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【小説】マイネ・フロイデ(第二話)

【助走】
僕は、中学時代、カナヅチ界の“KING of KINGS”だったと書いた。

でも、僕は泳げないだけではなかった。
基本、“運動できないくん”なのだ。

長距離走だけは速かった。
ただ、走る。
技術も、コツも、要らない。
だから、得意だったのだろう。

ちなみに、小学生の頃から中学時代まで、相撲で同級生に負けた記憶がない。
これは、僕が、大相撲好きで、TV、現場を含め、よく相撲観戦をしている中で、相撲の戦い方を学んだからだろう。


そんな僕が、高校入学を機に、ラグビー部に入部した。
当時、僕は、ラグビーが好きだった訳ではない。
それどころか、ルールを含め、ほとんど何も知らなかった。
まして、球技ができそうにない僕が、
「なぜ?」
と皆さんは思われるかもしれない。

モテたかったからだ。

しかし、そんな不純な理由で入部しても、“運動できないくん”の僕が上手くなるハズもなく、練習に身が入る訳もなく…。


そんな僕を、神様は見るに見かねたのだろう、一年生の途中にぎっくり腰を与えてくれて、無事、退部させてくれた。


こうして、晴れて、帰宅部になったのだけれど、暇そうにプラプラしている僕に、
「一緒にバンドをやらないか!」
と熱く声を掛けてくれる同級生がいた。

なんでも、大友康平さんがボーカルを務めていることで有名なハウンド・ドッグのコピーバンドを組むために、メンバーを探しているのだという。
僕には、
「ぜひ、ドラムを叩いてみないか?」
という誘いだった。

中学時代こそ、レンタルレコード屋が最寄りの駅にできたおかげで、ビートルズやビリー・ジョエル、当時流行りのマイケル・ジャクソンの「スリラー」やデュラン・デュラン、ワム、FGTH等、洋楽をよく聴いていたが、当時の僕はハウンド・ドッグも、日本のロックシーンも、全く知らなかった。

もちろん、ドラムを叩いたこともなかった。

しかし、僕は、その誘いを受けた。
ジャパニーズ・ロックに無関心で、ドラム経験もない僕が、
「なぜ?」
と皆さんは思われるかもしれない。

モテたかったからだ。

結局、モテることはなかったけれど(やっぱりかい!)、一年目はハウンド・ドッグを、二年目にバンドが分裂して、新たなバンドに入ってからは、ナイト・レンジャーやボン・ジョヴィ、ヴァン・ヘイレン等アメリカン・ハード・ロックをコピーするために、それぞれ、聴き込んで、今でも大好きな音楽になった。

また、自宅でイスをドラムセットに見立てて、叩く部分にクッションを置いて、練習していたので、そんなに上手くはなれなかったけれど、ドラムを叩くのはとても楽しかった。

こちらは、不純な動機で参加したのだけれど、入って良かったなと今でも思っている。


ただ、こちらは軽音部に入った訳ではなく、有志でバンドを組んだだけなので、僕は相変わらず帰宅部のままであった。

それが、幸か不幸か、僕の二年生からの高校生活を大きく左右することになったのだけど。


【1年E組S学級 動物図鑑①】
僕は一年生の時、数学教師で小柄で子だくさんのS先生が担任を務めるE組に属していた。

このクラスにも個性豊かな生徒がいたけれど、今、思えば、かわいいものだった。

その中で、三年間、同じクラスですごし、ずっと仲良しだったゴンちゃんがいた。

ゴンちゃんはふとん屋の息子さん。
このためか、いつも、ニコニコしていて、腰が低く、揉み手をしながら、太鼓持ちみたいなことを言っているという印象が強い。
小太りで、色白で、例えるなら、丸い羽二重餅に、垂れ目と口角の上がった口をヘラで描いたような。
色白の笑福亭鶴瓶さんみたいな顔を想像いただくと、多分、八割方、合っている。
立ち居振る舞いも、表情も、生まれついての“あきんど”やなぁ、なんて思っていた。

そんなゴンちゃんが、一度だけ、僕の自宅を訪れたことがあった。
土曜日のお昼どきー
ゴンちゃんがお昼ご飯に持参したのは、パン屋さんからもらってきた、パンの耳。
かなり大きめのビニール袋に、パンの耳ばかりがパンパンに入っていた。

「鳩やないんやから!」
「腹に入ったら、パンはパンですやん!」
なんて、2人でゲラゲラ笑っていたけれど、僕の母だけは、目を丸くして驚いていた。

ゴンちゃんと僕は、苗字の一文字目の漢字が同じで、化学の実験の授業で同じグループになることが多かった。
そんな2人が同じグループになれば、当然、悪ふざけする。

炎色反応(バーナーなどで熱すると、金属の種類により炎の色が異なる現象)の実験の時。
それぞれの金属が含まれる試薬をいくつも混ぜて、それをバーナーで熱する。
(よい子は決してマネをしないでね!)
炎の色が様々に混ざり、訳のわからん色になると、2人でキャッキャ言いながら、腹を抱えて大笑いした。

銀鏡反応(アンモニア性硝酸銀水溶液が入った試験管に、還元剤となる液体を入れると、試験管の内側に銀が鏡のように貼り付く現象)の実験の時。
1本で良いところ、10本ほどの試験管に、濃いめの硝酸銀水溶液を入れ、全部に還元剤を入れる。
濃いめの銀鏡となったきれいな試験管が10本ほど出来上がった。
(重ねて言いますが、よい子は決してマネをしないでね!)
また、2人でキャッキャと大笑い。
授業が終わると、ゴンちゃんはしたり顔で、銀鏡試験管を全てお持ち帰りしていた。
さすがに、僕はお持ち帰りできなかったけれども。

そんなゴンちゃん、担任のS先生に目を付けられていたのか、相性が悪いのか、ちょっとした悪さをしている時に、S先生と出くわし、お叱りを受けることが多かった。

例えば、昼休みに、面倒やと、下駄箱へ行かず、職員室近くの出入口で来客用のスリッパを履き、運動場に出ると、S先生が出てくる、とか。

ゴンちゃんは、お叱りを受けた後、
「あいつ、鬱陶しいですわぁ。
子作りばぁ〜っかり、しとったらええねん!」と笑いながら、愚痴っていた。


そんなゴンちゃんも、高校卒業後、浪人を重ね、公立の医大に進学し、立派にお医者さんになっている。

もっとも、医師になってからも、自家用車のタイヤを交換するのがもったいないと、擦り減って、表面がツルツルになってからも、タイヤを使い続けていた。
「この前、高速道路でスリップしましてん!
回転して、死に掛けましたわ!」
と笑いながら報告するゴンちゃんを見ながら、三つ子の魂百までやなぁと実感した次第だ。
〔第二話完〕


【あとがき】
今回から、僕の友人たちが、一人、また一人と登場してきます。

今回のゴンちゃんのエピソードは全く脚色なしでした。

面白がって下さった方もいれば、眉を顰められた方もいらっしゃるのではないかしら、なんて思っています。
昭和のそこそこの進学校の生徒って、こんなんやったんやなぁ、なんて、気楽にお楽しみいただけましたら、幸いです。


最後までお読みいただき、ありがとうございました。


【プロローグ】と【第一話】はこちらからお読みいただけます。




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