった典子の元へ、遠くマニラ沖から夫の記憶を持って近づいてくる『彼』が戻ってくる……。食べた生物の特性が身体に反映される怪生物と化してなお妻との再会を求め海を渡る男の、モンスター系純愛物語。実は典子に惚れていた夫婦共通の友人が「もう彼のことは忘れろ」と典子に迫るところで首が捩じ切られたりはするけど、終盤にラブシーン(シェイプオブウォーターみたいな感じのやつ)もあり、誰が何といおうと純愛物語だ。
◾️老年 / 倉阪鬼一郎 ★★★☆☆
夜桜中継を見ながら自宅で《最後の晩餐》を迎える老夫婦……。5ページの掌編に、数百年に渡り生き、そして心折れたふたりの怪物の最後が淡々と綴られる。ひとりよりふたり。ヴァンパイアの晩年としては最高なんじゃあないか。
◾️赤とグリーンの夜 / 井上雅彦 ★★★★☆
毎年クリスマスイブの夜に主人公の元へ現れる赤い服を纏った怪物、恋人を奪った《奴》との決着を付けるべく待ち受ける……。本作の恋の相手はサンタクロース。アンティークの暖炉に取り憑いたサンタに《偽装》する怪物の前に颯爽と現れた《本物》が怪物を滅すると書くとヒロイックだが、袋から飛び出した玩具達が怪物を食い荒らすという猟奇的な攻撃手段に意表を突かれ、あげく主人公と交わり玩具の子を成すという生臭いラストに度肝を抜かれる。キレイな物語で終わらせないところは《異形》コレクション発起人としての井上先生の矜持か。
◾️スマイリング・ワイン / 奥田哲也 ★★★☆☆
単身旅行でルーマニアを訪れた女性が、街の片隅のバーでサテュロスに似た風体の亭主と吸血鬼についての会話に興じる……。吸血鬼を『生命力の強い土着生物』と捉え、その生物学的構造を地場産業である酒造に活用する、という奇想が面白い。日本人観光客である主人公の嫌味で軽薄なキャラは好きになれず、こいつは吸血鬼になって酒造りの道具に成り下がるんだろうなと思ったら普通に無事帰国しててワラタ。
◾️猫女 / 竹河聖 ★★★☆☆
センター街で偶然ぶつかった猫のような印象の少女・ミユウに惹かれた主人公、いつの間にか同居するようになるも、夜ごとどこかへ行くミユウに不安を感じ後を付けると……。2026年夏現在では治安の悪い猫女がアニメ界を暴れているが、本作は今の感覚だとむしろストレートな、気まぐれでキュートな半人半猫との同棲モノ。特に曇らず相思相愛エンドなところも含め、アニメやラノベやエロ漫画にお出しされても全く違和感のない、むしろ捻りが無さ過ぎると言われそうな話ではあるけど、主人公にウザ絡みするミユウの描写が普通にキャワワで読み返したくなる魅力がある。
◾️アドレス不明 / 友成純一 ★★★☆☆
福岡で暮らす小説家の主人公、打ち間違えたアドレスへ怪メールを送り続ける悪戯を行っていたところ、そのアドレスから謎の動画が添付された返信を受け取り……。令和8年の今となっては新鮮な、インターネット黎明期のeメールにまつわる幻想怪奇。ノーパソからパソコンへ、パソ通からインターネットへ、と技術適用を続ける主人公に序盤は感心するも、ヒス女と付き合ったことで癖が捻じれて女を弄ぶようになった挙句、虚空に嫌がらせメールを送り続けるに至ったネジの飛びっぷりにドン引き。友成先生はこういうやべえ中年男性の描写にかけては他の追従を許さない。それだけにオチは少々弱く感じ、もっと火力のある何かが起きてほしかった。
◾️REMISS [リミス] / 久美沙織 ★★★★☆
訪れた客に魔女が語る、フランスの財閥令嬢にしてパンクファッションに身を包む跳ねっ返りであるリミスの物語、それは惚れた異母兄と愛し合うためのスプラッタ大冒険譚……。タランティーノ的な疾走感と暴力性がいい味出してる秀作で、リミスのキャラ描写も令和の世に全然通用するし、何なら明け透けで危険な言動は今の方が受け入れられそうまである。異母兄がゲイと知るやイチモツ接着呪術のため数十人のチンポを狩り、面食いと知るや顔面整形呪術のため世界中のイケメンの顔皮を狩る、と天才的なレスリングの才能を活かし大暴れするリミスを魔女が「愛する相手を変えるのではなく自分を変えるという心根が良い」と何だかんだで手助けを施すが、その傍らで数十数百人の殺害死体が転がるというアナーキズムが実に良い。
◾️加害妄想 / 高井信 ★★★☆☆
平凡なサラリーマンの主人公は、ある日見ず知らずの他人に突然強い《罪悪感》が沸き起こり、気付いたら深々と土下座をしていた……。『すこし・ふしぎ』に該当しそうな、日常に紛れ込む怪奇に巻き込まれる男の話。通り魔やストーカー行為に伴う罪悪感や背徳的劣情を隣人である主人公に押し付けて清々しく暮らす男、という真相、この現象が故意か偶然かで話が変わってくるな。偶然の現象という方が理不尽さが高く好み。
◾️太陽に恋する布団たち / 岡崎弘明 ★★★★★
10歳の春休み、和郎は祖父母の家に遊びに来た折、皆で空を飛ぶ布団に乗って宙を舞う《布団祭り》が近いことを聞かされて……。カルト短編集と名高い深堀骨先生の『アマチャ・ズルチャ』を彷彿とさせる《土着SF》というか、ラーメンズのコントがよく言われる《非日常世界の中の日常》というか、『年に一度よく干した布団が太陽を恋しがって飛翔する地域』という街ぐるみでSCPオブジェクト認定されそうな舞台設定で繰り広げられる、緩やかで優しい家族愛の物語。天国の父に会ったという布団飛び名人の祖父、事故で夫を亡くした年上のいとこ、彼女に恋心とも言えない淡い思いを抱く和郎、と皆の思いが布団祭りに集束していく後半は、数百の布団が空を飛び交う異常性にも拘わらず、どこか長閑で暖かい。ヨーロッパ企画のゆるSF映画を観た後のような読後感。名作。
◾️東京悲恋奇譚 / 飯野文彦 ★★★☆☆
冴えないサラリーマンの主人公は、自身が勤める小さな印刷会社にパートとして入ってきた色白の美女に心を奪われるが……。異形コレクションの常連となってゆく飯野先生、以後の作品では強烈なグロ・暴力描写も多く執筆することになるが、本作はタイトル通りの悲恋譚。何らかの秘術により若さを保ちつつ愛した男の生まれ変わりを幾年も待ち続けた美女、秘術の縛りなのか男へ操を立て続けたいのか分からなかったが、処女を守る必要があったにもかかわらず「冴えない弱男なら」とか高を括って主人公の食事の誘いに乗るんじゃあないよ馬鹿などと厳しいことを思ってしまった。
◾️人殺しでもかまわない / 矢崎在美 ★★★★★
結婚を前に、婚約者の実家に初めて挨拶に訪れた主人公は、その夜婚約者の父に「あいつが人殺しでもかまわんな?」と問われ……。直接的な暴力・恐怖描写は一切ないし、婚約者の祖父が語る彼が過去に取った悍ましい所業すら全て祖父の妄想である可能性すらあるにもかかわらず、得体の知れない緊張感が持続する見事な日常系サイコスリラー。彼の《本性》の一端に触れた主人公が最後に至った判断含め、とにかく怖い。
◾️約束 / 津原泰水 ★★★★☆
タカシとエリカ、望まない相手と成り行きのデートで遊園地を訪れ、偶然同じ観覧車のゴンドラに乗った二人は、一瞬で恋に落ちた……。わずか10ページで書かれる、胸を切なく射抜く幽霊恋愛譚。山崎まさよしの"One more time, One more chance"あたりが良いBGMになりそう。
◾️砂嵐 / 皆川博子 ★★★☆☆
窓の外を吹き荒れる砂嵐は私が産み落とした、そして彼は指で物語を綴る……。物語を語る車いすの《彼》とそれを聴く《わたし》の、幻想的なショートショート。
◾️貢ぎもの / 菊地秀行 ★★★★☆
ライターである主人公は、先般終結した大戦の英雄であり日之本国のトキオへの重爆撃で二千万人を殺害したグェン元大将軍への取材を行うことに……。現実と微妙に異なる架空世界での大戦について断片的に語られる内容が全部良く、超重爆撃機『インフェルノ』や『日之本国の最終兵器・古代海底大陸の浮上による大津波』等、SCPめいた悍ましさにグッと来る。本作で語られるラブ要素は元大将軍夫人へ注がれる狂った愛と奉仕で、『廃墟が似合う』という何らかのミーム特性を持つ夫人を廃墟に立たせるため、彼女に関わった人間は全員、戦争を通じた徹底的な破壊を目的化するという凶悪性がベネ。乾いた筆致と悪意に満ちた物語が魅力の名作。
